白昼の札幌にて -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
お昼時になって、今日もまた札幌市と石狩市が交わるような場所で幻想獣が出現したと、皆のスマホに緊急メッセージが来た。
「またかよー」
教室で弁当を食べていた誰かが言った。
それは皆解る嘆きの言葉だ。
ただ今回は場所のおかげで小樽札幌間の交通に影響は無いのがせめてもの救いか。でもそれも今だけ。この後どうなるか油断ならない。
「前回ってこんなに出たっけ?」
「2年くらい前って、そんなでもなかったよな」
とりあえず全員が確認のためにスマホで警報内容を見てみる事にした。
まあ、まだまだ警察案件。出現数も数カ所でそれぞれ数体、と別に多くない。専門家に任せておけば大丈夫。
実際、鉄道には影響は無いと解って、騒ぐ生徒はいなくなった。今日の授業が終わるまでにはまだ時間があるから、帰る頃には終わっているだろう。
などと思っていたら、数分後に情報が更新された。
「な…、急に出てきたな」
最初にあった場所を中心に、一気に5ヶ所ほど現場が増えた。
「これは軍も出てくるよねー」
霞沙羅は今日は軍の業務なので大変だ。
それに比べて、学校が襲われているわけではないので、伽里奈の出番では無い。
そう思っていると、メッセージが飛んできた。相手は一ノ瀬だ。
読んでみると、2人は伽里奈が空間転移が出来ることを知っているので、移動に手を貸してくれという内容だ。
寺院から連絡があって、現場に行かなくてはならなくなったようだ。
それで現場とまでは言わないまでも、合流しやすい場所まで運んで欲しいというわけだけれど、そのくらいなら強力してもいいと思う。
「まあいいけどね」
いいよ、と了解のメッセージを返すと、また返信が来て、伽里奈は合流場所として指定された玄関前に向かった。
「あれ、この2人もいいの?」
一ノ瀬と藤井と、今林兄弟の2人がやって来た。
「しょ、しょうがないでしょ」
「という事は同じように家から呼ばれたんだ。今日の現場は大変みたいだからね。それでどこに運べば良いの?」
「札幌駅に運んで貰えれば、お互いの家の人が回収してくれるから」
「そうなの、じゃあ」
「あれ…、一ノ瀬さんの家の人が運んでくれるんじゃないの?」
今林は知らないから、てっきり寺院の車に便乗させて貰うのかと思っていたが、伽里奈が何かをしてくれるような流れになっている。
大学生の長男の方は車通学をしているので、少し前に札幌に向かっているところだったりする。その後に弟達も追加で呼ばれたのだ。
「違うわよ、伽里奈アーシアに空間転移して貰うのよ」
「え、空間転移?」
「あのー、もうあんまり気にしないでね」
転移魔術は上級魔法の中でもそこそこ上の方にある。なので使えないまま人生を終える魔術師が圧倒的に多い類いの魔術だ。
しかも儀式版と個人版があるけれど、何の補助も触媒も無く術者のみで行う個人版の方が難易度はもっと高い。
横浜大の卒業資格と魔術師のそこそこの位を持っていることは知っているけれど、まさかここまで高位の魔術師だとは思ってもみなかった。
「なんかもういいか…」
驚くのはもうやめた。
世の中には吉祥院や霞沙羅のような人間がいるのだから。それに、この学校には今日はいないけれどシャーロットもいた。
「じゃあ、転移するよー」
伽里奈の転移魔法は4人を巻き込む程度のサイズに広がっていき、そして小樽から札幌駅前広場に跳んだ。
* * *
札幌駅前ともなれば幻想獣との戦闘が行われている現場からそれほど離れていないというのに、この状況でもここにいる人々の間にそれほど混乱は無かった。大人の身で厄災戦をくぐり抜けた人間ともなれば慣れたモノなのだろうか。それでも、心配そうにスマホを確認はしている。
「こっち側でよかった?」
