そのどさくさに紛れよう -1-
あの死霊事件から一週間は伽里奈がモートレルに行くことは無かった。その変わりヒルダとは連絡を取り、町の状況は聞いている。
先日の事件後は外側の町も含めて警戒を強めている。ゴーストの召喚石についても、定期的に魔力感知が出来る人間が町を歩いて確認をしている。伽里奈の助言にも従って、夜はコウモリに気をつけつつ魔力感知を行っているが、この一週間は何も無かった。
「ルーちゃんにもボクのレポートを渡してるよね?」
「ええ。ただ、前例は無かったって事で、誰が糸を引いているのかは解らなかったわ」
王者の錫杖の捜索ついでに、一度だけルビィがモートレルにやって来たので、その時に回収した杖と召喚石とレポートを渡して貰っている。
伽里奈の事については黙って貰って、「冒険者」からの提供としてある。
「結局行方不明の冒険者の残り3人が出てこないのが気がかりだねー」
「そう、ギルドから聞いたのだけど、元々は2組のグループが一つになったようね。両方とも人数が減ったところに出会ったとかで、一緒になったみたいね」
「へー、それってどういう2組だったの?」
「死んだ3人と、行方不明の3人よ」
「なんかあからさまに引っかかるんだけど」
「そう思う? だから他の冒険者からも情報を集めているわ」
6人と同じようにこの町を中心に生活している冒険者もいるから、その中でも交流のあったパーティーに声をかけている。
「仲違いして依頼先で逃げ出したとか? それとも触媒として保管されてるのかなあ。真っ二つに別れるってどんな確率だろ。生き残っているのなら騎士団やギルドに逃げ込んでこないのも変だし」
「町の周辺も探しているのだけれど、目撃情報も遺体も出てこないわね」
「あとさ、王者の錫杖って、多分ヒーちゃんは強すぎて効かないから、今使ってるこれ、持ち歩いておいてね。それで何かあったら連絡してね」
「錫杖の話になるのね?」
「注意はしておいた方がいいね。あの錫杖って解析出来たって話、ルーちゃんからあった?」
「無いわね。この世界では前例の無い、全く解らない術式が刻まれているって聞いたけど、それで研究は止まっているはずよ」
「中身がどういうモノか解れば対策も立てられるんだけどね。解っている効果は推論だけだから」
エリアスから奪った時にルビィと2人で解析を試みたけれどわからず、その後に学院の賢者達に預けても解らなかったという所までしか知らない。あの時は魔女戦争が終わったら見てみようかな、くらいでそこまで執着していなかったから、刻まれた魔術基盤は忘れてしまった。
どういう症状が出るのかは解っているけれど、魔術の構造が解らないので明確に対抗する術が無く、ありきたりな防御の仕方しか無い。
ただ、ひょっとすると、今の自分なら解るかもしれない。この世界で前例が無いのであれば、異世界から持ち込まれた道具の可能性がある。
この3年間でいくつもの世界の魔術に触れているから、伽里奈の知識は増えている。
とはいえ盗まれて、宝物庫にも無いのでは確かめようはないけれど。
* * *
強化された警備にアンナマリーが疲れていると思うので、今日の夕飯はちょっとスタミナ系の料理に変更した。お肉も焼いて、アンナマリーが気に入ったリゾットも作ろう。後はサラダにスープに、もうちょっと増やそうかと考える。
「随分機嫌がいいわね」
「え、ああこの服だし」
学校の学園祭が喫茶店と決まっていて、男子生徒達から「お前はメイドをやらないとダメだ」と言われて、準備としてエプロンドレスを作った。今着ているのはまさにそれ。
冒険者時代にご令嬢のボディーガードをやった事はあるけど、殆どがメイドさんでは無なく。男の使用人として、男性向けのスーツを着た。自分は不満だったけれど、ご令嬢にはとても好評で、依頼が終わった時にここにいてくれと言われた事もある。
「なかなか似合っているわよ」
エリアスは服の出来を確認する。先日から作っていた服がようやく完成したのだ。
「私はこういうの似合わないから」
「そんな事はないと思うよ。ミステリアスなメイドさんが出来上がるんじゃないかなー」
「背が高いじゃない」
「いいじゃん、そんなの」
「だったら作りなさいよ」
「じゃあ作っちゃうよ。清楚なの作っちゃお」
セクシーなのを作ると変なお店みたいになるので、肌の露出から程遠いロングスカートのにしよう。この家に雰囲気に合うような服にしよう。
そんなイチャイチャを無視して、いつもは料理を手伝うシスティーはソファーで黒猫の世話をしながらテレビを見ている。今日はお休みの日だ。
その向かいでは、今日は早めに占いのお店を閉めてきたフィーネが練り物の天ぷらを肴に梅酒を飲んでいる。
何とも平和なやどりぎ館。
ーいつも黒いドレスを着ているけど、フィーネさんには似合わないかなあ。
「小僧、なんぞ言うたか?」
「いえ、特に何も」
さすが神様だ。
* * *
