金星の影響 -6-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
緊急会見は無事に終わり、霞沙羅達は別フロアの会議室にやってきた。その部屋の周辺には警備の為に兵士達が警備している。
「こんな所にも入り込んでいるのか」
将官達も呆れたように、拘束されて椅子に座らされた女性を見下ろした。
女性の経歴は、かつては東京に本社を構え、厄災戦後には埼玉県に本拠地を移転したとあるキー局の人間だ。
在籍する社員とすり替わったわけでは無く、普通に4年前にテレビ局に就職した本物の社員。そんなのが金星の虜であった。
同行していたレポーターはまさかの事態に驚いていたけれど、会社に連絡を取りつつ、別の部屋でとりあえず事情徴集をさせて貰っている。そちらの方は一般の無害な市民のようだとのこと。
「あの場所じゃワタシら3人しか解らないモノを持ってたから、普通なら奇襲成功だったんだろうけど」
吉祥院の手にあるのは例のシール。
この女性のポケットに入っていた。他の凶器についても押収済み。
生放送の場で軍のトップや長官、というか大物政治家を襲うような絵を全国配信すれば、今日の会見の真逆のイメージが広まったはずだ。
「くそっ、どうして!」
「キミに教える必要はないよ」
「あの石は持ってないようだな。幻想獣自体を人工的に生産する事が出来るわけじゃねえから、さすがに数が無いか。ちょっと前に横浜と王都サイアンで使いまくったからな」
札幌での一件もあって、ついに指名手配がかけられたバングルの人間では無い。それとは別の組織の人間だ。
マスコミ関係者が会場入りする前にはきちんと持ち物検査をして、安全を確認した上で建物内に入れているわけだけれど、軍の持っている装備ではヤマノワタイの魔術には反応出来ないので、漏れてしまっていた。
「こうまで広まっているなら私の方で魔術探知機を作るか」
術式は解っているので、現行の機器にちょっと改良を加えるだけでいいので、そう時間はかからない。
実際にこの人間一人が暴れたところで、榊に瞬時に取り押さえられただろう。あのシールを貼ったところで、榊に対抗出来るような人間が出来上がるわけでは無いことは、この前のゴーレム実験で解っている。
無編集の生放送でもあるので、大捕物が行われればそれはそれでいい宣伝になったかもしれないけれど、会談にまで襲撃者がいたことが広まるよりも、何も無く終わった方がいいに決まっている。
ネット上のSNSでも、会見についての上々な評価が飛び交っている事から、あれで正解だったのだろう。
なんであれば、金星の虜であるこの女性を何事も無く取り押さえたことを、別途発表してもいい。
「それにしてもやっと軍に未使用のシールが手に入ったじゃん。道警に渡った分は解りもしないのに、まだこっちに渡してくれないからね」
術式の解析は終わっているけれど、やはり起動前の実物は欲しい。なにせまだ素材が解っていない。
「一つの組織が崩壊したとはいえ、このタイミングで動こうという金星の虜はまだ関東にいるというわけだな。何やら怪しげな事件も起きているようだから、軍としても備えておかなければならんだろう」
「まずはこの女がどこの組織に所属しているかだな」
将官達の言うとおり。それはこの後逮捕に来る警察に任せるのがいい。
「まあそうだね。でもワタシはこういうのは苦手なんだよね」
「とはいえマスコミに紛れてこんな所に侵入させるとか、バングルとは違って相当に慎重で大胆な組織ですね。金星の接近はいつなのか解るから、この時のためにずっと仕込んでいたんでしょうねー」
「キー局とはいえ本社が埼玉ってのも、横浜からワンクッションあって意識的にはちょっと外れるしな」
「? まあそんなもん?」
急に伽里奈と霞沙羅がこの女性が所属する名前もわからない組織を褒め始めた事に吉祥院が首をかしげる。
「今回のトップは中々の切れ者でしょうね。何より根気がいるでしょうから、その辺りは統率や抑制の面で構成員の教育をしっかりしているんでしょう」
「今回のこいつの尋問はなかなか骨が折れるぜ。あの傭兵団は案外ボロボロ漏らしたようだが、それは負けを想定していなかったからだろうさ。だがこいつらはどうかな?」
「?」
「多分横浜に本部があるんでしょうけど、これだけ人や企業がいますから身を隠すにはもってこいですからね」
「いやー、バカなバングルと同じ轍は踏まんだろ。埼玉かそれに近い東京のどこか…、東久留米か国立か、離れた所か…」
何を言ってるんだろう、と口を挟もうとした吉祥院の背中に榊が指で、3人だけが解るサインを行った。
伽里奈が何かをやった、と。
そういえば部屋の明かりがいつの間にかちょっと強めになっている。この部屋の照明にそんな機能は無いのに。しかし微弱な魔力を感じる。
霞沙羅も一緒になってやっているので、何か考えがあるのだろうと、吉祥院はちょっと下がった。
そして言われている方は、あの新城霞沙羅がずれたことを言いながら自分の組織を手強いと言い、持ち上げている。
所属している組織には統一された意思があるけれど、皆それぞれ役割を持って、与えられた分の目的を達成する事を目指している。
たとえ自分一人がダメでも、続く仲間が次の行動を引き継いでくれる。
吉祥院も榊も、英雄と呼ばれながらも捕まえたはずの自分には中々手を出せない模様。
それにその背後には日本軍のトップがいて、こちらも考えあぐねている様子だ。
これのなんと楽しいことか。訳もわからずに捕まった事は悔しいが、ちょっと前には哀れむような目で見ていた英雄達が悩む姿を見るのは気持ちがいい。
まあちょっとくらいいいか。多少ヒントを与えたところでどうせ答えには届かないだろう。リーダーが進めてきたこの計画は予定通りに進んでいる。もう止められない。
ああ、言いたい。何とも気持ちがいい。心が躍る。明かしてしまったらこの大物達はどれだけ悔しく思うだろうか。でも手遅れなのだ。
「あはははは、あの新城霞沙羅がこのザマとはね」
その言葉に、ああ始まったな、もうちょっと付き合うか、と思われたことなど知るよしも無い。
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