専門家の底力 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
適当な所で霞沙羅が満足したようなので、食堂を出てやどりぎ館に帰ることにした。
モートレルという地方都市の町中だというのに日本と違って外は真っ暗。外灯なんていうものは無いから、料理屋が営業している宿屋街以外の家は、明かりに必要な蝋燭だの油だのの光熱費にお金をかけたくないので、さっさと寝てしまっている。
この辺で見える明かりはやや上空にある、城壁の上にいる監視の持っているランタンや松明が動いている程度。
アリシアは明かりの魔法を使用して、暗い町を歩いて帰ろうとすると、前方から松明を持ったアンナマリー達、数名の騎士達が歩いてきた。
今日は夜勤の日だ。
「うあ、キッショウインさんか」
巨大な人影が見えたので身構えてしまったけれど、アリシアの明かりで正体が解ったことで、全員が安堵した。
「久しぶりに驚かせてしまったみたいだねえ」
ここまでの暗闇だし、まあこれは仕方が無いかなと吉祥院も諦めた。
「霞沙羅さんが冒険者気分を味わいたいって、そこのお店で飲んでたんだよ」
「そ、そうなのか」
「これから館に帰るからね、アンナマリー達は気をつけてねー」
アンナマリー達の警備の邪魔をする気は無いので、別れようとすると、町の一角から男の悲鳴が聞こえた。
「お、なんか小さいのが何個か動いているでありんすな」
「お、トラブルか」
魔術師であるアリシア達4人には魔工具的な何かが声のした方で動いているのが解る。
これは事件だ。
そうなると霞沙羅が嬉しそうに走って行った。
「ああー、さっきまで冒険者気分だったから」
「ちょっと、カサラさん」
町のことは騎士団の仕事だ。アンナマリーには霞沙羅がどれだけ強いかは解っているけれど、異世界人にやらせるわけにはいかないと、追いかけた。
「TRPGでは定番のトラブルでありんすよ」
これに反応しないとシナリオが始まらない類いのトラブル。
仕方ないのでアリシア達も追いかけていくと、2人の男が小さな人間みたいなモノに襲われているところだった。
中でも一番年上のおじさんが血の滴る右腕を押さえて、腰を抜かしている。刺されたか切りつけられたかだろう。
そのお付きだろう男性は護身用のショートソードを抜いて襲い来る小さな物に対して、ド素人感丸出しなへっぴり腰ながらとにかくブンブンと振って追い払おうと奮闘している。
「おう、こっちの世界でも人形だぜ。襲われてるのがオッサンなのが残念だが」
数は4体。膝下くらいまでの大きさの人形がナイフを持って、食事終わりの行商人らしい2人を襲っていた。
「だ、誰かはわからんが、た、助けんか!」
霞沙羅は一応は棒を持って来ていたけれど、その先に魔力結晶の刃が生えてきた。
「霞沙羅さん、早速やってくれちゃって」
この前貸し出したアリシアの槍を参考に、もう試作品を作っていたようだ。
「か、カサラさん、そういうのは私達の役目なので」
「足を刺されて転ぶと体を狙ってくるだろうぜ」
「は、はい」
さすが大佐をやっているだけあって、前に立たれてしまうと、その背中から感じる気迫が違ってしまって、アンナマリー達は素直に従うことになってしまった。
「あとナイフに毒が塗ってあるから、刺されないようにねー」
ナイフの表面は微妙に濡れている。明かりの魔法に照らされて、表面が薄い緑色をしているのをアリシアは確認した。
「だとしたらあの流血おじさんはまずいのではないかい?」
「あーそうです」
人形の対処はアンナマリー達と霞沙羅に任せて、アリシアはおじさんの治療に向かった。
こっちの世界ならオリエンスの神聖魔法が使えるので、この程度の解毒は余裕だ。
その間、霞沙羅は一体を棒で刺して行動不能にして、アンナマリー達は小さな人形に翻弄されながらも、何とか残りの人形を破壊出来た。
「元々はラスタルの冒険者ギルドで見かけた依頼だったのに、モートレルでも事件になっちゃうなんてねー」
ルビィも転がっている人形の残骸を拾い上げて、その構造を調べることにした。
「おい吉祥院、これ調べようぜ」
「異世界の魔工具は気になるダスな」
霞沙羅は人形の中にあった宝石のコアを器用に外に押し出して活動停止させているので、大きく破損はしていない。
この辺は何も考えられずにバラバラにしてしまったアンナマリー達との技量差だろう。さすがに余裕が無いとこんな事は出来無い。
「まあアンナマリーも結構落ち着いてやってたぜ。度胸もついてきたんだな」
「そ、そうですか」
霞沙羅に褒められて、アンナマリーは嬉しそうにした。確かに館に来た当時に比べれば、大夫肝が据わってきている。
今のモートレル周辺はそんなに物騒ではないけれど、たまに周辺に現れるボブリンだのコボルトだのの討伐に同行している経験が生きてきている。
