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入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -11-

「明日は大丈夫かしら?」


 今日もエリアスは伽里奈の部屋に来ている。アンナマリーの話をしに来ているのだが、そのまま一緒に寝るつもりだ。


「明日は日中の勤務だからね。ゴースト系は出にくい時間帯だから大丈夫でしょ」


 絶対に出ないというわけでは無いが、お昼の時間帯は性能ががた落ちする。


 誰だか知らないけれど、相手もそんな事くらいは解っているから出しては来ないだろう。


 もしくは、もうモートレルでは虎の子のスケルトンが役に立たなかったので、警戒するかもしれないし、ひょっとしたら王都を本番とするべく、移動をしているのかもしれない。


 そのセンに関しては、ヒルダからルビィに連絡を入れているはずだ。


「私の設定は500年前に滅んだ古代神聖王国の巫女という事でいいわね?」

「誰も確認のしようがないしね」


エリアスが言っている古代神聖王国は歴史上には残されている、フラム王国よりも北のやや寒冷な土地にあった、女神エリアスを信仰していた小さな国だ。その国が無くなった事で現在はエリアスを信仰する宗教は無い。


 伽里奈がフラム王国に帰還する際は、眠りについていた神聖王国の巫女という設定にするので、本人が力を行使することになる。巫女となった人間は「エリアス」の名前を名乗っていたという記録もあるので、名前を変更する必要も無い。


 実際はラシーン大陸で力を使う事にはまだ怖さがあるようだけれど、リミッターはかけるそうだ。


「あなたは私の力を使って良いのよ」

「何か超が付くほどの高位の神聖魔法が使えることになりそう」

「あなたなら力の使い方を間違うことはないでしょう。普段は今まで通りオリエンス信徒でいいわ。でもパートナーなんだから、遠慮しちゃダメよ」


エリアスは女神様だけど大事な人だから、アリシアは女神の力を使う事には慣れていない。でも遠慮ばかりしていては、自分を案じてくれているエリアスにも悪いし、ただ大事に思うだけではパートナー失格だ。一緒に歩いて行くと決めたのだから、女神様として頼ることも大切だ。


「風が出ているわね」


 この館自体はいつも建築したままの状態を保っているけれど、モダンな洋館をテーマにデザインされているから、一般住宅に使われているような最新型のサッシは使っておらず、風が吹けば窓はカタカタと小さく揺れてしまう。


 2人してアンナマリーのことが気になりつつも寝ようかとなった時に、管理人呼び出しのチャイムが鳴った。


「アンナマリーね、どうしたのかしら」

「お腹空いた、とかだったらいい傾向なんだけど」

「そうね」


 管理人室のドアを開けるとアンナマリーがぬいぐるみを持ってモジモジと立っていた。


「あ、あのな、風で窓がカタカタ揺れて、気になるんだ」


 それで同居人達を連れてやって来たらしい。


 気弱になっているとはいえ、布団の中にくるまって我慢しないで、自分を頼って来るくらいだから、いい傾向だと思う。


「気持ちが落ち着くまで話でもする?」

「男の部屋に入るのは、その…、だが…、お願いする」


館の裏に生えている木々も風で枝を揺らして、さわさわと音を立て始めたので特に今日は気になるのかもしれない。アンナマリーは恥ずかしそうにしているけれど、今晩は付き合ってあげよう。


「仕方ないわね、今日は貸してあげるわ」


 話を聞いていたエリアスは、このくらいはしてあげてもいいだろう、と自分の部屋に帰っていった。


 戸惑いながらアンナマリーは部屋に入ってくると、伽里奈のベッドに腰を下ろして、連れてきたぬいぐるみを横に寝かせた。


 ーんん? 居座るつもりかなあ。


「この部屋には初めて入るのだが、ぬいぐるみがたくさん積まれているな」

「これは、ボクが暇つぶしに作ってるやつだからね。たまに学校の女子にあげたりするんだ」


 劇場経営を目指していたライアほどではないけれど、伽里奈も裁縫は得意なのだ。冒険中も自分の服を改良したり、メンバーの服の修繕などもやっていた。その腕を鈍らせないためにぬいぐるみを作ることにしている。


「何か欲しいのある?」

「あ、ああ、う…」


 世界が違うのでなんだかよく解らないぬいぐるみもあるのだが、全体的に造形は可愛い。そんなぬいぐるみが大小二十体以上あるのだから、本当に男の部屋かと思ってしまう。


「あの太いのは何かの鳥か、ペアになっているみたいだが」

「ああこれ? ペンギンっていう鳥だよ。誇張したデザインになってるけどね。おデブな鳥で飛べないけど泳ぐのが上手なんだー」


 伽里奈は青とピンクのぬいぐるみをセットで取ってあげた。


「本物はこんな色じゃないんだけどねー。この国だと青がオスでピンクがメスっていうイメージがあってね、それに倣って作ったんだ」

「な、何だこれは」


 と言いながらもアンナマリーは両方を手に持って頬ずりしている。ふさふさの生地を使っているし、おデブでちょっとモチモチしているから、アンナマリーが手にしたことのない感触のぬいぐるみだった。


