そして英雄は帰る -1-
仮眠していたアンナマリー達はシスティーに起こされて、部屋を出た。錫杖の霧が晴れて、町での活動が可能になったというのだ。
階段を降りて1階に降りると、もう他の人間は起きていて、色々と話をしていた。トーストされたパンの香りもするので、食事を用意されているのも解る。
アンナマリーには初めての大きな戦い。緊張もあるが、ここにはヒルダとルビィがいる。それ以外にも色んな人がいて、町にある結界が解ければ、ルハード率いる援軍も来る。勝てない戦いではない。
「あーい、おはよう。軽く食べていってー」
食卓には紅茶とハムサンドが置いてある。これから戦いという前に口にしておくには丁度いい軽さだと思える。しかし違和感がある。
「誰だ、お前は?」
真っ赤な髪をポニーテールにした、エプロンドレスの少女が加わっていた。でもあの服は伽里奈が着ていたはずだと、アンナマリー達は思う。
「誰って、このやどりぎ館の管理人だよ。アリシア=カリーナじゃん、忘れちゃったの? ほら食べて、あんまり時間ないから」
「あ、ああ」
アリシアに促されてアンナマリーは席に着く。
「アリシア?」
今聞き捨てならないことを言われた。
「そう、アーちゃんよ」
「アーちゃんが管理人の下宿だロ」
「アリシア君、お茶のおかわりをくれないか」
「はーい」
ヒルダもルビィもレイナードも少女のことをアリシアと呼ぶ。そして少女も聞いたことのある声で答える。
『え、ええっ!?』
女子3人は一斉に声をあげた。
「名前を変えていたけれど、ここの管理人はアリシアなのよ。ちょっと記憶が混乱してたところがあって、アンナマリーにも偽名のまま過ごしてたけれど、正体を明かした方が士気も高まるでしょう?」
エリアスが説明をしてくれた。勿論それっぽい嘘だが。
ヒルダもルビィもレイナードも、面識のある3人がアリシアだと言うのであれば、これは間違いなく本人だ。
「あ、アリシア様だったんですか」
「ごめんねー、怪我のショックでちょっと記憶が飛んでたりして、後で何か言い出し辛くなっちゃって。これでボクが揺動するの納得してくれるでしょ?」
「そ、それは、もう」
やどりぎ館に来てから1ヶ月と少し、その自分の毎日の世話をしてくれた人がまさかのアリシア本人で、アンナマリーは涙が出そうになってきた。色々とフラム王国の事情を知っているような素振りがあったのは、まさに王国出身の、魔女戦争の英雄だったからだ。
オリビアもそうだが、仮眠開けにいきなり打ち明けられて、サーヤと一緒に唖然としてしまっている。これは目も覚めるというモノだ。
「取りあえず食べて食べて」
「は、はい」
「私も驚いている次第です」
食事を終えてお茶でしめているフロイトも驚いている様子だ。
「アリシア様といえば本職である私よりも神聖魔法の使い手でしたからね。野営の時のあの回復魔法も今考えればアリシア様ならではなのです」
「浄化の筺も、アリシア様なら可能か」
「うっわー、アリシア様にマッサージして貰っちゃったっけ」
「そういえばそうだ」
「わ、私も色々とやってしまった」
アンナマリーが思い出すと、憧れの英雄に対して随分と失礼な事をしていた事を思い出す。最近は、スケルトン事件の時に心のケアをして貰ってるし、アリシア様の部屋に押しかけてベッドに寝てしまっている。そのせいであの時は床に寝かせてしまった。そうだ、顔面を蹴ってしまったこともある。
「今はそういうのいいから。町の方で動きがあったみたいだしね。食べながら話を聞いててよ」
フィーネが呼んでいるので、アリシア達はテレビの前に集まり、3人は言われたとおりに食卓でパンを食べながら、聞くことにした。
「住民共は起き上がり、中央広場に集まっておるようじゃ。洗脳は完了し、建国の宣言でも行うようじゃぞ」
中央広場には町を管理する役所があり、ここで町に関する何某かの発表などを市民に行うために、ステージが設置されている。ここに皇女ユリアンとオーレイン他、残党達と町の人達が集まってきている。
ステージに立っているのが帝国関係者で、その下にいるのが町の人間だろう。洗脳されたモートレル騎士団の面々の姿は下にあり、装備も鎧も違うから、その区別はとても解りやすい。
「それからのう、領主夫妻と将軍のお嬢が見つからぬから、連中は少し焦っておるぞ」
領主の館が映されると、正面のドアが開きっぱなしになっていて、捜索をしたという名残が見える。
「大きな剣を持っていったとかは無いカ?」
「それは見ておらぬのう。魔力反応は地下にあるままじゃ」
