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入居者を募集中です -4-

 夕食時に説明されたとおり、霞沙羅(かさら)は食後に入浴してから、ネコと一緒に隣の家に帰っていった。


 ネコはとても大人しくて、フィーネやエリアスの膝に乗っていたが、アンナマリーの所にはやってこなかった。強がりでも何でも無く、離れて見ている分には問題ないので、この家にいても大丈夫そうだ。


 そしてアンナマリーはもう一度温泉に入り、与えられた部屋に戻った。その際に伽里奈(かりな)が水が入った容器とコップを持ってきてくれた。この国では水は気兼ねなく飲める事も教えてくれた。食卓の側に住民用としてウォーターサーバーという装置が置いてあるので、それを自由に飲んでいいという。


「ううーむ、ちょっと贅沢かな」


 自宅の部屋に比べれば狭いし、かいがいしく身辺の世話をしてくれる使用人はいない。基本的にはアンナマリーの自由だが、異世界ならではの設備もあるし、苦手な掃除も洗濯もしてくれるし、食事も用意してくれる。


 これなら家賃は申し分無い。予定よりちょっと高いが、このサービス内容と設備はお得と考えてもいい。


 最後に、基本の家具しか無い、がらんとした部屋にどのように何を置こうか想像してみる。家から持ってきたのは剣と鎧といった装備品と、衣類と何冊かの本だけ。モートレルに来てからまだそこまで時間も経っていないし、寮の部屋はもっと狭くて、衣類以外の物も増えていないから、結構広く使えるだろう。


 伽里奈達も歓迎してくれているので、もうここで決めようと思う。そろそろ家を決めないとヒルダ様にも悪いし、事故があったとはいえ騎士団で一番の新人がいつまでも領主の屋敷に住んでいるわけにもいかない。

 ようやく決心もついて、入居希望を伝えに下に降りて、管理人室だという、裏口の前にある受付窓口に行こうと思ったら、厨房から音がする。


 伽里奈が何かを作っているのかと思ったら、やっぱりそうだった。本当に料理が好きなのだ。


「あの、決心がついたのだが」


 厨房ではパン生地を練っていた。夕食のパンはお店で買ってきた物だと言っていたが、パンまで自分で作るのかと驚いた。これだけこだわるのだから、夕飯が美味しかったのも頷ける。


「変な環境の舘だけど入居する?」

「ああ、よろしく頼む」

「それでいつからにする?」

「逆に訊きたいが、いつから住めるんだ?」

「明日からでもいいよ。場所は今日泊まる部屋でいい?」

「あの部屋を前提に色々と考えていたからな。あそこでいい」


 実際どの部屋もサイズもレイアウトに差は無いし、基本となる家具も変わらない。あるのは位置的な差で、角部屋になっているフィーネの部屋だけ窓が2つあって、庭側の景色を見ることが出来る

くらいだ。


「うん、わかったよ。その領主さんがいいのなら、明日荷物を取りに行くよ。寮住まいであんまりモノは多そうじゃないけど、1人じゃ無理でしょ?」

「そこまで荷物が多いわけでは無いが、手伝ってくれると助かる」

「荷車持って行くよ。ああ、このパンは明日の夕飯用だよ。ボクが作ってるシチューはそっちの世界に無さそうだけど、まあ野菜とかお肉とかを煮込んだスープだよ。それがメインだから。シチューはこれね」


 大きめの鍋が弱火にかけられていて、いい匂いがしている。中は茶色い。見たことがありそうで無い具だくさんなシチューだ。


「もう明日の夕飯の準備をしているのか?」

「この料理は煮込んだ時間が味に反映するからねー。大体1日前に作ってるんだよ。お肉もシチューに馴染んで柔らかくなるし」

「そ、そうなのか」


 このシチューがどんな出来になるのか解らないが、とにかく期待出来そうだ。


「朝、ヒルダ様に報告してから、ここの家に帰ってくるから、それで荷物を取りについて来てくれ」

「はーい。ところで食事中に6人の英雄に憧れてるって言ってたけど、アンナマリーさんはその人達と知り合いなの?」

「今仕えているヒルダ様は家の繋がりもあったし、一時期王都に住んでいたから知り合いで、あと、魔導士のルビィ様も、昔から王宮に出入りする家柄だから、面識はある。戦士のハルキス様と神官のイリーナ様、それと軽業師のライア様は出身が別な事もあって、数回しか会った事が無い」

