あの時言えなかったさよならを -1-
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地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
アシルステラの方では、ついに鎮魂の儀が行われる日がやってきた。
アリシアは終戦のセレモニーの時に国に作って貰った服を、アンナマリーは自宅から持ってきた正装を、霞沙羅はいつもの戦闘服、それからヒルダは自宅の正装を着て、ザクスン王国にあるギャバン教の聖都、ギランドルにやってきた。
今日が本番という事もあって、各国からの来賓と町の安全を守るための警護の姿は多いけれど、全体的には明るい歓迎ムードとなっている。
ギャバン教は聖都への巡礼者が多くはないので、鎮魂の儀に際しても、神殿周りに一般の信者がいっぱい待っているような事は無い。
それでもわざわざこの日のために来た巡礼者がいないわけでもないし、真面目な信仰心を持ったメンバーがいる冒険者の姿もある。
それと、儀式中は町の人も大神殿前に集まるから、それなりの人出になることが予想される。
「カサラさんの方の事件も無事に終わって良かったわね」
「いやー、お前のところのリーダーが要所要所で活躍してくれたよ」
そもそも金星接近の混乱に向けた軍の記者会見の時に、アリシアが「安らぎの園」の人間を被害無しで捕まえたところから話は動き出した。あれがなかったら大分方向性の違う工程をたどっただろう。
「昔から急に正解を引くことがあったのよね」
それで世界をリセットから救ったわけだから。
「その辺の話しを、他人目線で聞いてみたいもんだな」
それは自分も聞きたいものだ、とアンナマリーも思う。
ラスタル王国最高クラスの貴族の出とはいっても、立派な騎士を目指す自分にとって英雄6人は雲の上の存在。しかも年下という立場もあって恐れ多い。
…親戚のちょっと変わった性格をした従兄みたいに感じているアリシアは除いて。
ちょくちょくアリシアの口からは、勉強の合間の雑談で冒険者時代の話を聞くこともあるけれど、他の人からも、冒険譚だけでなく、当時の話しを聞いてみたい。色々と訊いてみたい。
色々な国の王族にもコネクションが出来るくらいの大冒険にはやっぱり憧れる。
さて、大神殿にたどり着くと、キールとエミリアが待っていた。
「やっぱり2人も出てくるんだねー」
キールは神殿外の警護で、エミリアは霞沙羅の警護担当だそうだ。
警護はいらないのに、とは思うけれど、大神殿での動き方までは解らない霞沙羅の案内役といった方が正しい。
「プリシラ王女はいないね」
「王族の皆さんは、来賓の方達との挨拶があるからね」
まあそうだろう。主催者はギャバン教だけれど、ここはザクスン王国。王族としても失礼があってはいけない。来賓は平等に扱わないといけない。
それもあってまだ数回とはいえ、ザクスンの国民の中では面識があるし、お互いに好意的でもあるからエミリアに霞沙羅の相手という白羽の矢が立てられた具合だ。
「カサラには別に控え室が用意してあるわ」
「国代表の方は、その国用の部屋が用意されている。フラム王国はあちらの神官が案内する」
この二人は有名なザクスンの英雄だ、とアンナマリーはちょっと緊張した。
その活躍はアリシア達ほどでは無いけれど、冒険者時代の話も、魔女戦争の時の話も有名で、特に今は騎士の中でもエリートである竜騎兵として活躍をしている。
こんな人が普通に出てきてくれるとか、アリシアとヒルダのすごさというモノを感じてしまう。
将軍の娘であってもこれまで会う機会が無かったので、自分はおまけとはいえ、こういう機会に直に会うことが出来て良かった。
それにしても、やっぱり英雄は英雄を呼ぶのかと考えると、またもやそういう人生を歩んできたことに憧れてしまう。領主をやっているヒルダはともかく、あんまりにも気さくなアリシアに出会えて良かった。
「アンナマリー様もようこそいらっしゃいました」
神官はエバンス家の代表としてやってきたアンナマリーに恭しく頭を下げた。そう、アンナマリーだって立派な使者だ。
「あ、ああ。そうだ、これが奉納品だ」
鎮魂の儀に際して、父親が用意した聖都への奉納品が入った箱を神官に手渡した。
「ありがたく頂戴します」
ヒルダの方も別の神官に箱を渡していた。
「ところで、噂の温泉には入れるのかしら?」
ヒルダはアリシアから話を聞いているので、早速温泉の話をした。
「はい。まだ時間もありますから、儀式の前に入っていかれますか?」
「ギャバン様からの賜り物だとか。そうなれば儀式の前の方が良いと思うわ」
「ではご案内します。アンナマリー様はどうされますか?」
「え、ああ、では私も」
正直なところ温泉は毎日入っているけれど、ギャバン様が直々にこのギランドルの地下まで引いてくれたという温泉だ。勿論その湯に浸かりたいと考えるのが信者だ。
しかも施設のデザインに霞沙羅のアドバイスが生きているというから、アシルステラの技術だけで作られたセネルムントの温泉施設とはひと味違う事だろう。