「何かの目標に向かって突撃してくるタイプだナ。おじさん、何か変なものを最近手に入れていないカ?」
まずは人形の基本部分を解析したルビィが、商人らしきおじさんに質問した。
「変なものなどありはしない。ワシは目利きで通っている商人だぞ」
「とはいえこいつらも国じゃ有名な魔術師だしな。見たところオッサンは魔術の心得はねえだろ」
「お、おっさ…」
何かを抗議しようとしたけれど、霞沙羅は背が高いし口も悪いし、妙な強者の雰囲気を持っていて、怖くなったので断念した。
「ここ数日で手に入れた物を見せるじゃん」
吉祥院の大きな手が伸びてきて、商人の鞄をひったくった。
「ひぃ…」
あまりにも背の大きい吉祥院には恐怖を感じて抗議出来なかった。
「いきなり怪しいのがあるじゃないの」
吉祥院は鞄の中からやや古ぼけたロケットペンダントを引っ張り出した。
それからは確かに魔力の反応がある。
「そ、それは英雄ライアが持っていたというペンダントだ。劇場のリフォーム資金の足しに手放したというそれを、触るんじゃない」
ライアという人名が出たので、アリシアとルビィが興味を示して、吉祥院に見せて貰ったけれど
「ライアはこんな汚いの持ち歩かないでしょ」
「あいつは綺麗な装飾品にしか興味が無いし、そもそもこんなものを持っていたという話は聞いていないゾ」
「な、なんだと」
「オッサン、こいつら誰だと思ってるんだよ」
「あら何か揉め事?」
冒険者ギルドから話があった人形が出たという事で連絡を受けて、ヒルダまでもがやって来た。
「おいヒルダ、キッショウインさんが持ってるのはこの商人が手に入れたというライアの所持品らしいゾ」
「そんなわけないじゃない、こんな古ぼけた物。ビンテージ物は好きじゃないのよ」
即否定した。
「ひ、ヒルダ様」
商人はヒルダの方は解ったようだ。
さすがに商売をするには、その土地の領主くらいは一目見て解らないといけない。
「ライアと同行していた英雄が3人揃ったぞ。まあ中には小さな宝石が入っているが、これが人形の目標になっているようだな」
「え?」
霞沙羅の発言を聞いて、商人がアリシア達の顔を見る。領主相手にやけに馴れ馴れしい態度だと思っていたけれど
「ボクはアリシアで」
「私はルビィだ」
「ええ…」
命の危険にあってちょっと混乱していたのと、少し暗くて解らなかったけれどそういえば、この3人全員、少し前の王都で終戦のパレードをしているところを見た。
あの時はわざわざ行商の仕事を切り上げてまで記念のパレードを見にラスタルまで行ったのだ。
「魔工具としてはなかなか手が込んだ作りになってやがるな。オッサンは目利きなんだろうが、もうちょっと持ち主のことを調べておくべきだったな」
「はは…」
2年も旅をしていた人間が3人も「こんなの持ってない」と言えばそれが真実なんだろう。
掴まされた。しかもどういうわけか命まで取られそうになった。
そう思うと、商人は膝から崩れ落ちた。
「これで生存者を確保出来たわね。安全のために商人さん達は騎士団で一晩を過ごしなさい。生き残った人間として明日、色々と事情を聞かせて貰うわ。別に犯罪者じゃないんだから、安心していいのよ」
お金的には損をしたけれど、まさに危機一髪だった。
いや、しかし、この状況は今後の営業トークで盛り上がるんじゃなかろうか、と考え商人は立ち上がった。なかなか商魂たくましいところである。
殺人人形の目標物は商人から奪ったし、人形はもう壊され、別の場所にストックがいたとしても襲われる危険はもう無いだろうけれど、一応様子見のためにヒルダは、騎士団で護衛するように、と連れてきた騎士達に命令をした。
「人形は、カサラさんとルーちゃんがそれぞれ持っていくって事でいい?」
「後で情報は頂戴よ」
「ペンダントは私が貰っていいカ?」
「宝石の魔術基盤だけ写させてくれよ」
霞沙羅の方は宝石の方に刻まれていた魔術基盤を画像に収めると、ルビィはバラバラになった人形とペンダントを回収した。
「これ使えそうじゃねえか?」
「そうかもしれんでごわすな」
霞沙羅達はこの人形に何かを感じたようだ。
「明日専門家に見せよウ」
ルビィは今日はやどりぎ館に泊まる。そこでちょっと自分なりに纏めてから学院に持っていこうと考えている。
「専門家ってルーシーさん?」
「あの人は呪術の専門家だからナ」
「ルーシーってのは前に飛行船でここに来た奴だったな? 中身は婆さんの」
「そうでしたね、あの時霞沙羅さんもいましたね。天望の座の一人なんですよ」
「相手が賢者ってんなら私らも同席させろ。人形に関する呪術の話を聞きたい」
「ワタシも専門ではないのでありんすから」
ひょっとしたらアイザックの追跡に使えるかもしれないと二人は専門家と呼ばれた賢者ルーシーに会うことにした。
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