「あと1人は?」

「アリシア様は同じ王都の生まれでも身分が違っていて、冒険者として名が知られた後に何度か会った事がある程度だ」

「買い物とかでそっちの町に行く事がありそうだから、せめて国の英雄くらいは知っておいた方がいいかなーって。英雄様の治める領地だしね。ヒルダさん以外は皆何してるの? 功績を認められて貴族になってるとか?」

「それはあるのだが、ルビィ様は王都にある魔法学院に戻り、研究の傍ら教鞭を振るっている。ハルキス様は元々部族の長の家出身で、冒険から領地に帰って次の族長として認められた。イリーナ様はオリエンス教という教団の聖都で司祭をしている。ライア様は隣の国に芸術家の集まる都市があるのだが、そこで役者をしながら劇場を経営している。アリシア様は、魔女との一対一の戦いで大きな傷を負った為に、今は神の元で休まれているという事だ。3年と少し前の事だが、それ以降は誰も見ていない」


 アンナマリーの話を聞いてアリシアこと伽里奈はホッとした。全員いるべき場所にいるようだ。ハルキスは冒険そのものが族長への試練だったし、ライアは劇場を買うためのお金稼ぎだったし、それぞれ合格を貰ったり、報償か何かでお金を得て目標を達成したのだろう。


 自分はまあ、ここにいるから誰にも会っていないし。


「そのせいでアリシア様のニセモノがたまに現れるんだがな。でも癖の強い人だったから、すぐバレる」

「癖が強いの?」


 心外だなー。そんな変じゃないけど。他の冒険者にもっと変な人いたよ、と色々思い出す。


「時に男で、時に女でという性別不詳の人で。ホントの所は男なんだが、私も女の姿しか知らない。最後に会った時は黒いドレスのような服だった」

「そんな人なんだー」


 アンナマリーに最後に合ったのは、冒険が終わる直前で、確かに特別なドレスの上に鎧という姿だった。髪は今より長くてポニーテールにしていた。そしてその時の服はまだ持っている。


「女性剣士としてはヒルダ様に憧れているが、騎士としてのあり方はアリシア様を目指している」

「へー、なんで?」

「アリシア様は剣と魔法を極めた方で、神官としても一流の腕前だったと聞く。実際に剣士としてはヒルダ様やハルキス様の方が上で、魔法使いとしてはルビィ様、神官としてはイリーナ様には敵わないが、場面によって役目を大きく変えて戦った、大陸では珍しい多才な方だ。だから私も家庭教師を雇って魔法を習ったりした」


 アンナマリーは六英雄の事が好きなようで、喋る言葉にも熱が籠もる。


「私はまだまだ子供だったが、アリシア様のような立派な騎士になると約束したんだ」


 ―そうだねえ、ボクの前で2回目だよ、それ。でもわざわざヒーちゃんの所に修行に来るとか、本気なんだなー。この家に辿り着いたのはそういう所なんだろうね。


「帰ってくるといいね、その人」

「ああ、それまでに恥ずかしくない騎士になっていたい」

「日本人だけど、霞沙羅さんもアリシアさんと同じで、多才でホントに強い人だから。まあそのヒルダさんの実力は知らないんだけど、こっちでも剣の相手をして貰うといいよ。それから武器の手入れの仕方は聞いておいた方がいいね。あの人、魔剣とかを作る鍛冶でもあるからそういうの詳しいの」

「そんなにすごい人なのか?」

「この世界の英雄だし。喋り方はちょとガラが悪いけど、面倒見のいい人だから、真面目そうなアンナマリーさんが話をすれば手を貸してくれるよ」

「ああ、解った。とりあえず武器の手入れの仕方から訊いてみよう」

「自分の剣の維持に自信が無いんだったら、早速明日見て貰った方がいいかもね。霞沙羅さんは異世界の武器も見てる人だから」

「そうなのか。随分とすごい人なんだな」


 とりあえず伽里奈の情報収集は終わった。皆がそれぞれ決めた場所にいるのであればそれでいい。だが、どういう顔をして会えばいいのだろうか。神様達は「自分がケガをしている」という事は伝えているけれど、エリアスの事は言っていないし、5人に再会した時には言っていいとは言われているけれど、あんな話を信じてくれるだろうか。


