お祝いとさよならと-1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「この館はあり得ないことばかりで、とてもいい時間を過ごせたと思います」
ユウトがやどりぎ館に入居した時の管理人がモガミさんだったので、お互いに戦闘スタイルが素手の拳法だったこともあって、軽い運動がてら霞沙羅の家の空いている場所を借りて、頻繁に組み手をしたり、一時期は素手での戦いを学びたい榊もよく来ていた。
今は退居してしまった他の住民もいたし、もちろん伽里奈も霞沙羅もいたので、色んなジャンルの鍛錬相手には事欠かなかった。
ユウトは魔術は全く使えないけれど、吉祥院もいるので対魔術の勉強も出来たりと、とても充実した毎日を過ごしていた。
故郷の世界には無い良い食事、筋トレ用の機器、ジム、そういったモノもフル活用した。
それもあって、今回の大会は優勝をもぎ取って帰ってきた。
「ということは?」
「そのまま国への士官も決まったので、退居することになるかな」
「まあ仕方がないが何よりもめでたい。折角優勝という夢を掴んだのじゃ、関わった者全てに胸を張って自分の居場所に帰るがよい」
このユウト、既婚者で自分の世界では奥さんがちゃんといる。
長いこと奥さんの実家である道場とやどりぎ館を往復しながら過ごすという生活をしていた。
やはり何と言ってもやどりぎ館関係者が強すぎたので、刺激的な日々だった。優勝を目指すための修行としてここに住んで良かったと思っている。
「先日、榊も入って賑やかになったかと思うたが…、しかしこれは良い話じゃ」
「榊君が入居したんですか?」
「霞沙羅さんが、ボクの世界に強いのがいるよと誘ったんです。どうしても物足りないらしいんですよね」
「そうか、伽里奈君も自分の世界に戻れるようになったんだな」
「大きな事件がありましてねー」
モートレル占領事件の事を話すと安心したように笑った。
大会のためにいなくなる前に、同じ世界のアンナマリーに事情を隠していたので、それが解決した事を聞いて、ユウトも伽里奈が故郷に帰ることが出来たことを喜んだ。
やっぱり自分の世界と分断されているのは良くない。
「伽里奈君の仲間も榊君と同じく英雄だしな。それは確かに強そうだな」
「ボクの仲間の方も榊さんを気に入っちゃって」
「ところでアンナマリー君はネコが苦手じゃなかったか?」
以前はアマツを避けながらやどりぎ館を歩いていたアンナマリーが、今は嬉々として子ネコとを遊んでいる姿は、ちょっとしたカルチャーショックだ。
「子ネコはよいそうじゃぞ。多少ひっかかれてもあまり痛くはないし、悪気も無いからのう」
「玩具で遊んであげたりはするんですけど、まだアマツを触るのは無理なんですよ」
「まあ改善の兆しがあるというわけだな」
「それでお主は今日はどうするつもりなのじゃ?」
「まず一晩泊まろうかと思います。色々と話もしたいですし、これから少しずつ部屋の物を持って帰るので、その準備をしようかと」
実際に王宮に入るまではまだ時間があるそうなので、戦いで疲れた体を癒やすために、もう少しやどりぎ館にもいるそうだ。
何といっても深夜以外は温泉が入り放題なので、最後までやどりぎ館の設備を堪能するのだ。
「伽里奈君の料理も久しぶりに楽しみたいしね」
「よし、では良い酒を出すとしようではないか」
ユウトはじきに出ていくことにはなってしまったけれど、やどりぎ館はまた一人の目標を果たす働きをしたわけで、運営側であるフィーネは上機嫌だった。
* * *
話の後、ユウトは早速温泉にゆっくりとつかり、夕飯頃には霞沙羅と榊も仕事から帰ってきて、再会と優勝の報告を聞いて喜んでいた。
そして久しぶりに同じ食卓を囲んでの夕食となった。
フィーネは自室のワインセラーからビンテージの赤ワインを一つ持ってきて、とりあえずの乾杯となった。
「祝勝会をやらないとな」