「あの、館の温泉とは全然違うし、セネルムントのとも違うからね。お湯がびっくりする見た目してるけど、あれはお湯に溶けている成分で、北海道にも似たのがある、ちゃんとした温泉だから」
「そ、そうなのか?」
「実際は見てのお楽しみって事で、ボクは先に控え室に行って待ってるよ」
「アリシア様はどうされます?」
「ボクはほら、その、いつでも来れるし」
折角あの水が温泉だと鑑定してくれた一人なんだし、と神官は思うけれど、確かにアリシアの言っていることは解る。
アリシアはここの王族とコネクションがあるから、割と気軽に来ることが出来るし、プリシラ王女から頼まれれば、多分また新しい料理を作りに来るだろうから、機会はいくらでもある。
ここの国の食材もフラム王国に欲しいモノがあるから、仲良くやっておきたいと、ちゃんとコネクションは維持する気がアリシアにあるのは、この神官には解らないが、そういうことにした。
「それに建物に入れる人数も限られてますし、だったら気軽にここに来られない、特に遠方の国からの信者を優先した方がいいと思うんですよねー」
「お心遣い感謝します。それではアリシア様はこちらに」
それぞれに分かれて、アリシアはフラム王国の控え室に案内された。
ここに来るまでの、別の部屋の中にも人がいる気配があったので、それぞれの国からの来客も中で儀式を待っているのだろう。
「おおアリシアか」
部屋の中では、先に来ていたレオナルド将軍とその配下の護衛数名がお茶を飲んで待っていた。
「ヒルダ卿とアンナマリーお嬢ちゃんはどうした? お前が運んできたんじゃないのか?」
「2人は温泉に入りに行きましたよ」
「あの温泉か。オレは昨日ここに来て二度ほど入ったが、良かったぞ。話には聞いていたが、あの湯の色は実にギャバン教らしい。ギャバン様からの賜り物という話は本当のようだから、ありがたく入浴したよ」
言うほど温泉は赤くは無いけれど、鉄分が溶け込んだ赤茶けた色はギャバン教にふさわしい。
レオナルドは、まあまあこっちに来い、と自分の近くの椅子を勧めてきた。
「今はオレの嫁も温泉に行っている。ちょうどそこで2人と会っているだろう」
「エレオノーラさんも来ているんですね」
「こういう機会だしな。それとだな、あのお前が提案した麺料理な、あれはありだな」
「食べました?」
「昨晩の夕飯に出てきたよ」
神殿が主催した夕食会なので、王家の晩餐とは違って豪華とはいかないけれど、信者にとってはそれはそれで教皇様との会食はそれ以上の価値がある。
神殿の料理とはいっても多くが貴族の来賓相手となれば、それなりに高級な、いくつかの種類の料理が並んだ。その中にフォーのような赤いスープカレーがあって、その由来も教皇様から説明があった。
料理としてはただ辛いだけで無く、ちゃんとスープに出汁効いていてコクがあって、実に美味しかった。
今回の具材は魚介系だったそうだ。
他国からの出席者達からも好評で、それ提案したのウチの国の奴なんですよ、とレオナルドもちょっと鼻が高かった。
「お前、本当にオリエンス教信者か? あんな赤い料理をギャバン教に真面目に提案しやがって。ウチの騎士団でも出したいぞ」
「いやまあザクスンの国は赤い辛子とかを使った辛い料理が有名ですからね。定着するものじゃないと」
「オレは生まれも育ちも貴族だ。そんなオレが食べて、辛くて美味かったぞ。なあ、ラスタルでも食いたいよな」
「はい」
「私もそう思いました」
と部下の方も気に入ったようだ。
パンチが効いていて力が湧き出すような実に男らしい料理だ、と言いたいところだが、エレオノーラも気に入っていたので、女騎士も喜ぶだろう。
「ラスタルで海鮮食材も手に入りやすくなりましたしね、豚とか鶏でもいいんですけど。後はあの辛子をフラム王国でももっと作ってくれば」
赤い辛子はフラム王国内では生産も流通量も少なめ。国土の問題と言うよりもこれも食文化の問題。国民はそんなに辛い料理にこだわっていないから、領主も農家もそんなに多くは作ってこなかった。
「じゃあオレの領地で作ろう。ここの神殿の農園でも栽培しているようだからな。何人か神官の手を借りるか」
レオナルドもギャバン教徒としては有名だから、一声かければ農業知識のある神官を何名か貸してくれるだろう。
あれの流通が国内で増えれば、他の辛い料理を作る事が出来るようになる。
「ランセルとジェラルドにも話をしておくか。今度城に来て同じモノを作れ」
王家はギャバン教ではないけれど、騎士団の料理に一品くらい、赤い、ギャバン教徒が喜ぶ料理があっても悪くは無いだろう。
そうでなくても騎士の職にある者が、演習や何らかの討伐や移動中などのキャンプで食べるのもいい。あの辛さが疲れた体に活力を注入してくれるだろう。
屋敷に帰ったらすぐにでも栽培の候補地を決めようと思うレオナルド将軍であった。
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