 世界を救った事は神々が苦笑いをしたほどの本当の事だけど、()()()()()()()()()()()事とか、中々伝えにくい事情がある。


 ―その場のノリでやるしか無いかなー。


 とにかく、生まれた世界に、しかも友人が治める町に繋がってしまったのだから、いつかばれる事を覚悟するしか無い。自分も、自分が望んだ場所に辿り着いているのだ。


今はこの館の管理人としての仕事をやるだけだ。


   * * * *


 翌朝は朝食後にアンナマリーが領主のヒルダに下宿が決まった事を報告に行き、騎士団の上司に許可を貰って引越の時間を貰い、やどりぎ館に戻ってきた。


「今日から新たな入居者となるのだな。我は歓迎するぞ」


 性格的に癖がありそうなフィーネだったが、アンナマリーの入居には随分と歓迎してくれた。喋り方や態度は上から目線の尊大な感じだが、これは意外だった。


 アンナマリー的にも、お隣の部屋の人だから安心出来た。


「じゃあ荷物を取りに行こう」


 伽里奈は宅配便業者が使うような大きなカートを引っ張り出してきて、裏門からモートレルの町に足を踏み入れた。


 勿論今日からはエリアスに「認識阻害」を施されている。


 それにしても約3年ぶりのモートレルだ。たった3年なので大きく変わってはいないが、魔女戦争時のような緊張感は無く、地方都市でありながらも領主の住むパスカール領の中心地なので、人の姿も多く、賑やかな雰囲気だ。


 戦争中は近くの山に魔女の軍団に砦を作られて、その時の戦いで城壁に大穴が空いたのだが、それも綺麗に修復されている。


 アンナマリーの説明によると、戦後に城壁を修理する際に、ルビィが魔獣警戒用の探知装置を設置したようだが、どうにも出力が安定していないので、まだ復興には未完成部分が残されているようだ。


そう考えると、国どころか、ラシーン大陸中が大きな被害を受けたので、こうやって普通に住めるようになっただけでもマシなのだ。


「ヒルダ様はこの城壁の外にある区画に、お父上である先代領主様との打ち合わせに行っているから、屋敷には不在だ」


この町は二重構造になっていて、以前はヒルダの祖父母が外の区画にある別邸にいた。どういう理由か解らないが、まだ若いヒルダに領主の座を譲ったおじさんはそっちに移り住んでいるようだ。


「ヒルダさんに旦那さんはいるの?」

「レイナード様という、昔からパスカール家に仕えている家柄の方と、魔女戦争の終結後にご結婚された」


 そのままレイナードと結婚したのかー、と伽里奈は嬉しくなった。ヒルダと同じ冒険者パーティーにいた事が原因で、レイナードとは一悶着あったし、由緒ある騎士の家の出身を鼻にかけてはいたし、自分やヒルダに比べれば各段に弱かったけれど、彼のヒルダに対する愛には欲も下心も嘘もなかった。伽里奈も別にヒルダに恋心があったわけでもないので、素直に祝福したい情報だ。


 それを直接言えないのが残念だなと思いながら、やどりぎ館から5分ほどで領主の屋敷に辿り着いた。


「屋敷のすぐ隣が騎士団の本拠地なんだね。アンナマリーはここにいるの?」

「今はここだ。私はそのレイナード様が部隊長の第一騎士団第一部隊に所属している。直接の上司は、オリビアさんという小隊長だ」


 オリビアの家もレイナードと同じく、長くパスカール家の騎士をやっていて、少し年上だが同じ女性剣士という事もあってヒルダとは仲が良かった。砦攻略の時には伽里奈も一緒に戦った仲で、貴族特有のやや硬い性格ながらも、芯はしっかりした騎士だった印象がある。