「ルーちゃんの作った結界に守られた地下室でしょ。それは入れないよ」
「しかしこやつらはこれからどうするつもりかのう。結界により外から攻めることは出来ぬが、籠城するにも食料には限界があろう」
「予定通りに進んだとして、まずは外の町を攻め落として、町全体を占領。そこで建国でも宣言して、アンナマリーを楯に王宮と交渉とかそんな流れでしょ。戦力としては私とアーちゃんがいるって脅しをかけてね」
「ボクのニセモノってどこにいるんだろ」
アリシアのような衣装を着た人間は今のところステージ上にはいない。プライドだけは高い男が思わず口を滑らせたけれど、戦いに際しての切り札として隠しているのかもしれない。
3年も姿を見せなかった英雄の名前は、フラム王国内では特に影響が大きい。偽アリシアが強いのかどうかは解らないけれど、一定の脅しにはなるだろう。
「それも見ておらぬのう。どこかの建物内に隠しておるのであろう。しかし小僧のニセモノとはどのように仕立てあげるのであろうな。それと、残党メンバーレベルの者も、出来は悪いが魔剣を所持しておる。まあ恐らくじゃが、何かを飛ばしてくることは覚悟しておれよ」
「王都の方も魔工具かな。普通はゴブリンが大挙してあそこを襲うとか、常識的にやらないしねえ」
「ルビィ様、王都はどうなったのです?」
「ゴブリンは全部追っ払ったそうだゾ。王者の錫杖のこともあるからじきにモートレルに兵をよこすらしイ。ただまあ準備もロクにしていないから、転移術を使える人間達が何十人か兵を連れてくるだけだろうガ」
転移術の使い手も本人以外に運べる人数には限界があるし、個人差もある。多くの人間を転移させる事は出来るが、それには学院にある装置を使うので、その準備が必要になる。
「王都からの増援にはあまり期待しない方がいいわね」
「アンナマリーが無事なことは、将軍には伝わってる?」
「私は師匠としか話をしていないが、そこ経由で伝わっているのではないカ?」
賢者の一人である師匠とは通信手段はあるけれど、王宮へ直接の連絡は出来ない。ただ、伝えて欲しいとは言ってあるので、後の打ち合わせで伝わっていると思いたい。
「とにかく、計画が上手くいった事で浮かれておる今、セレモニー中にさっさとやる事じゃな。少数によるゲリラ戦とは油断しておる時にやるモノであろう?」
まさか町の中に拠点の入り口があって、そこから攻めてくるとは考えもしていないだろう。町の住民という人質も外の人間に対するアピール用であって、ゲリラ戦を挑んでくる人間相手に戦力として使う事は出来ない。
「では領主、お主が号令をかけるのが筋であろう。我ももう一踏ん張りしてやろうではないか」
「ありがとうございます。それではモートレル奪還作戦を開始します。まずは各人準備を行い、ロビーに集まりなさい」
『おーっ!』
* * *
ヒルダの号令の後、それぞれが装備を調えて館のロビーに集結した。
「アーちゃん、その鎧まだ持っていたの?」
「黒のドレスもあるんだけどねー」
「綺麗に整備されているナ」
「今日はいないけど、お隣にいる英雄さんが鍛冶屋をやってて、色々習ってるから」
エプロンドレスの上からブレストアーマーを着込んで、日本製のガントレットを身に纏うアリシア。
アリシアとあまり身長差の無いヒルダには、日本製のプロテクターと、アリシアが使っていたガントレットと小さめの丸いシールドを渡してある。ヒルダは護身用の魔剣しか持ってきていなかったし、家に戻って自前の鎧を着ている時間は無いから借りることにした。
「この鎧は大丈夫なの?」
「文明が違うからね、軽いけど頑丈だよ。それにボクが魔術基板を組み込んでいるから、薄くて見えないけど障壁が張ってあって、剣も矢も魔法もなまくら相手なら充分だよ」
ライフル弾も防げるように作っている。
「アーちゃんって道具系の作成はあまり得意じゃなかった気がするんだガ」
「お隣の英雄さんとは、色々と技術の交換とかしてるからねー」
「霞沙羅は他の土地から持ち込まれる魔剣や聖剣の整備と調整、それと製造も出来るのじゃ。小僧はそれの技術を身につけておる。それよりもほれ、セレモニーが始まるぞ」
テレビには広場に集まった人間が整然と並び、皇女の言葉を待っている様子が映されている。丁度いいタイミングだ。
「じゃあ行きましょう」
モートレル奪還作戦は決行された。
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