金星の影響 -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「道内の方でもちょこちょこあるようだが、まだ警察案件だな」
首都圏の状況を見ながらも地元が気になったので、札幌に連絡を取った霞沙羅だが、向こうも確かに事件が起きているけれど、小規模な事件が2件ほどで、今のところ軍の出番はない規模とのことだった。
「新学期早々、登下校が心配になりますねー」
小樽校について、下宿している生徒の多くは小樽市内に住んでいるけれど、それ以外の下宿を選んだ生徒だったり札幌市民となると普通に鉄道などで通学しているから、何かあれば交通機関が止まってしまう。
「帰れない時は、野外演習場の宿舎を開放するんだぜ。横浜大は何とかなるから無いな」
「横浜大は地下に避難用シェルターがあるのを忘れてはいかんでござるよ」
横浜は小樽とは違って、大学周辺で幻想獣の出現が想定されているので、帰宅難民の心配よりも一時的な避難が想定されている。
「何年か通ったが使ったことねえよ。走って帰れるしな」
そもそも霞沙羅は16才で大学まで卒業しているから、修学期間も短い。話には聞いていたけれど、その存在をすっかり忘れていた。
「本格的な厄災戦は霞沙羅の卒業後でござるから」
地下シェルターは緊急避難所なので、逃げ込んだ生徒達は地べたに座って待機する。当然ベッドなどは無くて、一晩過ごすにしても毛布が配られるのみ。
食料などもカンパンやカップラーメン、フリーズドライ食品などの避難食のような簡単な物が備蓄されている程度。
「小樽校って、案外設備がいいんですね」
「代わりにシェルターはねえぞ」
結局災厄戦では、小樽でも多少は被害は出たけれど、その時の状況からでシェルターは今でも存在しない。
キャメル傭兵団襲撃の時もそういうアナウンスは無かったから、本当に無い。
「土地なら余ってるんだよなあ。そのうちあっちで大きめのダンジョンでも作るか?」
「実験の一環で考えてもいいでござるな」
そして、司令室に来てから一時間が経った。
状況としては新規の幻想獣出現も収まっていて、小康状態になりつつある。
県内では川崎や相模原にまで飛び火はしたけれど、今は警察でも対応出来る程度の発生具合。
「このまま終わると思うか?」
「そうも行かぬようでござるよ」
「行くか?」
霞沙羅達3人が急に立ち上がったから、周囲の人達が思わず見上げた。
何と言っても日本最強の3人が集まっているのだ。どう見ても帰ろうとしているようにも思えない。
「どうした?」
「大佐殿、海から来るでござるよ」
「バカ高い軍艦やら潜水艦を壊されたくはねえだろ」
魔術師であるこの2人だから深い海の中を進んでくる幻想獣の魔力反応を捕らえた。
榊の方は魔力ではなく、多くの幻想獣と対峙してきた剣士の感覚によって、2人と同じような反応を確認している。
そうなってしまうと、例えまだ基地のセンサー類が探知していなくても信じる方がいい。
そう信じさせるに足る実績を3人は持っているのだ。
「行って貰えるか?」
「行ってきてやる」
霞沙羅達は司令室出ていき、大佐は港へ「3人が行くぞ」と連絡をした。
* * *
司令室に座る大佐が、もう一人いたような、と思っている頃には、霞沙羅達4人は軍艦が接岸されている港にやって来ていた。
連絡が来ているから、幻想獣の襲来に備える為に兵士達も装備を調えて出てきていることもあって、彼らは現場に現れた霞沙羅達に敬礼をした。
「お三方がこういった場に揃うのは久しぶりでありますな。同じ場所で戦うことが出来て幸せであります」
階級は中尉な男性が、目をキラキラさせてそんな事を言ってきた。
その後ろに並ぶ部下達は霞沙羅達3人の姿にちょっと緊張気味だ。
彼らは一般的な兵隊ではあるけれど、かつてはこの基地に所属して、この日本だけでなくアジアの危機を救った3人がなぜか揃っている事を喜んでいる。
「この場所じゃどこの命令系統にもいない私らは勝手に戦うから、お前達はこの中尉の元でやってくれよ」
「はっ!」
流石にこの3人について来れる兵隊は横須賀基地といえど多くは無い。
そもそも魔術をガンガン使ったり、高品質な魔装具を駆使するような兵隊はこの中にはいないから、彼らには彼らのやり方で戦って貰うほか無い。
「湾の入り口をウロウロしてますねー。どこから攻めようか考えてるんですかねー」
伽里奈の方は地球版の新型感知器を手にして、テストがてら状況の確認を始めた。
残念ながら海の中には重力波が対応していないので、まだそこそこの深度にいる幻想獣が何なのかは解っていない。