 そういえば、ヒルダのお母さんも弓兵ながら騎士出身だったこともあって、この町の騎士団にはしっかりした女性騎士隊があったっけと思い出した。その点については、王都からも参考にしたいと、女性騎士が研修に来る事もあるとヒルダは言っていた。ヒルダとは王都で出会ってそのままパーティーを組んだが、この女性騎士隊の意見出しもあって、一時的に王城に所属していたのだ。


屋敷の前ではそのオリビアが待っていて、アンナマリーに、今日も休んではどうかと提案していたが、荷物も少ないし引越が終わり次第来ますという事で決着がついた。


「じゃあ荷物を運び出そうねー」


 久しぶりに入ったパスカール家の屋敷も、特に変わりは無かったが、ヒルダの母親に連れられた二人の子供というか幼児が、廊下をよたよたした足取りで散歩していた。二人とも同じくらいの歳だ。


「アンナマリーさん、お家が決まったんですってね」

「ええ、この隣の者が下宿の管理人です。建物も大変気に入りました」

「若い女の子の下宿なのね」

「ええと、これでも男です」

「あら、あらあら、アリシアちゃんもこんな感じの可愛い男の子だったわね。有名人になったから、男子の間で流行っているのかしら」


 流行るも何も本人だしね、と心でツッコミを入れる。


 とりあえず、自分とそれなりに面識のあるこの人は、同じ雰囲気であってもアリシアだと思っていないので、エリアスの「認識阻害」の威力はやはり高い。さすが…、といったところだ。


「ばあば」

「ふふ、お祖母様と呼ばれていますよ」

「もう、お散歩が好きなんだけど、見ていないと転んで危ないのよ」


 なるほど、あの二人がヒルダとレイナードの子供なのだと理解した、同い年のようなので双子、それも二卵性双生児なんだろう。男の子の方が黒髪なのでヒルダ、女の子の方が金髪なのでレイナードの血を受け継いだのだろう。


「それじゃあ、かわいい管理人さん、アンナマリーさんのことをお願いね」

「はい、畏まりました」


 若い頃は常人の数倍の飛距離をたたき出した強弓の使い手として恐れられた、今は孫の世話で幸せそうなお祖母ちゃんは、2人の後についてそのまま廊下を進んでいき、伽里奈達は客間の一室へとやって来た。


 部屋の中に置かれていたアンナマリーの荷物は大きめの鞄が何個かと、装備品くらいだ。言っていたとおりホントに荷物は少ない。


「王都ってそれなりに離れてるんでしょ。あんな荷物を持ってどうやってこの町まで来たの?」

「来る時にルビィ様に頼んで、転移魔法で運んでいただいた。ルビィ様は時々ヒルダ様と会っているから、快く受けてくれたんだ。本来なら馬車でも一週間以上はかかる距離だから」

「便利な人がいたもんだね」


 そういう意味ではルビィにも出会う可能性が出てきた。ルビィは子供の頃からの仲で、魔法学院の同期で、当時の成績は一位と二位という間柄、そして同じ最年少での魔導士資格認定という事もあって、ヒルダより要注意人物だ。


 通算で十年以上も側で伽里奈の色々な髪型を見てきているから、今の外見であっても「それは変装しているのカ?」と一発でばれる可能性も考えられる。


「よく来る人なの?」

「ここ1年は研究で忙しく、月に1回くらいしか来ないらしい。連絡用の魔工具(まこうぐ)を持っていて、連絡はよくしているそうだが」

「そうなんだー」


 ―なら大丈夫かな。


とりあえずここに長居しているとヒルダが帰ってきそうであまり良くはないので、さっさと荷物を回収して、屋敷を出た。


 屋敷を出る際には、騎士団の敷地から町のパトロールに出ていく人達が見えた。何名かは顔を覚えているので、元気にやっている姿が見れた。


 レイナードの顔を見ることは出来無かったけれど、とりあえず3年が経った町の今を確認して、やどりぎ館に帰っていった。


 ―よっぽどの事が無い限り、この町に足を踏み入れるのはやめよう。


 そんな思いは早々に打ち砕かれる事になるのだが。


今後ともよろしくお願いします。

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