観光名所紹介記事などでも見栄えの良い、全国的に有名な南口ではなくて、北口に跳んできた。
「とりあえず札幌駅前って言ってあるから、北口にいるって連絡しておくわ」
「現場に近いのはこっち側だものね」
「オレ達は家に連絡するか」
「兄さんより早く着いちゃったかな」
やっぱりお前達も来い、という家からの連絡を貰ったのは五分くらい前。
それより先に車で向かったお兄さんはひょっとしてまだ高速を走っている頃なんじゃないだろうか、と想像しているけれど、後から移動することになっていた2人はもう札幌駅前にいる。
本当なら今から一時間ちょっと後に会社の人とこの辺でおちあって、現場へ増援するという形かな、と親は思っているだろう。
でももう札幌駅前にいる。
この状況を家にはなんて説明しよう、と悩みながらも今林兄弟は会社に連絡を取った。よく考えたらそんな事で悩んでいる場合じゃない。
当然社長である父親には「5分前に小樽にいたのに、なんで今札幌にいるんだ」と言われていた。
「気をつけてね」
「安らぎの園」とかいう別の金星の虜達が何かを目的に暗躍している横浜周辺とは事情が違うから、普通に幻想獣が発生しているだけだろう。
実はあの水瀬カナタが関わっていて、例の幻想獣を圧縮した石をばら撒いているわけでは無いだろう。
ただまあ現場は普通に危険な状態なので、適度な緊張感をもってやって貰いたい。
ひょっとするとまた転移が必要かもと待っていると、タクシー乗り場の方に緊急で、それぞれの家の車がやって来て、4人とも現場に向かっていった。
「うーん、ボクの方が送り出すって変な感じだよねー」
転移魔法を使えるほどの魔術師である伽里奈が何もしないというのは変ではあるけれど、どこかの組織の一員というわけではないから、誰もそこにツッコミを入れることは無かった。
「さてどうしようかな」
このまま小樽に帰って普通に午後の授業でも受けるのが正しい。
今外出しちゃっていることは教師は知らないから、そのまま学校に戻れば良いだけの話だ。
そこにエリアスから電話が入った。周囲の状況に合わせてくれたようだ。
「あれ、なに?」
「学校は午後休校になったわよ」
「あれ、そうなの?」
「貴方なら解っていると思うけれど、札幌の状態が良くないから、今日は早めに生徒を帰すことにしたの。貴方は札幌駅前にいるんでしょ? 教室にある荷物は私が持って帰るわ」
「ん? ボク一人で戻れるけど」
「この後霞沙羅から連絡が行くと思うわよ」
「ええー」
どういう流れで霞沙羅からエリアスに連絡が行ったのか解らないけれど、これは手伝わせるつもりだ。
というか、やっぱり軍が動くことになったのだ。
果たして自分の手がいるのかなあ、と思うけれど、エリアスのところにはそういう旨の連絡が行っているようなので、これは確定だろう。
「まあ、エリアスの大きい仕事もあるからね。その前に札幌を壊されるわけにもいかないし」
「ありがと。教師の方には霞沙羅に呼ばれたって言っておくわ」
ホントにファッションイベントの会場が壊されるようなことが起きれば、エリアス本人が手を出してくるだろうけれど、人間レベルの戦いに女神様を引っ張り出すわけにはいかない。
「私はまた家でイベントの練習でもしているわ」
「はーい」
「剣が必要なら呼びかけてね」
エリアスとの連絡を終えてしばらくすると霞沙羅から連絡が来た。
「札幌駅前にいるんだろ?」
「北口ですよ」
「そっちの方がいい。迎えに行くからついて来い」
「何の役割です?」
「討伐自体は私らがやるから、お前は余計な連中が周囲にいないか注意していればいい」
「来ますかねえ?」
「来なきゃそれでいい」
水瀬カナタ達の仕業であれば、どうにか接触したい。以前に吉祥院が魔力でパワー負けしている相手だからかなりの強敵だけれど、そろそろ何らかの接触を図りたいものだ。
「じゃあバス乗り場付近で待ってます」
