久しぶりに変わったことが無い日常 -8-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「もう来ている人もいるんだねー」
折角の巫女服を着る絶好のチャンスだと思っていたところを頭から否定されてへこんだアリシアは、引き続きついてきてくれるプリシラ王女に出来上がった温泉施設を案内してもらうことにした。
「陸路の方もいますが、飛行船で来られた方もいるんですよ」
国代表の人間となると多くが神殿同士の転移で来るのだが、趣味で巡礼を気取って自宅の馬車に護衛を引き連れてやってくる貴族や、国に大きな神殿が無いので旅をしてくるところもあったりはする。そうなるとちょっと早めに到着してしまっても仕方が無い。
「あの飛行船とやらは続々と建造されているんだな」
「輸送船を先に作った国もありましたけどね。ザクスンも作ってるんだよね?」
「王家用の船が一隻完成しています」
「そうなんだ。これで行き来がしやすくなるねー」
神殿間の転移もあるけれど、一度にあまり多くの人数を運ぶことが出来無いし、対象は信者じゃないとダメだ。
どこの国でも王家が推している宗教はあるけれど、国の運営というものは戦いとは切っても切れないから、どこもギャバン教信者がゼロという事はない。
しかも魔女戦争という大きな戦いの記憶がまだあるから、各国はこの鎮魂の儀に人を出そうとする。
そんな人たちを神殿は迎え入れて、今回は目玉の、ギャバン神からの賜り物である温泉でおもてなしをしている。
「ここが温泉施設ですよ」
浴場としては使えるようにはなっているけれど、やっぱり時間が無くて、後で改良する前提で建造しているので、装飾の類いは最低限。
一目見れば誰もが解るほどの仮設状態だけれど、入浴機能部分はしっかりと作られている。
結局、改良するのは内装と外装だけのようだ。それで今は宗教的な装飾は施されていなくて、壁はのっぺりとしている。
ただ、それだとさみしいので、外壁にはギャバン教の旗が貼り付けられていて、それとなく神聖な雰囲気を演出している。
「ちゃんと男湯と女湯に分かれてる」
「それはカサラさんから、絶対だ、と言われていますから。教団内でも納得しているんですよ」
「セネルムントも男女分かれていたよな?」
「昔は分けてなかったみたいなんですけど、後になって自然に分かれたみたいです」
「普通そうだろ」
とはいえ昔は混浴ではなくて、時間交代制だったそうだ。
「もう入れるのか、というか今は清掃中か」
ちゃんと霞沙羅がアドバイスした「清掃中」の看板が出ている。これで間違えて入ってくる人間はいない。
清掃中なので見学する為に中に入ると、霞沙羅からざっと指定されたとおり、冷たい源泉と、暖めたお湯が張られている2つの湯船があった。
浴室内部は公共浴場の側面もあるから、ある程度の余裕を持って建造してあるので、一度に入浴できる人数は男女ともに最大で40人ほど。ただ、ゆったりと温泉に浸かって貰うために、定員は余裕をとって30人程度としてある。
「いいじゃねえか」
内装にもギャバン神の石像を置くそうだけれど、今は制作中なのでちょっと寂しい状態だ。とはいえ、日本人である霞沙羅としてはこっちの方がいいんじゃないかとは思っている。
「ギャバン様からの贈り物ですから。カサラさんのアドバイスをできる限り取り入れてやってみました」
「評判はどうなの、温泉好きのエミリア?」
「まだ仮設って感じはあるけれど、ゆっくり出来るわ。お湯の色が怪しい感じだけど、お湯からあがった後も長いこと体がぽかぽか暖かいから、効いてるのが解るのよ。冷たい方のお風呂でクールダウン出来るのもいいわね」
「神殿の方達も面白い仕掛けだって言ってますね。あの看板もいいみたいです」
冷たい方のお風呂は温かい方の半分以下の大きさしかないけれど、「源泉。ギャバン様からの贈り物をそのまま堪能してください」と説明が書いてある。
「源泉そのまま、てのは妙なありがたみがあるだろ。入れない温度じゃねえしな」
冷泉とは言え、それなりの温度はあるぬるま湯なのでありがたがって挑戦する人も多いし、さっきレミリアが言ったように長湯するために両方を行き来するといい事に気がついた人もいる。
