入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -10-
ヒルダとの話が終わって、伽里奈はアンナマリーの様子を見に行くことにした。朝も昼も何も食べていないので、多少胃に入れられるようにとリンゴを切って持っていった。
ただ、ドアをノックしても反応がない。
「アンナマリー、大丈夫?」
耳を澄まして中の音を聴くと、シーツが擦れる音がしたのでもう一度声を掛ける。
「入っていい?」
「あ、ああ…」
弱々しい声だったが、拒否はしていないのでドアを開けて、アンナマリーの部屋に入っていく。
ベッドではクマのぬいぐるみを抱きしめて、布団にくるまっていた。朝に寝かせた時に置いていった水は少し減っていたので、時々目を覚ましてはいたのだろう。
「リンゴ持ってきたけど、ちょっとくらい食べておく?」
「いい…」
ずいぶんと憔悴している。
寝返りをうつように、アンナマリーはベッド横に座った伽里奈の方を向いた。
泣いていたみたいで、ぬいぐるみがちょっと濡れていた。
ークマ君、今日はよろしく頼むよ。
リンゴを乗せたお皿はとりあえず机に置いた。食べるかどうかは解らないけれど、出る時にはここに置いていこう。伽里奈がいるから食べないのかもしれない。
「酷い目にあったね。ここは小樽でモートレルじゃないから安心してね」
騎士になる、といっても剣を向ける相手は何も生命体だけではない。やっぱり生命体でもないボロボロのスケルトンが暗闇から出てくれば驚くだろう。しかも数十体と、新人が相手にする数ではない。
お嬢様出身で、確かに覚悟は足りなかったかもしれないけれど、それでもちょっとインパクトが大きすぎだ。
「こ、怖かった…」
弱々しく、震えるような声でアンナマリーは吐露してきた。
「感情は吐き出した方がいいよ。ここには騎士団の人はいないから、気にしなくていいよ。騎士団に迎えに行った時に見たけど、やっぱり若い人の多くは口にしないけど、参ってたよ。怖かったのなら仕方がないね」
フラム王国にいる魔法使いの中でも上位に位置する伽里奈には対象が生きていようが死んでいようと、そんな事はどうでもいいという考えを持てるが、普通の人なら死者と出会ったり戦うとなれば恐怖を感じて当たり前だ。
伽里奈の言葉を聞いて、アンナマリーは静かに泣き始めた。今日はどれほど泣いたのか解らないけれど、泣いて感情を出し切った方がいい。
「この家の人は誰も笑ってなんかいないよ。だからいっぱい泣いていいよ。でもアンナは騎士をやめるとは言っていない。なら大丈夫だよ。キャンプだって乗り越えた。怖いことがあったのなら、何が怖いのかを理解して、どうやって立ち向かうのか、考えればいいよ。次はもう怖くない。やり方さえ身につければ倒せない相手じゃないんだから」
アンナマリーを直接触ると嫌がられそうなので、布団の上からポンポンと触れる。
「ボクがいると泣けないから、今はもう部屋から出るよ。リンゴは置いていくから気が向いたら食べてね」
アンナマリーは一つ頷いた。
「じゃあね。また後で来るから」
部屋を出たところにはエリアスとフィーネが立っていた。2人ともアンナマリーを心配しているようだ。
「大丈夫でしょ。職場放棄して逃げ出したわけじゃないんだから。今はただ1人で思いっきり泣かせてあげよう。怖かったし、そんな自分が悔しいんだろうね」
「異郷にはあまり干渉せぬのが流儀であるが、サポートくらいはしてやってもよいぞ。なにせお隣さんじゃからな」
「ありがとうございます」
「あの時のような力を出すことはないけれど、あなたと同じように、ここの管理人としてあの子くらいなら守るわよ」
「うん、ありがとう」
エリアスもアンナマリーのためにアシルステラの世界に干渉を始めるている。今度は女神として、ラシーン大陸に住む人を救って欲しい。