「十勝産ワインを山ほど買うてきてやらねばな。希望の銘柄があれば聞こうではないか」
「横須賀の基地の近くには葉山牛を扱っている肉屋が幾つかあるので買ってきましょう」
理由を作って酒を飲みたい3人が祝勝会の予定を立て始めた。でもそれくらいの嬉しい状況だ。
それに館を出て行ってしまうまでにはそこまで余裕は無いわけで、伽里奈的にも早めに派手にやりたい。
「榊さんが言ってる葉山牛って何?」
シャーロットが訊いてきた。
「神奈川の三浦半島で畜産されてる高級ブランド和牛の一つだよ。ブランド品といえば、前に神戸牛を食べたでしょ?」
「ぶ、ブランド和牛…」
「小娘よ、お主の合格を後押しする意味も含めて我も金を出してやろうではないか」
「そのお肉って、いくらくらいのお値段なの?」
「子供はそういうのは気にせずに食すがよい」
「あははは、まあそうだねー」
牛肉をどう食べるのかはまた今度決めるとして、葉山牛を準備してもらうことは決まった。
純粋に楽しむならステーキか焼き肉。時間をかけて楽しむならしゃぶしゃぶかすき焼きかなと思う。何と食べるかは真の主役であるユウトに決めて貰うのがいいかもしれない。
「純凪さん達には連絡をしておくわね」
管理人としては純凪さん時代の方が長いし、戦闘スタイルからユウトはモガミに世話になっているので祝勝会に呼んだ方がいいだろう。
祝勝会の予定については、後でメッセージを送っておくことにするけれど、まずはエリアスから結果だけは伝えておいて貰おう。
「純凪さん達はあれからどうしているんだい?」
「ヤマノワタイに帰ってからはしばらく来てはいなかったのじゃが、聖誕祭に3人で泊まりに来たぞい。仕事としては、2人揃って後進のために政府機関に復帰し、そこで教官をしておる」
「そういえばもう前線には出ないと言っていましたしね」
「連絡待ちだがまた来るぜ。ちょっと私らの方で事件があってな、それで使われた魔工具の解明に強力して貰う事になっている」
「そうなのか。だったらそこで結果報告が出来そうだな」
管理人時代にはとても世話になったのだから、その結果どうなったのかとか、そういうのも含めて改めてお礼がしたい。
退居した後でもやどりぎ館には来れないことはないけれど、お互いにそれぞれの世界に帰ってしまうので、今後は会う機会はもう無いと考えてもいいだろう。
事件がどうとか霞沙羅は言っているけれど、不謹慎ながら運が良かった。
「来る日が決まったら教えるよ」
「助かるよ」
仕事の隙間に来て貰う事になるので、時間はそう長くは取れないだろうけれど、ひとまず会えるだけでもいい。
「もし鍛錬の相手が必要なら、館にいる間は声をかけてくれると嬉しい。大会で優勝したからといって、これで終わるわけじゃないからね。拳士はずっと精進の日々だ」
伽里奈も霞沙羅も榊も、3人とも武器を使っての戦闘スタイルなので、素手専門の人間がいる間に少しでも経験を積んでおきたい。
「あ、あの、私も最近『気』というやつの練習を始めてまして…」
「ユウトさんの方が専門だからね、今のうちにコツとか良い鍛錬方法とか聞いておいた方がいいかもねー」
まだ初歩の初歩しかやっていないけれど、アンナマリー的には本当に習得するのであれば、専門家に話しを聞いておいたほうがいいと思う。
伽里奈がダメというわけではない。けれどここはユウトに頼る方がいい。
「いない間にもアンナマリー君は色々とやるようになったんだね。あまり時間は残ってないかもしれないが、遠慮しなくていいよ」
「はい、お願いします」
ユウトとしても士官するとはいっても、今後は人材の育成も視野に入れておかないといけない。それであればここで今一度、人に教えるという事を学んでおいて損は無い。
退居まで時間が無いとは言いつつも、そこまで急にいなくなるわけでも無いから、それぞれ、今出来ることをしていく事に決めた。
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