それぞれの思惑 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「おーい、折角私らがとっ捕まえたのに、あっさりあいつらを逃がしやがったな!?」
翌朝になって、吉祥院から霞沙羅に一つの連絡があった。
報道としては伏せられているけれど、あきる野の魔術犯罪者専用刑務所からキャメル傭兵団の4人が、何者かの手引きで脱走したそうだ。
モートレル占領事件の、そのちょっと後に起きた小樽大襲撃事件の実行犯。
4人の身柄は警察に渡されて、そこから長い長い取り調べを受けていると霞沙羅は聞いていた。
厄災戦時にはマリネイラ信者を多く収容したので、霞沙羅も知っているけれど、あの刑務所は結構鉄壁。
もう2ヶ月以上もトラブルがあったという話は無いし、順調とは言えないながらも捜査は進んで成果も出ていると聞いていたけれど、昨晩逃げられてしまったらしい。
「あれでも一般的な窃盗犯とは違うから、市民には影響は無いだろうけど、協会じゃ大騒ぎだよ。ウチのオヤジ様や爺ちゃんも対策室に出掛けていったよ」
傭兵団というか魔術師から見れば窃盗団。
一応、逮捕されたことで彼らの素顔も姿もハッキリしたので、指名手配は以前より楽だとは思うけれど、それでも厄介である事は変わらない。
「手口については今から現場検証だよ」
軍とは関係ないので、軍内には広める話では無いけれど、霞沙羅は捕縛をした人物だし、伝えてもいいと協会から言われている。言われなくても吉祥院は伝えるけれど。
「アイザックとかいうのも来てやがるし、面倒なことになったじゃねえか」
「まあこの2件は、同業者同士だし怪しげだよねー。怪我人も出ちゃってるけど、聞き取りとか現場検証待ちだよ。情報が来たらまた連絡するよ」
喋り方から解るとおり、吉祥院は何やら楽しそうだ。
これでセキュリティー関係で口出し出来るぞ、と本人は目論んでいるからだ。
まあとりあえずは現場からの情報待ち。吉祥院との電話は終わった。
「あー、面倒くせえ事しやがって」
「えー、どうしたんです?」
そろそろ訓練の時間なので伽里奈が霞沙羅の執務室にやって来たけれど、このお姉ちゃんはどうにもご機嫌斜め。
霞沙羅はこれを言っていいのか、とちょと悩んだけれど、伽里奈だって事件の関係者なので、吉祥院から伝えられた事件の事を話した。
「折角捕まえたんですけどねー」
正直まだ尋問してたのかという感じだ。
帝国残党はもう処分されたというけれど、それだけ捜索に時間がかかる程の盗みを働いてきたのだろうし、その裏側にいる購入者や依頼人を捕まえるのも目的だから、時間をかけたいのは解るけれど、ちょっと尋問が生ぬるいのだろうか?
「まあ管轄が違うから私らにはなんも出来ん。こっちは予定通りに訓練をするか」
「はーい」
今日のネタはまさにアイザックに端を発したもの。アリシアに大量の小さめなゴーレムを作って貰い、隊員達にはとにかく破壊して貰う。
アイザックの使う代表的な魔術の一つは人形。狙った人間を操る術を使う事もあるけれど、今日のテーマは二つ名になる方。
アイザック自身が見えない位置から、少数から多数の人形を放ってくるのを想定している。
人形を操る技なので、ゴーレムとは関係ないけれど、体験という意味では変わらない。
学校で使っているただウロウロしているだけのゴーレムとは違い、ちゃんと攻撃してくるのが大きな違いで、各々が氷のナイフや棍棒、氷塊等で隊員達を攻撃する。
「霞沙羅さんはこれを見て作成して下さい」
「おう」
霞沙羅の方はこの魔法の練習。やどりぎ館では1体を作る練習はしているけれど、今日は3、4体程度を同時に操れるようにするのが目的。
やはり先日、千歳市の演習所での練習を通して、大佐として部下達の育成を目的として、ゴーレムの作成を覚えようと思たからだ。
現場で使うかどうかは解らないけれど、まずは部下育成の場で、予行練習としては良いと思う。
幻術を使用して、シミュレーション的な育成方法もあるのだけれど、やはり現実の物体をぶつけてやる方が現場でのイメージが湧くし、緊張感もあるから戦い方が体に染みつきやすい。
それに大学での教育カリキュラムにも組み込めるだろう事も期待している。
「じゃあ始めまーす」
雪を使用した、全高30から60センチくらいの様々な大きさのクマのような姿をしたゴーレムを30体作成し、それを放った。
「お、うおおっ!」
「や、やりにくい」
見た目はともかく、とにかくターゲットが小さい。それがちょこまかとやってくる。
模擬弾を装填した銃も、手持ちの武器も、魔法も、ターゲットが思ったよりも小さいので、どう対処すればいいのか解らず、混乱し始めた。
いきなりだけれど意地悪をしてみた。慣れれば範囲型の魔法で吹っ飛ばしたり、頑張って魔術の解除でも行えれば終わるのだけれど、すぐに隊員達の集団にとりつかせたので、それも出来無くなった。
本来は広い場所ではなく家の中や町中のような、行動や視界が制限される場所で効果を発揮するのだから、これが正しい。
ゴーレム達は隊員達の足を叩いたり、顔面に向けて腕を飛ばして来たり、氷を投げつけてきたりと、積極的に攻撃してくる。
「えええっ!」
「ちょっと、これはっ!」
足下で暴れられて、隊員達は慌てふためいて、足をバタバタさせているところを、後ろから大きめのクマが体当たりで押してきて、バランスを崩し、と混乱が広がっていく。