「ユノハナも今回分はアドバイス通りに出来ましたので、お土産とするそうです」
自然に乾燥させたものではなくて、魔法学院に頼んで魔術で乾燥させたものだ。
「そこまでやっちゃって…、セネルムントから怒られなきゃいいけど」
「あっちに比べて採れる量が少ないから気にしないだろ。今後も大々的には配れないだろうな」
「王女様、そろそろ…」
掃除担当の神官が声をかけてきた。清掃も終わり、また新たに客人が到着したので、まずは浸かって欲しいという意向らしい。
「もうわかった」
霞沙羅のアドバイスはちゃんと生かしてくれた事は解った。ならばこれでいい。
外にはどこかの国から来た騎士らしき人とその従者が待っていた。身なりは綺麗なので旅をしてきたという訳では無いだろう。
転移か船か、どちらか。まあどっちでもいい。敬虔な信者のようなので、誰かにこの温泉の由来を聞いたのだろう。ギャバン教徒としてもこんな事は初めてなので、期待した顔をしている。
「どうぞごゆっくり」
と言ってきたのがまさかのプリシラ王女だったので、恐縮しながら、騎士達は建物の中に入っていった。
「そ、それでカサラ、まだ時間があったら一曲お願いしていい?」
「何でお前が緊張していやがるんだ?」
なぜかエミリアが緊張しながら、霞沙羅に一曲弾いてくれとお願いしてきた。
今まで散々お高い感じで話をしてきたのに、いざ頼み事をするとなって、話し方が解らなくなってしまったようだ。
「まあ、どう鳴るかも解らないのに、ぶっつけ本番で儀式用のオルガンを弾くわけにもいかねえしな」
前回は王都サイアンにある神殿のオルガンで、今回は聖都ギランドルの神殿用。大きさも鳴り方も違うだろうから、一度弾かせて貰う事にした。
「あれだぜ、モートレルで見せて貰った、短めので行くぜ」
「この前の曲は何だったのよ? 私は信者じゃないけど長く生きてる間でも聴いたことが無いわ」
「あれは私の世界の、戦士への応援曲みたいなもんだよ。神よ、彼らにあなたの熱きお心を以て勇気をお与えください、というメッセージが込められている」
「だからあのような現象が起きたのですね」
それをギャバンが聴いて、やってやろうじゃないか、という気持ちにさせた。
神聖魔法にかかった方は、ギャバン神が見てくださっている、と恐怖を拭い去る勇気が湧き出て、戦う力を呼び覚ます事になる。
「さすがに今弾く曲じゃねえな」
あれは戦いがある時だけ。
神殿ではプリシラ王女が神官に話しをすると、是非、とオルガンを使わせてくれた。
「そういや、日本の軍でも同じ事をやるんだったな」
厄災戦で散った軍人達の魂に祈りを捧げる儀式。これはまだしばらく続く。こればかりはアイドル活動が嫌いな霞沙羅も辞めたいとは思っていない。ただ、開催日はもう少し先の事。ここ最近はオルガンに触れる機会が増えているので、今回もいい練習になるだろう。
それで神殿のパイプオルガンは、儀式を前に常に万全の状態になっているというから、すぐさま準備を整えてもらって、霞沙羅は椅子に座った。
また簡単に、アニソンを適当に弾いてオルガンの調子を確かめた後に、すぐに本番の曲を弾いた。これはギャバン教にある、一つの戦いを終えた戦士達に休息を、というテーマの曲だ。当然これで魔法が発動するわけではない、ただの曲だ。
戦いの神に似合わないゆったりとした曲調で、たまたま神殿にいた信者達は、誰だか解らない霞沙羅が弾いている曲に聴き入っている。
そしてエミリアも霞沙羅がオルガンを弾く後ろ姿に感動している。格好いいらしい。
口が悪い霞沙羅のなめらかに動く指から曲が奏でられる、そのギャップが大きいのもいい。
「エルフがこんなに人に惚れるのってあんまり見ないねー」
恋人は別として。
「私も、自分があんな感じだったらって、たまに思いますよ」
頑張ってる姿がいい、と国民の支持を集める王女も、少しでも国民を引っ張っていけるような強い人間を夢見るようだ。アリシア的には霞沙羅の日常を知っているから、この健気な王女様にああはなって欲しくは無いけれど、憧れてもいい人物ではある。
曲が終わり、いつものように大きな拍手が神殿に響き渡った。
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