「あそこに埋まるのは可哀想だから貰っておいてやる」

「本物が見れる施設がこの町にあるから、アンナマリーの生活が落ち着いたら見に行こうねー」

「あ、ああ、そうだな」

「でも大夫よくなったね」


この部屋まで歩いてきたし、外の音が気になって伽里奈の所にやって来ながらも、ベッドに座って落ち着いた様子でぬいぐるみを気にしているくらいだから、もう大丈夫そうだ。


「あ、あのな、今だけはアンナでいい。今日は折角色々と気を使ってくれたんだし、話がしづらいだろうし」

「はーい、アンナ。じゃあアンナ、何か相談でもあったりする? もうちょっとぬいぐるみが欲しいとか」

「い、いや、とりあえずこのペンギンだけでいい。今日は一緒に寝させて貰うぞ」


 本当はあと何個か貰ってもいいかなと思うけれど、この部屋にぬいぐるみが沢山ある事が解っただけで今日はいい。それよりも今は聞く事がある。


「私にも浄化魔法は使えるのか?」

「急に話が飛ぶねえ。でも前向きになったって事なのかな?」


 朝から一日かけて怖かったという感情を吐き出して、次のステップに向かおうとしているようだ。騎士見習いとして何をするべきか、彼女なりに考え始めたのだ。そうであれば、伽里奈も真面目に答えてあげたい。


「それは急ぎの話? それとも新たな目標ってこと?」


 ただ、いい加減な答えはしたくない。


「急ぎというのは無理だろう。今後の方針だ」

「単体向けになるけど、浄化魔法は神聖魔法の基礎の部分だよ。ただとりあえずは、回復が先だね。神官の役目としてはまず、人を救うことだからね。アンナの宗派は戦神だけど、それはどの宗派も変わらないよ」

「もう少し先になるのか?」


 アンナマリーはまだ回復魔法を使えるようにしている段階だ。一応発動はするが、今はまだ指先をちょっと切った程度のケガにしか対応出来ないくらい弱々しい。


「神官にも悪を成敗する役目はあるけど、基本的には人を救うことが入り口だからね。聖職者であれ、信仰心の強い剣士であれ、人を死から遠ざけるところから始まるの。治癒魔法、状態回復魔法で生きている人を救ってから、神の使徒として、死しても迷う人の魂を救うの順番。戦神さんなら尚更だねー」

「ギャバン様は戦いの神なのにか?」

「戦って死んだ者の魂に慈愛をもって、平穏な安らぎの地に送り届けるのも戦神さんの使徒の役目だよ。その為にまずは人への愛を知るの。その愛で魂を送るんだ。そういう順番」

「むう、なかなか難しい話だな」

「悪い人もいるかもしれないけどねー。安らぎを知って悔い改めよって、そういう考えもあるんだよ。愛を思い知れって感じ」

「お前詳しいな」

「それが浄化魔法の根っこだよ。神様に愛の奇跡を借りるために、愛を知る心をもって願うの」

「愛、愛かあ」


 あんなスケルトンの姿を見て愛の感情なんか持てるのだろうか。怖いというのもあるし、いつまでもこの世に彷徨われても迷惑だ。さっさと追っ払ってやるのが順当ではないのだろうか。


「そういえば」


 愛と言われてアンナマリーは思い出した。自分は大規模な浄化魔法を見たのだ。


「昨晩に私は変な冒険者に助けられたんだ。そいつは浄化をする時に、可哀想とかもう休めとか言ってたな」

「そんなの覚えてるんだねー。でもまあそういう話。もういいじゃないって相手を思いやる気持ち、慈悲の心ってヤツ」


 あんな状況でも自分の事を見ていたのかとちょっと感心してしまった。


「いざ目の前にして冷静に祈るなんて難しいけど、騎士として教団の教義にどう向かい合うか考えるといいよ。身近な家族がどういう考えだったかとかね」


 この国の将軍の一人である父親は人々から尊敬を集める立派な騎士だ。祖父も元将軍で、騎士の家の人間として厳しく育てられたが、人生の体験談を聞かせて貰うのが好きだった。


 アリシアのような大冒険をしたわけでは無く、王都を軸にフラム王国を守っている人生だが、数々の戦いをくぐり抜け来た人だからこそ、家族として尊敬している人だ。


 その父も敬虔なギャバン教徒であり、その教義を旨として生きている、とても高潔な人だ。


「解った」


家から離れている今だからこそ、父が何を教えてくれたのか、思い出してみたい、そう思う。


「そろそろ寝れそう?」

「同居人も増えたし、だがまだ眠くない」


 口調も明るくなってきたので、恐怖心はもうどこかに行ってしまったようだ。


「じゃあさ、アンナが知ってるアリシアさんの事でも教えてー。随分立派なお父さんがいるのに、なんで冒険者なんかに憧れてるのさ」

「そりゃあ強いからだ。お父様も強いがそういうのでは無く、6人で悪をバッタバッタとなぎ倒すだけでなくー」


 それから30分ほどアリシアの話を、冒険譚からの抜粋も含めて熱く話をしてくれたが、いつの間にか電池が切れたように寝てしまった。


「ボクのベッドで寝ちゃったよ」


 ペンギンのぬいぐるみを抱きしめて寝てしまった。


 今から部屋に運んで起こしてしまったら、折角スッキリとした気持ちで寝始めたので可哀想だ。


 仕方ないのでアンナマリーはこのままベッドで寝かせて、自分は寝袋を出して床で寝る事にした。


 ーボクの実家に泊まったとか言ってたけど、現役でアリシアが使ってるベッドに寝たとか、毎日食事を作って貰ってるとか、直接魔法を教えて貰ってるとか、そういうのが解ったらどうなるんだろ。


 それももう遠くないだろう。その時、アンナマリーは自分のことをどう思うのだろうか。ここを出て行ってしまうのだろうか。


「あーあ、もう寝よ」


 部屋の明かりを消して、床にごろんと寝る。アンナマリーはもう大丈夫だろう。

読んで頂きありがとうございます。

評価とか感想とかいただけましたら、私はもっと頑張れますので

よろしくお願いします。

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