待っている間にも状況は変わって、終わったところと次のところが入り交じって、少しずつ現場が移動し始めた。
「大丈夫かな、一ノ瀬さん達」
周囲の人達も、久しぶりにスマホから通知の連絡が頻繁に来ているので、さすがに足を止めて状況が気になり始めている。
地元の人達はともかく、観光客の人達は予定をどうしようかと話しあっている人もいる。
でも全世界がこんな時期にわざわざ観光に来てるんだから覚悟の上だろう、多分。
やがて指揮車である装甲車とトラックの2台の軍用の車両がバス乗り場に入ってきて、霞沙羅が声をかけてきた。
「大佐なのにこの程度で霞沙羅さんまで来るんですか?」
「まあ警戒だよ、連中の。今日はちょっと数が多いからな」
伽里奈も車に乗り込んで、軍の分担となった現場に行くと、警官達が先に到着していて規制線を張っていた。
「こ、これは新城大佐!」
まさか霞沙羅が来るとは思っていなかった現場の警官達が、自分の上司でも何でも無いのに敬礼をしてきた。
鐘の警護の時でも同じ事があったけれど、なんか警察には霞沙羅をリスペクトしている人が多い。
警察でも上の方はどうだか知らないけれど、これのおかげで現場担当達が勝手に部下みたいになってくれるから、話が早くて助かる。
「悪いがこの現場は貰うぞ」
霞沙羅の指示で、ついてきた中尉が現場の情報を貰い、14人の隊員達の武器や攻め方を指示する。
だけど作戦中も規制線の方は警察が維持してくれるようだ。
「それでは大佐、作戦を開始します」
「ああ、気をつけろよ。状況的にまだこの後もあるだろうからな」
「はい」
中尉殿を中心としたメンバー達は、上空からのドローンの支援と、例の伽里奈が作った探知機のコピー品を手に、規制線の中に入っていった。
そして霞沙羅と伽里奈は指揮車の中で、状況の確認と指示をするために残った。
「霞沙羅さんが行ったらすぐ終わりそうですね」
「そう言うなよ。ここは軍隊だぜ」
水瀬カナタ達の警戒の為に霞沙羅が現場に出てきているけれど、本来は余程のことが無い限り大佐が出てくるような事は無い。
でも出てきちゃっているから、駐屯地からの情報も受けなければならないし、その他への指示もある。
ただ、今の所、軍の管轄となっている現場はこの場所だけだ。
「お前の方はどうなんだよ」
伽里奈はというと、紙飛行機を飛ばして周囲を警戒している最中。
それほど強くない魔力で制御されているから、カナタがいたとしても見つかりにくいかもしれない。
紙飛行機は高度を上げ下げしながら、周囲を警戒…、幻想獣は無視して、人の姿を見て回った。
「いないと…、思うんですけどねー」
規制線の外で待機している住民や野次馬を見て、周辺の建物にいる人間も見て回る。
「今回は自然発生だけだろうな」
前回は幻想獣や妙な魔装具をばら撒いていたから見ていたのであって、単に金星の影響で発生しているのなら、実際のところは警戒の必要はないかもしれない。
「横浜の方はどうなんですか?」
「今日も出ているようだが自然発生で、「安らぎの園」もキャメル傭兵団の脱走以降は動きが無いぜ。吉祥院は襲撃に備えて色々やってるそうだがな」
カナタについては警察関係にも声をかけて、情報の収集もしているけれど、何と言っても向こうは姿を誤魔化してくるので、並レベルの魔術師では魔術を破ることは出来ないし、魔術も身につけていない一般警官ではそもそも無理だ。
魔術師でなくても榊クラスの武人であれば、ヒルダに王者の錫杖が効かなかったように、精神系の魔術は突破出来てしまう。
とはいえそんな人間がそうそういるはずは無いので捜査は難航している。
「ボク的にもこれが無意味な行為だとは思いませんけどねー」
「まあお前の女神の為にも今日は付き合ってくれ」
「はーい」
とにかく周囲の警戒をしておくしかない。
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