遠くの場所から来た女 -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
基地から飛び立った2機の観測機は新宿にある岩の上空付近にたどり着いて、観測を始めた。
センサーの方向を誤ると、マリネイラの魔力が干渉してくるので、岩を中心としたある程度の範囲だけの情報を集める事になった。
ドローンの方はまだ地上の部隊が目標の地点にたどり着いていないから、まだしばらくかかりそうだ。やはり地上移動はちょっと厳しい。
「ほんとにただの岩なのか?」
観測機からは多少のノイズがありながら、カメラからの映像も届いている。
霞沙羅が見てもただの岩なわけは無いだろう。だいいち、岩の周辺だけマリネイラの魔力が無くなっているのだ。何かしら空間に作用しているハズだ。
吸収しているような動きは無いけれど。じゃあなぜ、観測値からしてもかなりの量の魔力が消えているのか。果たして消失したのか消費されたのか、まだ解っていない。ドローンからの情報も欲しい。
「岩の表面、いくつかの箇所に小規模に魔力が集中していきます」
オペレーターの女性が、観測データを見て情報を伝えた。
「ここからじゃあ解らないけど、距離を取った方がいいかもね」
吉祥院が言うよりも速く、現地の航空機も動きに気がついたようで、少し離れるような動作を見せた途端に、岩の表面の数カ所から、赤い光線が発射されて、近いところにいた方の観測機のエンジンや翼を打ち抜いた。
「いきなりかよ」
少し離れていたからか、狙われなかった方の観測機は大慌てで、上昇しつつ岩からの距離を取る動きを見せた。
観測機に戦闘能力は無いので、反撃は出来ないし、炎を上げて墜落していくもう一機を助けるすべも無い。墜落していく方の近くに戻れというわけにもいかないし、救出活動のために着陸する場所も無いから、今はただただ距離を取るしかない。
「全員脱出を!」
オペレーターの呼びかけに、落ちゆく観測機から乗員達が外に飛び出していく。不明な物体の調査に出ているわけで、ある程度の危険は覚悟で行っている事もあって、その行動は迅速だった。
「いやー、まずいところに落ちていくでやんすな」
パラシュートが開いて乗組員が落ちていく場所は、駅を挟んで岩とは反対側の旧新宿高層ビル街。
都庁などの高層ビルの残骸が無残に転がっているあの場所は、岩から離れてマリネイラの魔力が濃い。という事は生き残ったもう一機の観測機でもまともに地上の情報を収集できず、何が起きるかも解らない場所だ。
無事に着陸しても彼らはロクな戦闘用の装備を持っていないから、下手をしたら抵抗も出来ずに幻想獣にやられてしまうだろう。
「空霜、行くでござるよ」
あの場所への直接の空間転移も危険なので、空霜に乗って行くしかない。
「しょうがねえな」
霞沙羅であっても、この状況であそこで戦闘をする気は無い。素早く乗員達を助けたら、すぐに離脱する予定だ。
3人は観測所の外に出ると、トライデントになった空霜に乗って、新宿に急いだ。
* * *
3人を乗せた空霜が新宿上空にたどり着く前に、観測所の方からは乗組員が降りた場所が旧新宿中央公園あたりだと、大雑把に伝えられた。ただ、連絡はついていないという。
「といってもなあ…」
長い間誰も手入れをしていないので、ここも上野公園のように深い森になっている。
所々には都庁や近隣のビルの残骸が転がっているけれど、それも植物にまとわりつかれてしまっている。
撃墜された観測機は初台の先に墜落したようで、煙と炎があがっている。だからといって消防車が来るわけでもあるまいし、燃え尽きるまで放っておくしかない。
「一応、パラシュートが木の上に引っかかっているな」
脱出してからの時間的にも、本人達はもう外して地上に降りているだろうけれど、森の中に何もいないのであれば、パラシュートがある付近であまり動かないでいて欲しいモノだ。
空霜から飛び降りようかとした所に、森の一部が盛り上がって、全幅15メートルはあろう大きな、カラスのような頭と、鷹のような翼を背中にはやした幻想獣が現れた。
「やっぱりかよ」
だがその幻想獣は突然燃え始めた。
慌てて火を消そうと手で払うも、全く火の勢いは衰える事無く、そのまま燃え尽きて灰となってしまった。
「おいおい、なんだよ。自爆か?」
勝手に燃え尽きてしまった幻想獣に霞沙羅はあきれるが、吉祥院はそうではなく
「どこかで見たような魔法でござるな」
「そう言われれば魔法のようだが、術式が解らなかったぜ」
「あれは…見た目だけざんすが…札幌で見た、水瀬カナタの使った魔法に近いでありんす」
すすきの近くに現れたワニのような幻想獣を焼却した、吉祥院が消す事が出来なかった謎の魔法だ。
「つーことはあの森の中にいるって事か」
なんでだ、とは思うけれど、それを聞いて、慎重に降りる事にした。
正直この3人も厄災戦が終わった後に、ここに来るのは初めてだ。
ここでは魔力探知をしようにも、マリネイラの魔力が濃くてまともに出来ないのだ。