「おい、もうちょっと手加減してやれよ」
「最初はこういうものだって解って貰ってから、次から落ち着いて対処させた方がいいですよ」
「いや、まあそうなんだが」
霞沙羅の方は無事に3体の、なぜかトロールの造形物を作って動かしている最中。
結局、各グループ共に初回は散々にやられた上で、2回戦目からは、伽里奈が秩序だって動かしつつ、どう動けばいいのかレクチャーしながらの訓練になった。
ある程度人数が揃っているのであれば、足下に入られないように注意して、各人がバラバラにならないように移動すること。
「先生はどうです?」
「おう、中々いいんじゃねえか」
4体に増えて、トロール同士で殴り合いが始まっている。これはさすが霞沙羅といったところだ。
人形を使う魔術師はたまにいるから、対抗するために覚えておいても悪くない。こっちは人形を用意しなくても、ゴーレムの素材を変えればどこでも使える。
教えている魔法は作ったゴーレムとのリンクも出来るので、彼らの見ているモノを見ることも出来る。これは慣れないと疲れるけれど、霞沙羅はそれをテキストに書いてあったので、もうやってしまっている。
「いや、このぐらいはな」
大佐として、現場の指揮を執る者として、戦場の把握は当たり前。それの類似技術であれば、霞沙羅にはワケない。
「まあ、問題はあっちだよな」
話題になっているアイザック対策とは言ったけれど、たまにサイズの小さめな幻想獣も出現するから、今日の訓練はいつか現場でも活かせるだろう。とにかく絶対にコレという事は無いから、出来るだけ多くのケースを体験する事が重要だ。
今日の訓練は何度やってもみんな失敗という結果だった。この反省を生かしてまた次の機会を設けたいところである。
「あとは吉祥院からの連絡待ちだな」
「そうですねー」
全てを取り上げられたあの4人が檻の中で練りに練って準備をして、脱走を決行したとは考えにくい。恐らく外からの力が働いたとみていいだろう。となると次なる事件が待っているという事になる。
* * *
今度の場面は川崎の生田地区周辺。
ここは大きなマンションも無く、昔からの戸建て住宅や、近くにある二つの大学に通う学生向けのアパートや下宿があるような丘陵地の一角。
横浜に行くにはちょっと遠くはあるけれど、多摩川が近く、生田緑地の大きな公園に行けば旧二十三区が遠くまで見えるような場所にある、小さな中古のアパートを会社の社員寮として確保しておいた。
外見は古めだけれど、室内は買った時にリフォームしておいたので、中身は結構新築感がある。
勿論使い方は協力者を置いておくこと。
「よし、ここまでは計画通りだ。4人の協力に感謝する」
相変わらず仮面を被っている社長は、アパートの一室で、刑務所から助け出したキャメル傭兵団の4人と対面した。
カナタから貰った幻想獣をあきる野市内で開放し、刑務所の構造を理解したアイザックの操る人形達を案内役として、シールを使用した救出班達の行動で、キャメル傭兵団は救出された。
傭兵団も最初は戸惑っていたけれど、ほぼ同業者であるアイザックが事情を語ると、話には聞いたことがあるその人形を信用して素直についてきた。
「長い間の窮屈な生活の疲れを癒やして欲しいところだが、金星の接近に我々の行動を合わせたい。君達にその後の我々の行動まで手を貸してくれとは言わない。車の中で説明をしたと思うが、横浜大からある宝物を持って来てくれれば、後は自由にするといい」
「恩は返そう。ただ我々は道具を失った。今、使い慣れた全てを手に入れられるとは思わないが、何か用意はあるのか?」
当然、小樽大を襲った時の道具は全て没収され、その時に日本に持ち込んだ予備も全て回収されたと聞いた。世界にいくつかあるアジトも尋問の末、潰された。今は、というか今後しばらくは何も出来無い。
「君達のお眼鏡に適うかは解らないが、我々も金星の虜をやっている関係で、ある程度の装備は持っている。このリストの中に使えるモノがあれば、作戦用に優先的に回そう」
社長は装備品リストをリーダーに渡した。
「それと偽の身分証やスマホ、衣類や前金代わりの生活費を渡しておく。この部屋にある家電やPCは自由に使って貰って構わない。風呂もふやけるほど入って、英気を養って欲しい」
箱根の土産品である温泉の元も用意してある。
「それは助かる。まずは美味いモノでも食って、体力を回復させておくとするか」
「アパートの周辺は学生街だから一流の店は無いが、この辺り出身の社員にある程度の当たりをつけて貰っておいた」
会社帰りのサラリーマンと学生向けの居酒屋や、絶品では無いが量は保証されたラーメン屋、リーズナブルなファミレス、それに探せばなかなかこじゃれた小さなイタリアン料理店等もある。
有名なファストフード店やコンビニもあるし、スーパーもあるので食には困らないし、渡された生活費は前金と言うだけあってそうそうなくなる事は無いだろう。
「世界を股にかけた凄腕のプロなのだから解っているだろうが、この国も海外からの観光客が多い昨今とはいえ、くれぐれも目立つことの無いようにな」
「ああ解っている」
警察は逃げ出した4人を追っているわけだ。久しぶりに狭い牢獄を出た嬉しさを爆発させないようにと言って、社長は帰っていった。
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