準備運動 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
軍の討伐隊が出発し始める頃、カナタ達は昔で言う渋谷駅周辺にいた。
かつてはサラリーマンや若者が集まり、一日中、24時間賑やかだったというこの町もすっかりと廃墟と化して、元街路樹だけでなくアスファルトのひび割れからも雑草が生え放題になり、鳥か虫くらいしかいない場所になっている。
大きな戦いの跡がそこら中に残り、高層ビルは真ん中ほどで崩れ落ち、落ちてきたネオンや看板が散乱し、そこら中にある商業ビルは骨組みだけになっていたり、大破した車が転がっていたりと、無残な景色が広がっている。
回収出来なかったのだろう、当時の事件に巻き込まれた人間の白骨も転がっていて、今動いているモノのはあまりなく、ぼうぼうに茂った雑草や街路樹が風に揺られているだけ。
この東京で幻想獣出現の中心地となったのは新宿駅周辺で、そこは今でも瘴気のような魔力が漂う土地となっていて、何駅か離れた所にいるカナタ達もそれが解るくらいだ。
「全く、何をやったらこうなるのでしょうねえ」
当時存在した、大きな宗教団体がマリネイラの力を呼ぶ為に、信者達の命を代償とした儀式を行ったと聞いている。
「全部とは言わないまでも誰の願いでも叶えるっていう性質は厄介ねえ」
日本だけでなくアジア全体に広がっていた宗教の幹部だけでなく、20万人は下らないという信者全員がその身を捧げて、各地でマリネイラの力を呼んだことで、災厄戦という戦いが始まった。
願いはそれぞれの願いが叶う理想郷。
ただ、結局は理想郷を作る事が出来るハズだった、妙な生物たちが各地で生まれただけ。結局は多すぎる信者達の願いが混線した結果だと言われている。
願いを叶える神といっても、そうそう上手くはいかないモノである。一見は信じるべき宗教の元に集まった人間でも、結局全員が同じ夢を見ているとは限らないのも原因だ。
「宗教として集まったところで、その中心部分に行けば行くほど幹部達の野心や打算や富への執着が渦巻いて、ご立派なスローガンも空虚になりがちですからねえ。おや」
近くにあった建物の一部がガラガラと崩れた。
元はガラス張りだったであろう商業ビルの残骸から、象の背中にクマの上半身が乗ったような、全高25メートルはありそうな巨大な幻想獣が姿を現した。
「我々の土地に土足で踏み込むとは愚かな」
「完成態でしたか、ここまで来るとこんなのが普通にいるんですのね」
「わー、面倒くさいわね」
「出てこなければ…、まあ近々踏み潰されるだけですわね」
「何を言っている? 今踏み潰されるのはお前達の方だろう」
「夢みたいな事を言いますわね。所詮は人の夢から生まれた儚い幻想じゃないですの。この世にありもしないものには消しゴムをかけて差し上げますわ」
「行くか」
「はいはーい」
武器を手に取って動き出そうとしたアオイとソウヤを手で制してカナタは
「[嘆きの死火]」
カナタは軽く指を鳴らすと、巨大な幻想獣の足下から火がつき、だんだんと全身に延焼していく。
「な、何をした」
「この世の真実ですわ」
威勢の良かった幻想獣が体をはたいたり暴れたりしても火が消えることなく、段々と体を焼いてく火に苦しみもがいた末に、あっさりと消し炭となった。
「あまり時間もありませんし、軍がなにがしかの作戦を実行中のようですので、目立たないように作業を進めましょう」
「あの程度の火であの巨体が終わるんだな」
カナタの作り出した火は見た目はあまり火力が高そうでは無い外見だったが、余計なエフェクトを省いて、じっくりとダメージを与えるモノ。
あまり派手な動きをすると魔力の動きで軍に探知されるかもしれないから、大きな幻想獣と言えど静かに処分する必要がある。よって、目立たないように火で炙った。
とはいえ、今の魔法が何なのか解る人間はこの世界で片手で数えられる人数しかいない。観測したところで何が起きたのか解析は不可能だ。
そして幻想獣だったモノは灰になり、ひび割れたアスファルトに降り積もった。
「作業エリアは広いですからねえ」
「続けるぞ」
ソウヤはスーツケースの中から短い卒塔婆のような板を取り出すと、アスファルトを剥がして、その下にある土に埋めた。
「場所が外れたら最悪ね」
「それはありませんわ。結局神の力を利用しての転移ですし、その為にマリネイラの力に導かれていますから。それにこの星の中では一等地ですよ、これだけ広い元大都市で無料の建築資材も沢山ありますからね。星堕の剣の特性はご存じの通りでしょう?」
「まあそうね」
「あの2人はこの国以外の場所には行っていないようですからね。厄災戦を見て決めたのでしょうし、知らない場所に座標設定は出来ないですよ」
話をしている最中にも、地下鉄の入り口だった場所から新手が現れた。
「また次が来たぞ」
「これは私達がやるわ」
カナタとソウヤは今度こそ剣を抜いた。
今度は3メートル程度の、黒塗りの人のような成長態が4体。モデルは殺人事件の犯人か何かだろうか。
「切り刻んでやりなさいな。終わったら次の場所に移動しますわ」
自分達が旧23区内にいることは、軍に知られてはいけない。だから襲ってくる幻想獣は目立たないように排除する。
幸いこの中心地近くはこのように危険であるが故に、事故を恐れて地上どころか航空機からの観測も行われていないし、安全な高高度からの航空機や観測衛星を使っては魔力の干渉を受けてまともに撮影することは出来無い。
その状況下にあるので、来るべき時の為の準備はこの3人なら出来無いことではない。
「なんとかの園、っていうのはどうなったのかしらね?」
「魔工具の盗みは中途半端に終わったようですから、私が作った魔工具が本領を発揮することは無いでしょう」
「さすがにもう興味は無くなったのか」
「もうあの魔工具が動くところを見る必要も無くなりましたからね。実行に動き出してしまった彼らがどうなろうと知ったことではないですわ。設計図は渡したので、不足分の代用品でも作るんじゃないんですの?」
安らぎの園から発注された魔工具は、作っている途中でカナタの中で結論が出たために、一応完成させて納品はしたけれど、その後の事はどうでもいい。
結局のところ、いつもの様に彼らが勝利を得ることはないだろう。
各地で野望を持った人間からお金を貰って、そしてテーマを貰って、目的のための魔工具や魔装具を作る事が今まで大事だったのだ。
何としても各地の魔術を研究するためには、力を欲する人間を利用するのが手っ取り早い。使ってくれるからだ。
そしてこの五年間の行動で、この世界に隠された真実にたどり着き、人間の目から隠された、環境に左右されない共通の魔法をこの手に掴んだ。これであの両親と同じステージに立った。
それはともかく軍や警察があちら側にかまけている間に、カナタ達は準備を終えなければならない。
例え微弱な魔力反応を感知されたとしても、場所故に隠してくれるだろう。どうせ何なのかは解らないのだから。
「ふん」
カナタは足下にころがっていた、巨大な宇宙船で攻めてきた宇宙人と地球人が戦うような、この星にありふれた映画の看板を蹴っ飛ばした。
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