やれるとすれば、霞沙羅と榊の剣士としての感覚で人の気配を探るくらいだ。
ゆっくりと空霜を森に近づけて、パラシュートの近くから森の中に降りて、空霜はそのまま上空にいて、何か動きは無いか見ていて貰う事にした。
案の定、パラシュートは外されていて、不時着した乗組員達は地面に降りたようだ。
それならばと霞沙羅と榊で周辺の気配を探るけれど、何も感じない。そんなに遠くまで行ったのか、幻想獣に襲われたか。
「勢いで来たはいいが、通信も出来ないしな」
とりあえず持ってきた通信機はノイズ音がするだけで何も通じないし、当然のようにアンテナが無いからスマホもダメ。
「空霜の姿を見て欲しいのでありんすが」
あんなに大きいから、森の中からでも上を見上げれば見えそうなものだけれど、吉祥院が持っている操作用のトライデントからも、空霜から「見つけた」というような連絡は無い。
空霜の姿は関東勤務の軍人になら有名だから手と振っても良さそうなモノだが。
「ん」
少し離れたところで木が何本か倒れる音がした。
「なんかいるぞ」
とりあえず気配がある。魔力を感じる事は出来ないけれど、人のような気がする。
「幻想獣にでも襲われているのか?」
こんな所に一般人がいるわけはないし、榊の予想したとおりの事が起きているかもしれない。
「誰かが木を切っているようなのだ」
空霜がそんな事を教えてくれた。
「幻想獣ではないでやんすな?」
「幻想獣の姿は見えぬのだ」
空霜は幻想獣はいないと言うけれど、慎重に、それでも急いで音のした場所に行くと
「な、お前ら」
「1人多いでありんすな」
木が切られて、空が開けたところには狐のお面をかぶった3人が、多分水瀬カナタの一味と思われる人間がいた。足下には5人の軍人の姿がある。ぱっと見、外傷はないようだ。
「この辺りは完成態とやらの巣窟ですわよ。戦闘では無力な観測隊ですからね、見たと思いますが一匹片付けておきましたの」
これは恐らく水瀬カナタ。
「部外者にはちょっと話しを聞いて欲しくないから寝て貰ったわ」
こちらは情報にあった舟形アオイだ。
「別に危害は加えていない。軍かどこかに連れて帰るんだな」
この3人目がいたことは知らない。そして男。
3人はそれぞれ槍と刀を手にしていたが、全員鞘に収めている。戦闘の意思はないという意味だろうか。
「とりあえずここは撤退した方がいいと思いますよ。地球人ではあの小惑星に対処するには知識が足りませんからね」
そこでカナタはお面を取った。
「もうとっくにご存じのようですが、私が水瀬カナタ。彼女が船形アオイ、彼は裏方でしたから情報が無いと思いますが沼倉ソウヤですの」
本物も純凪さんから貰った写真の通り。
「ん、お前どっかで会った事無いか?」
この顔は知っていたつもりだ。しかし以前には髪の色が違ったけれど、改めて見るとカナタの顔をどっかで見た気がする。
「先日はソニアと名乗りましたね。アシルステラのラスタルで共闘しましたわ。まさかあんなところで会うとは思いませんでしたが」
「やたらと強いと思ったら、お前だったのか」
霞沙羅は長刀をカナタに向けたが、向けられたカナタの方はそれでも槍を構えるような事もしない。
「それでどうする気でやんすか?」
この2人だけでも相当の相手なのに、更に素性の解らない男が増えている。それもあって吉祥院も榊も下手に手を出そうとは思っていない。
まあ空霜もいるから、戦力はこちらの方が上か。
「あなた方がいる館は、私の推測ですが純凪モガミ、アリサ夫妻が関わっていましたね? となれば今でもこちらにあるどこかの組織に顔が利くでしょう。2人を呼んでくだされば私は事情を説明しますわよ。アレの対策も16年前に戦っている純凪夫妻がいた方が納得もいくでしょうしね。まあ勝手な話ではありますが、あの小惑星は別に私の企てでは無いどころか、私はアレの破壊が最終目的ですの」
カナタはアレこと、岩を指さした。
「アレは何なんだよ」
「私たちヤマノワタイの人間は星堕の剣と呼ぶ、見ての通りの星のなり損ないですわ」
「星雫の剣?」
「字が違いますよ。星を堕落させる、と書きます。空霜といいましたね、星の海を渡ってきたあなたはご存じない?」
「ウチは知らん。しかしシスティーは知っているかもしれんな。あいつの方が古いから、長く星の海を飛んで、付近に寄ったか噂を聞いたかもしれぬ」
「システィー…、もう一つの星雫の剣ですわね」
「うむ」
急に吉祥院が持っている空霜がカナタの問いに答えた。しかし霞沙羅達とはどうも話がかみ合わない。
でもなぜ異世界から来たカナタとこの世界の空霜の認識はかみ合っているのか。
「お前は、どこから来たんだ?」
どうにも何かがおかしいので霞沙羅は今一度訊いてみた。
「純凪さんから聞いているとおり、場所の名前はヤマノワタイであることは間違いないですわ。ただし、私たちが惑星ヤマノワタイと呼ぶ、この地球から遙か遠くにある星の事ですけどね」
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