「ボクもヒルダに正体をバラしてきたし、管理人をやめる気はないけど、アンナマリーの手助けの為に王国に顔を出す準備をしようかなー」
「お主にやめられては困るぞ。我の平穏で怠惰な生活の為にもな」
「上手く両立させますよ。だからちょっと協力をお願いします」
* * *
夜になって再びアンナマリーの様子を見に行くと、相変わらずベッドに寝ていたけれど、今度はオコジョのぬいぐるみをナデナデしていて、クマのぬいぐるみは脇に避けてあった。
「ちょっと涙で濡らしすぎてしまった」
その口調は多少持ち直したようだった。
「何か口に入れる? コーンスープとかなら負担がかからなそうだけど」
机の上に置いたリンゴを見ると、半分くらいの量が無くなっていた。一応何かを口にするくらいの気力は戻っているようだ。
「あの黄色いスープか? 一杯くらいなら」
コーンポタージュスープはアンナマリーが来てから何回か作っているけれど、「コーンがこんなに美味しいのか」と気に入っている。コーンはあんまり貴族の食卓に出る食べ物じゃないけれど、あれは家に持ち帰りたいといっていた。
希望通りに一杯持っていったら、あっさりと飲み干してしまい、余っていたリンゴも食べてしまった。ただ今日はここまででいいようだ。けれど食べ物が喉を通るようであれば大夫落ち着いた証拠だ。
「今日はこいつに頼りきりだったな。しばらくゆっくりさせてやろう」
それでもクマのぬいぐるみは枕元に座っている。あの時ぬいぐるみをあげておいてよかった。
「お風呂は入れる? ダメならお湯で濡らしたタオルで体くらいは拭いた方がいいよ。それだけでも気持ちがリフレッシュ出来るから」
「まさかお前が拭くつもりじゃないだろうな?」
「服を着ている女性の手足くらいは拭いたことあるけど、アンナマリーが一人でやるか、エリアスにサポートして貰うんだよ」
「わ、解っている。じゃあタオルを持ってこい」
旅の途中で最初の頃は、特にヒルダちょっとでもは体が汚れているのを嫌がる傾向にあったから、お湯で絞ったタオルで女性メンバーを拭くこととはあった。後にお湯をシャワー状にする魔法を編み出したので、目隠しされながらもちょっとした湯浴みをさせてあげていた。勿論男のハルキスだって荒々しくシャワーを喜んでいたのは言うまでも無い。
残念ながらシャワーの魔法もどうやら広まっていないみたいだけど、こっちの世界ではミストサウナにまで発展させたので、それは軍隊に広まっている。どうしてもお風呂が設置出来ない状況も想定されるので、霞沙羅も喜んで習得していた。
アンナマリーも、昨晩かいたであろう嫌な汗もそのままだろうし、寝汗もある。体を綺麗にするというのは、気分を直すには最適な行為だ。
そしてタオルを持ってきて、アンナマリーは一人で体を拭いた。
「明日のことは明日決めよう。無理そうならボクが連絡に行くから、何も考えずにゆっくりしていればいいよ」
体を拭いたタオルを回収して去り際に言っておく。汗をかいた体を拭いてちょっとさっぱりした表情になっているし、一晩眠れば大夫落ち着きそうだけれど、明日の事を気にしないように心に余裕を持たせておく方がいい。
「うん、そうする」
オコジョのぬいぐるみを自分の横に寝かせるようにしながら、ちょっと口調が違うアンナマリーになっている。いつもは気が張っていて口調がキツイのだけれど、今は地が出ているようで、年相応の女の子のようにぬいぐるみを愛おしそうに見ている。
「じゃあお休み。何かあったら遠慮なく管理人室で呼び出してね。ちょっとお腹空いたとかでもいいから」
「はい」
アンナマリーからの素直な返事を聞いて、伽里奈は部屋を出た。
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