音波発射機能でも追加しようか。アシルステラでも帆船に乗せる事も考えた方がいいだろうし。
ただ、幻想獣の魔力反応は感知出来るから、その動きからすると水中にも適した体型を持っていて、一段階強い5体ほどが成長態が混じっているということは解る。
「結構いますねー」
感知器を使わない伽里奈本人がやった探知でも、他にも幼態が15体程いることが解っている。どれもそこそこ体が大きいと探知出来る。
「関東はこんなモノなんですか?」
「いやー、今回は結構多いぜ」
「まだ金星の接近期間は始まったばかりだが、これか」
「ともかく、ちゃっちゃとやって、金星の接近でも日本は大丈夫だという空気を作るに限るでやんす」
人間の考えというか恐れの思考から生み出されるのが幻想獣なので、吉祥院の言うとおり住民に不安を与えずにさっさと退治してしまうのが最善だ。
そうすれば人は変に恐れを抱かなくなる。今起きているのは、今後の状況を左右するには充分な事件といえる。
「そろそろ呼び寄せるか」
「{飛輪爆礫・雷}」
吉祥院が使用した魔法は本来ば単発の爆発系の魔法だが、湾の上空に出現した赤く光る大きな火球がボロボロと崩れて広範囲に投下されていき、海の中で小規模の爆発を多数引き起こした。
「おいおい、大丈夫か?」
そのせいで湾の海面が荒れて、係留されている軍艦を初めとした船舶達が波を受けて、その船体を揺らした。
敵がこっちにいるぞ、とおびき寄せるための吉祥院なりの適当な魔法だったけれど、爆発を回避しきれずに巻き込まれた幼態が数体、水面に浮かび上がってきた。
海の幻想獣なので、サメのような姿をしている。じきに灰になって海に消えるだろう。
「こっちに来はじめましたよ」
「私らを敵として認識したようだな」
「よしよし、やるか」
霞沙羅と榊はそれぞれの武器を起動する。
「来るでやんすよ」
吉祥院は後ろに声をかけると、先程の兵達も武器を構えた。
魚影のようなモノが霞沙羅達の方へと進んできて、海中から勢いよく飛び出してきた。
「魚介類ばかりだな」
凶悪でゴツゴツしたサメやエビ、鋭いクチバシがついたカメのような幻想獣達が地上に上陸した。
サメたちは港に着地するや、手足を生やして威嚇し始めた。
「どういう発想でこうなるんですかねー?」
巨大なカメの方は立ち上がって、前足に大きな鋭い爪を生やした。
「人間の想像力の豊かさを示すモノとして、怪獣映画ってのがあるでやんすよ」
「サメ映画もB級市場では根強い人気だしな」
「んなことよりさっさとやるぜ」
カメが口からの火炎放射の準備を始めた。
魔力の大きさからこの亀と、中でも体の大きなサメ2体、エビ2体が成長態だろう。
さすがにこの5体は、後方にいる一般の兵隊では倒せない。
「伽里奈は後ろの連中の援護でいい」
軍とは正式に契約している協力者とはいえ、仕事内容は教育・研究補助という事になっているので、霞沙羅はバックアップの指示をすると、伽里奈は大人しく後ろに下がっていった。
「まあこんなだしな」
成長態が5体程度なら伽里奈の力を借りるまでも無い。
「カメは貰うぞ」
カメが火炎放射を始めるのを、吉祥院は杖からの防御壁で防ぐと、榊は一気に踏み込んでいき、光りの刃を伸ばした刀で一刀両断した。
「さっきの腹いせになりゃあいいがな」
霞沙羅も長刀から光りの刀身を伸ばして、エビを一突きしたあと、続けてザクザクと切り刻んだ。
幼態達は秩序も無く、バラバラと基地内に散っていこうとするのを、兵隊達からの銃撃が襲う。
「この場から逃がすな!」
横須賀基地の軍人であれば、一般配属者であろうとも幻想獣との戦闘の経験はあるし、中にはこの関東で厄災戦を戦い抜いた人間もいる。
基地内であり、持っているのは通常の銃火器なので、火力は低いけれど、彼らは異形の集団を前に恐れることなく、戦闘行為を行っていく。
「ボクの出番は無いかなー」
ここは軍の施設。しかも国内でも重要な基地の一つだから配属されている人間の質は高い。恐れることなくさっきの中尉の指示に従い、果敢に幼態達に攻撃を加えている。
だったらわざわざ伽里奈が積極的に援護をしなければならない訳はない。
だいいち、成長態がいようとも、霞沙羅達3人が揃ってしまっているので何も心配いらない。
それよりもまだしばらく続く金星の接近に備えて、多くの兵隊に実戦経験をして貰った方がいいと思う。
なので、伽里奈は戦局を見て、危険な場合のみ、防御系の魔法で援護する事に決めた。
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