そろそろアンナマリーも帰ってくるという時間になり、食器を出し始めたところに、ヒルダとの通信に使っている道具が呼び出し音を出し始めたので応答すると、クリスタルには焦りの表情のヒルダが映し出された。
「アーちゃん、町の様子がおかしいわ。何かをやられたみたい」
「そうなの? じゃあちょっと見に行くよ」
アーちゃんとか言われてしまったが、幸いヒルダの周りには誰もいないようで安心、という問題ではない。アンナマリーも巻き込まれている可能性がある。
「3人とも、ちょっとモートレルの様子を見に行くね」
「小僧、気をつけるがよい」
「危なかったら回収するから、遠慮なく呼びなさい」
裏門に行く前に、部屋から魔剣とガントレットを持ち出した。ガントレットは霞沙羅から貰った、日本の軍用品を改造して、魔力の楯を生成出来るようにしてある。
「ではでは、っと」
勝手口を開けると、モートレルの町へと続く門になっている。門を出て少し進むと路地から出るのだが、その先に霧が出ている。いや、町が霧に包まれている。
「む、魔術を含んだ霧で充満されてる」
高位の魔術士である伽里奈には効かないが、それでもやや精神に働きかけてくる。これは一般市民ではとても抵抗出来ないほどの魔力だ。
術式の解析を行うと、この世界の魔術ではないことがまず解った。別の世界の魔術を、何らかの方法でこの世界で動くように細工している。術としては人を眠らせ、その間に魔術に刻まれているとある人物と、その血を受け継ぐ一族に服従させようとする、一種の呪いである。
そしてこの術式を以前に見たことを思い出した。そう、これが王者の錫杖だ。
「学院の誰にも解らないわけだ」
やどりぎ館に住んでいる伽里奈にはこの魔術がどこから来たものなのかは解る。だがアリシア一人だけでここまで広がった魔法を無効化出来る状況にはない。
とにかく、自分と同じで強すぎるヒルダには無効だろうけれど、アンナマリーは魔術への抵抗力が低いのでこの魔術に抵抗出来ない。
「アンナマリーが心配だなー」
町に飛び出た伽里奈の目の前には、町の人々が倒れているのが見えた。
歩いていた人、露店を畳もうとしていた人、ヒルダの居屋敷までの道には誰も立って歩いている人はいない。
「死んではいないみたいだけど」
倒れている人達はきちんと呼吸はしていて、ただただ深く眠っている。この強力な魔術を含んだ霧のせいで意識を失っているだけだ。
「町全体が霧で充満しているし、なんか結界が張られてる」
魔力感知をしようにも、霧と結界の二種類しか感じられない。結界はこの霧を逃さないように、城壁に仕掛けられたいくつかの装置で維持されているが、この結界も由来としては王者の錫杖と同じ場所、先代の管理人さんの世界のモノだ。
ーあの世界から来た人が100年前にもいて、今回もってこと?
「とりあえず、ヒーちゃんとアンナマリーを探そう」
この状態だと起きている人間は殆どいないだろう。これを仕掛けている相手がどういうメンバーなのかも、戦力も解らないので、まずは無事な人間だけ回収して、一旦撤退した方がいい。これを仕掛けている側の人間の姿がないのが救いだが、恐らく無差別に広がっている霧の影響をどこかで避けているのだろう。
ヒルダは屋敷にいることは解っているので、まずはそこからあたろう。アンナマリーも仕事終わりだから騎士団の施設内にいるといいのだが。
屋敷まで来ると、門番は倒れているのでそのまま入らせて貰う。正面ドアの鍵も魔法で開け、館の中に入る。
「なんか、室内で魔力が動いてるかなー」
霧と結界のせいで術式の探知がぼけてしまっているが、そこに誰かがいるのだろうから、ヒルダの執務室だろうと思われる場所に向かう。途中で倒れている使用人達は無視だ。
「ヒー、いやいや、誰かいる?」
とノックもせずに執務室の扉を開けると、レイナードが魔装具の楯の防御壁を発動させて、この霧からヒルダ達数名を守っていた。料理の話でもしていたのか、丁度よくアンナマリーもいる。
何の用があって集まっていたのか解らないけれどとても都合がいい。
「だ、誰だっ!」
レイナードが侵入者である伽里奈に声をかける。
「伽里奈ですよー。とりあえず一旦撤退しましょう」
そういえばここは執務室だったなーと、執務用の机を見ると、魔力反応のある鏡が1枚倒れていたので、それを回収した。後で必要になるかもしれない。
「か、伽里奈、どうしてお前が」
メンバーはヒルダとレイナード、オリビアとサーヤとアンナマリー、それと野外演習の時にいた神官のフロイトの6人だ。神聖魔法が使えるオリビアとフロイトはレイナードに楯用の魔力を供給していて、やや消耗している。
「エリアス、ちょっと全員回収出来る?」
「ええ、いいわよ」
すると次の瞬間には、伽里奈を含めた7人はやどりぎ館のロビーに転移された。
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