みんな前に進んでいる -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「ようこそおいで下さった」
学院内の来客用の食堂では前王のジョナサン二世がクラウディアを出迎えてくれた。
魔女戦争終結までは国王として表に出ていたけれど、病で倒れてからここ数年は外交の場には出てきていないので、クラウディアも久しぶりの対面になる。
「前王様のお体も回復していらっしゃるようで、喜ばしい限りです」
「いやはや、不思議なこともあってな、アリシアが向こうの世界から足裏マッサージという技術を持ってきたことと、その世界から来た英雄殿が温泉の新たな活用法をセネルムントに伝授してくれた。そのおかげでこのところ大きく体調が改善したのだ。さらに食欲も戻って体力もついて、といい事づくめだ。最近はアリシアがもたらしてくれた料理を食べる事が楽しみでな」
「そんな事があったのですね。長寿のエルフですが、是非その話をお聞かせ頂きたいです」
隣の国にいても王宮を出入りしている身分だから、体調不良が原因で隠居した前王の話題は耳に入ってくる。
小さな領地に入って、そこで療養して落ち着いてきたのは噂で聞いていたし、このところ急に体調が良くなっていると、マーロン王が語っていたと、外交筋から耳に挟んでいた。
フラム王国を挟んだ向こう側にあるザクスンも、少し前からアリシアの影響を受けていると聞いているから、リバヒル王国もライアが住んでいる芸術都市ベルメーンだけじゃなくて、王都にも何か美味しい料理が欲しいと思っている所だから、クラウディアの人脈を使って協力を要請出来ないかと王族に打診されている。
「それでは席に着くとしようか」
いまだに杖はついているけれど、それが必要とも思えないしっかりした足取りで、ジョナサン二世は自分の席に着いた。
クラウディアとクリスも係の事務職員に案内されて、用意された席に着いた。
「あなたはここよ」
ジョナサン二世の近くに座っていた女の子、お孫さんである王女が大きめのペンギンのぬいぐるみをすぐ横に席を持って来て貰って座らせた。
以前にリクエストをしていたら、丁度いい機会だからと、さっきアリシアに貰ったものだ。
それからもう気に入りまくりで、王女様はこんな場所にまで持てきてしまって、ご満悦な表情でナデナデしている。
「申し訳ない。先程アリシアに貰ったらしく、それ以来離そうとしないのだ。ランセル将軍のところのアンナマリー嬢から、少し前にあの鳥の絵か何かを見せて貰ったそうで、アリシアに頼んでいたようなのだ」
ジョナサン二世は孫の態度に申し訳ないと言いつつも、あんまりやめさせようという気はない。
周りにいる賢者達も高齢者ばかりだから、子育てや孫との付き合いで同じような経験があるのだろう。子供が気に入っているんだし、と王女は騒いでいるわけでもないので大目に見ているような感じだ。
この国を治めていた先代の王といえども、やっぱりおじいちゃんとしては可愛い孫の無邪気な姿を見てしまうと甘くなってしまうものだ。
こういうにこやかな雰囲気を崩すのもなんだし、クラウディアも別に気を害するようなことでもない。
だから王女にはここにこのままいて貰う事にした。
「いえ、可愛らしいぬいぐるみですから。新しいお友達が出来て、今は片時も離れたくないのでしょうね」
「このような席で申し訳ない」
「王女様、その子のお名前は決まったの?」
「まだ。あとで考えるの」
「そう。可愛いお名前を付けてあげましょうね」
「うん」
モチーフになったのはなんだかよく解らない生き物だけれど、王女といえどまだ子供だし、まあいいか、とクラウディアは気にしないことにした。
「え、ペンギン?」
「あの動物を知ってるの?」
クリスの呟きにクラウディアが訊いた。クチバシと羽みたいなモノがあるから鳥なのだろうけど、あんなたるんだ姿の鳥は見たことが無い。
「あの…、すごく寒い海域に住んでる鳥なんです」
「そうなの。物知りね」
「え、ええ、まあ」
記憶が戻ってきてるのならそれもいいかと、クラウディアは流すことにした。
いきなり玄関の前に倒れていたクリスを家に招き入れてからしばらく経つけれど、今日は随分と本人の記憶にしかないような話をする。良いのか悪いのかというと、悪くは無いのだろう。
しばらく談笑していると適度な量の温野菜と魚介のリゾットが各座席に運ばれてきた。
「この後に、お肉料理を用意していますからね」
アリシアがやって来て、それだけ言うと厨房に帰っていった。
「あら、このお粥みたいなのは少し前にクリスが似たような料理を作らなかった?」
「そうですね。えー、この国でも作るんだ」
あの時はトマト系だった。こっちはクリーム系で味は違うけれど、料理としては同じ系統だ。
「それよりも、王都ラスタルで魚介料理が出せるようになったのってホントなのね。前にリバヒルに来た時にアリシアが羨ましいって嘆いていたわよね」
知り合いだからとすぐ側にルビィが座っている。
「アーちゃんが冷蔵箱という魚介類運搬用の箱を作って、それを使って隣の港町ブルックスから運んできた食材を新鮮なまま長期保存出来ることが解ったから、ラスタルの一部店舗で販売出来るようになったのダ」
ルビィが捕捉してくれた。
魔術、これも魔術師のなせる技だろう。
どう使うかの方向性は人それぞれだから、王都の食に影響を与えるこの使い方も悪くはない。
その魔術が可能にした第一段の料理を食べ終わる頃には、熱々のスキレットに乗せられたお肉料理の盛り合わせとパンとスープが出てきた。
「ここの国の料理だけ、なにか一歩進んでいるような」
「アーちゃんがこっちの世界でもやりたいと持ってくるもんデ。アーちゃんがやって来る入り口から近いのもあって、ヒルダのいるモートレルの方がもっとすごいゾ。騎士団の食堂で出る料理の質も違っていて、最近はよく参考にとここから見に出向いているほどダ。それで今日は将軍に呼び出しをくらっていたりすル」
くらっているわけではないけれど、やはり王都としてはずっと気になっている案件ではあるので、この際に一度話しをまとめて聞き出しておこうという考えがあって、ヒルダは呼ばれている。
そんなヒルダの苦労はともかく、今日は厨房でリューネが手伝っているので、これが家でも食べられるんだなと、ルビィは期待していたりする。
「なんていうか彼、いいところにいるのね」
「このスキレット、いい使い方ですね。欲しいですね。お店で売ってるんですかね?」
「なんかこのクリスとかいうの、アーちゃんと気が合いそうだナ」
クリスは料理を味わうよりも、作り方を気にしている。旅の途中のアリシアもこんな感じだったのを、ルビィもクラウディアも思い出した。
だとしたら結構な逸材なんじゃないだろうか。クラウディアもちょっと期待してしまう。
そして最後に、リクエストが出ていたので、苺のパフェが出てきた。今日は細く切ったワッフルが刺さっている。
「パ、パフェですよ。アイスが、なんでこんなところにアイスが」
パフェ初体験者達が軒並み「おおー」と静かに唸っているところ、クリスだけ反応がおかしい。
「な、何だこいつハ」
「クリスは何かを知ってるのかしら」
パフェなんかこの世界に無いし、リバヒル国内ではアイスはライアの劇場でしか出てこない最新のデザートだ。
なぜクリスはこの食べ物を知っているのだろうか。そのくらいこの世界にはまだ謎の地域があるのだろうか。
記憶が戻ったらその故郷に一度行ってみたい、と人生初のパフェを食べながらクラウディアは思った。
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