そして英雄は帰る -2-
皇女、もとい新皇帝ユリアンは目の前に広がる光景を見て感慨深く思い、目を閉じて一つ頷いた。
父である前皇帝には8人の子供がいて、自分は女であり、その最も末端に位置する子供だった。
生まれてから一度も帝都に住むこともなく、辺境の町に小さな屋敷を与えられ、皇帝血筋の者としてそれなりの生活は送っていたが、第一、第二の皇太子のような贅沢な暮らしとは程遠く、父とも数回しか会ったこともない、最後の最後の予備くらいの扱いだった。
そんな生活も、突然帝国が滅ぼされた事で一変。町は魔女の放った魔物に蹂躙され、混乱のどさくさに紛れて、生き残った護衛達と共に命からがら、隠れるように隣国へと逃亡した。
その途中、何の因果か、帝都魔術士団トップの息子、オーレインと合流し、自身がたった一人残された皇帝の血筋だと告げられ、誘われる形でワグナール帝国の再興へと動き出した。
それからというもの、魔女の襲撃から難を逃れた帝国残党達を集め、一時は盗賊のような生活を送り、各地を転々としながら王者の錫杖に一縷の望みをかけて、生きながらえて来た。
ただ、アリシア達が帝都から奪っていき、フラム王国の魔法学院に封印された錫杖を取り戻すことは難しく、諦めかけていたところに、「取り戻して差し上げましょう」と近づいてきた人間達がいた。
怪しい申し出だったが、ならばと自分達に多数の魔装具や魔工具を供給し、決行までの計画を立案し、先日、本当に王者の錫杖を取り戻してきた。
その人物は、錫杖は皇帝の血筋でないと使えないからと全く興味を示さず、「あなた達のやりたいようにやればいい」と言うだけで、つい最近自分達のところから去って行った。
彼女達の計画通りに事は進み、周辺で起こした事件を隠れ蓑に1ヶ月程度の時間をかけてモートレルに仲間達を集め、遂に王者の錫杖を使用。見事住民を洗脳し、第一段階は無事に完了した。
錫杖は8年前に前皇帝が即位の時に使用した為に魔力が不足しており、本来の威力を発揮することは出来ないという事もあって、モートレルの内側の町だけの占拠であり、再興のほんの一歩に過ぎない。
だが駒は色々と用意してあり、外にいる前領主が国王に援軍を求めたとしても、容易に手出しは出来ないハズだ。そしてこの国が誇る英雄達への対策もされている。
ユリアンはにんまりと笑い、これまでよくやってくれた同士達と、自分の手に落ちたモートレルの市民を見る。
報告では少々トラブルがあるようだが、それも時間の問題だろう。それよりも早く外の町に打って出て、モートレル全体を占拠する必要がある。
新たなワグナール帝国の建国に向けて、皇帝となったユリアンは広場のステージへと足を踏み出した。
* * *
まずはアリシアとルビィが大暴れをしながら中央広場に向かって進み、少し遅れてヒルダ達が屋敷に向かい、アンナマリー達3人とエリアスは城壁に転移した。
フィーネのトカゲはアリシアが外への合図として巨大な火柱を上げるので、それをもって一斉に巨大化して町の人を追いかけ回して、広場から遠ざける。
「それじゃあ始めようか、【爆炎柱】」
久しぶりにこちらの世界で上級魔法を放った。指から放たれた赤い弾丸が地面に命中すると、まだ夜明け前の暗い町を真っ赤に照らす大きな炎の柱が空へと伸びていった。
* * *
「始まったぞ」
閉ざされた城門の外に集まっていたルハード達とその配下の騎士団の面々は、空を赤く染める炎の出現にヒルダ達が行動を開始した事を知った。
「モートレルの市民のため、我々も戦いを始めようじゃないか」
後は結界の破壊を待ち、門が開けば中になだれ込んでいく。そして住民達を守り、避難させ、帝国の残党を叩きのめすのだ。
* * *
「すごいな。あれがアリシア様の魔法なのか」
その炎は城壁の高さを超えて、アンナマリー達の姿をも明るく照らす。本気でやると町の一角が吹き飛んでしまうからと、あれでもアピール用に威力を調整しているというから驚きだ。
「我々は我々の任務を遂行するだけだ」
こちらはこちらの仕事がある。その前にオリビアがハッパをかける。
「あなた達3人は私が守るわ。相手は魔剣を持っているようだけど、存分に戦いなさい」
エリアスはアンナマリー達女性騎士3人に強力な障壁の奇跡を与えた。これで一切の攻撃が彼女達の体に届くことはない。
「では行くとするか」
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。