あの時言えなかったさよならを -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
しばらくしてヒルダ達女性陣が温泉からあがってきて、控え室にやってきた。
「良かったわー」
そのにこやかな表情から、ヒルダ達は温泉を満喫したのが解る。
「お湯の色には驚きましたが」
やどりぎ館の温泉が無色なので、鉄分を含んだ赤茶けたような色のお湯にアンナマリーは驚いたようだ。
「あの浴室はカサラさんが提案したのでしょう? 作りが面白いわね」
「この間の、あの口の悪い異世界人がか?」
それはレオナルド将軍は知らなかったようだ。
源泉の由来については説明されているけれど、霞沙羅の事は来賓には説明していないようだ。
言い方は悪いけれど、レオナルド将軍も同じ戦場に立ったわけで、霞沙羅の戦闘力は認めている。ただまあ、ちょっと口が悪いのは気になった。あれが男なら肩を組んでいい酒が飲めそうなのだが。
「セネルムントのユノハナを提案したとは聞いているが、ギランドルもなのか?」
「あの、霞沙羅さんは王都サイアンでちょっとした奇跡を起こしましたし、源泉の温度が低くてみんながちょっとがっかりしてたところにアドバイスをしましたので、王家も無視できなくて」
「どんなアドバイスだ?」
「折角神が温泉を引いてくれたからちゃんと使わないと悪い、とか」
温泉としては期待外れとはいえ、その言葉は信者には効くだろう。それで加温すればいいと言えば、なるほどとなるだろう。
しかも神の名誉を毀損しないように温度の低い源泉を否定しない設計になっていて、配慮が感じられる。レオナルド的にものぼせることがないのであれは良かった。ぬるめの湯というのも使い方次第なのだ。
それにしても今、妙な事を耳にした。
「奇跡というのは何だ?」
「少し前に魔族と魔獣襲撃があったんですけど、パイプオルガンの演奏だけで神聖魔法を曲に乗せて、王都サイアン中にギャバン神の加護を呼んだことですかねー」
「聞いたことが無い。そんな事が可能なのか?」
「条件が揃ったみたいですよ。使ったのが聖法器に近い特性が染みついた神殿のパイプオルガンだったとかで、ギャバン神に普通の神聖魔法と同じようにメッセージを送ったそうです」
それが神官とは縁が遠そうな見た目をしている霞沙羅の所業だというから、レオナルド将軍は低く唸った。
地方とはいえ、軍隊の部門の一部を管理する立場だというし、ハルキスが慕っているほどの強さだ。相当の手柄をあげたことは確かだが強さだけでは管理者にはなれまい。そうなるとあの人物の評価を改めなければならない。
そこにドアがノックされた。
そろそろ神殿への呼び出しかと配下の一人がドアを開けたら、一人の武人らしき男性が立っていた。
「スヴェン将軍ではないか。どうかしたか?」
レオナルドはその人物が解ったけれど、このザクスンから東に二つ行ったところにあるハバルーク王国の将軍だ。
「ここにアリシア君が来ていると聞いたモノでね。ちょっと聞きたいことがある」
「あ、お久しぶりです」
アリシアも冒険者時代にちょっとお世話になった人だから顔見知りだ。
「先日我が国に来たと、さる工房から聞いたが、大豆のソースを買いたいというのは本当かね?」
わざわざお店の人が国に相談か何かをしたようで、この将軍の耳にまで届いているようだ。
「先日そのソースを使って、ちょっとアレンジした状態にして、国の人に料理を食べて貰ったんですけど、評判が良かったんですよね。あ、まだボクが言い張っているだけなんですけど、これからいくつか料理を食べて貰って、船が出来て交易が再開した時に輸入するか決めて貰う予定なんです」
「あの大豆のソースは他国の人間にはなかなか受け入れられていなくてな。フラム王国の国民にも受け入れられるような使い方があるのだな?」
「そうです」
「あのステーキソースは美味しかったわ」
「ヒルダ殿が…、そうなのか」
冒険者の時にはヒルダもあのソースには微妙な顔をしていた。
ヒルダの食いしん坊ぶりは有名だから、冒険者をやめて領地に戻った彼女も受け入れたのであれば、商機はあると見ていい。
「おいアリシア、何の話だ?」
知り合いなのは解るけれど、急に食べ物の話をし始めたので、レオナルドとエレオノーラも興味が沸いた。ステーキソースがどうとか言っているし、ヒルダも気に入っているという。
「スヴェン将軍の国に大豆から出来てる黒いソースがあるんですが」
「聞いたことはあるな」
「ボク的には輸入して欲しいので、王都ではタウ様達とお城のロビンさん向けに、天ぷら用にアレンジしたソースにしたんですよね。それでこの前ボクらが集まって、ステーキソースを作って、ステーキを食べて」
「お前また…」
どうしてウチの英雄は、とあきれる。
しかしこれまでもたらされた料理もそうだし、最近は特にあのアイスクリームは美味しい。猛将と言われ、子供も騎士団入りをしているような、それなりの年齢に達した男だけれど、今はやみつきだ。毎日食べても飽きることは無い。
「ヒルダさん、ステーキソースは美味しかったの?」
「あれはいいソースでした。新しいお肉の楽しみ方が出来ます」
「あなたがそれほどまでに…」
エレオノーラの問いかけに、ヒルダが即答するほどの味とはどんなモノだろうか。
「そろそろ儀式の時間か。ではアリシア君、また買いに来て構わないから、フラム王国内に是非とも提案を。それと機会があればウチの国にもそのステーキソースを教えてくれたまえ」
ちゃんと買って帰ってそれなりの地位にある人にはもう提案を始めている。工房から聞いた話はホントなんだ、とスヴェン将軍は機嫌良く帰って行った。
「しかし未知のステーキソースと聞けば、味わってみたい」
猛将はやっぱりお肉が好き。家で食べているのも悪くは無いけれど、アリシアが異世界から持ってきたとなれば、それは食べたい。
「このアリシアのステーキソースは美味しいですよ。何より館では自作ですからね。同じモノが作れるようになったなら今度実家に来て貰いたいくらいに」
「アンナマリー嬢まで言うか。ならエバンス家より先にウチに来て作れ」
「ちょっと、おじ…、将軍。ウチが先です」
いつもの調子で、おじ様、と言いそうになったアンナマリー。そのくらいの仲ではある。
「じゃあその時にオレとジェラルドも呼べ」
「そうしましょう。それがいいです」
アンナマリーだってあのステーキソースをアシルステラでも味わいたい。その糸口を掴んだというのなら頼もしいことこの上ない。
3人の将軍が国王に口添えをしてくれれば、早めに大豆のソースの輸入が出来るだろう。
何だったら魔術師がいるのだ。ちょっとくらいの量なら空間転移で買いに行って貰えばいい。輸送船の完成を待つまでも無い。
その魔術師に真っ先に話しを持っていっているのだから、アリシアはなかなかに小狡い事をする。
しかし今、アリシアのこの行動を止める人間は王宮にいないだろう。
誰だって美味しい料理が食べたいのだ。アリシアにはこの数ヶ月の実績がある。
それに、今までそれほど強い縁の無かった国とのつながりが出来るというのも大きい。料理とは国と国を結びつけてしまうモノなのだろうか。
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