入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -9-
翌朝は憔悴したアンナマリーを迎えに行く羽目になった。
魔女戦争を現役で乗り越えた隊長のオリビアはそれなりにメンタルを保っていたけれど、戦いの経験自体が少ないアンナマリーと、まだ若いサーヤは騎士団に撤退した後はずっと具合が悪かったようで、早速ヒルダに渡した通信用クリスタルで呼び出しをくらってしまった。
仕方が無いので背中に背負って下宿に運びこんだが、アンナマリーは食事も取らずに自室に籠もってしまった。
「相当酷い目にあったようだな」
アンナマリーの服の方は、霞沙羅とエリアスに頼んでパジャマに着替えさせて貰った。
その後に一言も言わずに布団にくるまってしまったそうだ。
「暗い中で何十体っていうスケルトンに囲まれちゃったから、怖かったんだろうねー」
「私らの軍でもよくある話だ。調子に乗って前に出て、敵に囲まれて死にそうになったとかな。あいつは経験が浅いからな」
「ふーむ、立ち直れるかのう。あのような口ぶりで自分を鼓舞しておるようじゃが、貴族のお嬢であるしな」
「あとでそれとなく様子を見に行くよ。今はゆっくり部屋で休ませておきたいと思います」
ここはモートレルじゃないと言い聞かせたから、館にいれば死霊に会うことはないと安心は出来しているだろう。あとはどう気持ちを落ち着かせていくかだ。騎士になるというのであれば、このくらいは乗り越えていかないとダメだ。
* * *
アンナマリーはゆっくりと休ませておき、伽里奈は日常的な館の清掃を行い、入居者達と昼食を終え、仕事が着いたところで、ヒルダに連絡を取った。
「ヒーちゃん、そっちは一先ず落ち着いた?」
「街の警護はいつもより厳重に指示をして、アーちゃんのレポートは分校の方に渡して検証して貰っているわ」
モートレルには魔法学院の分校があるのだが、王都の本校に比べて教員の質は落ちる。けれどこの町の重要なブレインだし、日々騎士団に協力してくれている。
今回は魔術士の一種である死霊使いが関わっているのは確実なので、神官ではなく専門家である魔術士に依頼した。
「さてと、本当に夢の中でギャバン様が説明をくれたわ。アーちゃんはギリギリの所で世界を維持したのね」
ヒルダの方のクリスタルの映像に、チラリと銀髪の少女が写る。
「側にいるのが魔女だった女神?」
「そうだよ」
なかなか複雑な気持ちはするけれど、相手は神だ。ヒルダの家族はあの戦争で命を奪われはしなかったが、領民や配下の騎士達には少なからず被害は出ている。
だが神の考えなど人間が口出し出来る物ではない。それに人間が大陸の平和を乱していたことは事実だ。アリシアから言われたとおり、夢の中でギャバン神を中心とした神々から直接話は聞いてしまっやので。神の怒りを買ったのだと今は納得するしか無い。
「世界の禁忌に触れてしまったようね」
「ギャバンさんに言われたと思うけど、この話は誰にも話すことも記録に残すことも出来ないよ。知ることが出来るのはボク達6人だけ。神様が決めたルールだから」
「わかったわ」
とんでもなく重たい事実を知って、昨晩の大騒動など吹っ飛んでしまいそうだ。
エリアスはもう一度だけヒルダの前に姿を見せると、伽里奈の部屋から出て行った。
「まず9番の依頼についてだけど、依頼をしたのはモートレルに住んでいる商人だったわ。家に行かせたんだけど、中では商人と秘書の男性が死んでいたわ。同行した神官の見立てではかなり前に死んでいるようで、9番の依頼はその後に出ているみたい。ただ、周辺の住民はその間も時々秘書の姿を見ているし、ギルドに冒険者6人を迎えに来たのも秘書だから、死体を操られていたのしょうね」
「だろうね。違和感なく町を歩けるって事は専門の死霊使いがちゃんと維持してたんだねえ。で、パーティーは6人で、その内3人がスケルトンの触媒にされちゃってるから、残り3人って事になるんだけど、残りの3人は?」
「家には遺体が2つだけだそうよ。冒険者は依頼を受けてからギルドにも姿を見せていないし、定宿から出て行った所も見られているし、まだスケルトン作成用に残されているのかもしれないわ」
「他に手がかりは無いんだ。ギルドの支局長さんがしばらくこの町を拠点にしてたって言ってたよ。実際はどんなメンバーだったんだろ」
「アーちゃんは冒険者ギルドで何をしてたの?」
「アンナマリーの邪魔になりそうな事件が無いかどうか見てたんだよ。古戦場のゴーストの件と関係は無いのかなあ。そうそう、スケルトンなんだけど、帝国の鎧を着てたから、材料の一部を元帝国領地から持ってきたのか、例の戦場跡から盗ってきたのかなあ。ところで帝国領ってどうなったの?」
「魔女戦争が終わって、関係国で調整して100年前の状態に戻っているわ。今は王族の直轄地として復興中よ」
「分ける時喧嘩しなかったんだね」
「どこもかしこも復興でそれどころじゃなかったし、そもそも対帝国で同盟を結んでいたから、比較的素直に終わったわ」
「それはよかった」
エリアスが満遍なく、大陸にある国に対して攻撃をしていたので、しばらくは国家同士の戦争が出来ないほどの疲弊をしていたということと、素早く領地を確保しないと帝国の残党が再結集してしまう恐れもあったので、元の通りに、で合意が行われた。
元帝国領を囲っていたのは四カ国で、100年前でもそれほど仲が悪いわけでも無かったのも大きかった。当時の地図を元に分配されて揉め事も無く終わった。
「この3年間で、帝国の残党が発端っていう事件はあったの?」
帝国の中心部分である帝都は本当に一瞬で焼け野原にしたので、中心となる皇帝一族は逃がしていないとエリアスは言っていた。
その他の主要な町は数日ほどで全て陥落し、指導者を失った帝国兵達は為す術無く蹂躙されたけれど、皇帝一族のために搾取されていた辺境の農民達はここぞとばかりに逃げ出して、周辺国で難民になった事は覚えている。
「残党による事件は、国王領では小さなのがあったとは聞いているけれど、人数が少なすぎて、大きな騒動にはなっていないわ」
「うーん、だからといってそのセンが無いとは言えないねー。とりあえず町に入ってくる人達には気をつけた方がいいかも。王者の錫杖も、関係者の手に渡ってるかもしれないし」
「そうね、分校の人にも頼んで、旅人が出入りする際に持ち物確認をさせた方がいいわね。王都の方も人の出入りに規制を掛けているみたいだし」
「狙うなら王都だと思うけどなー」
王都にある魔法学院にはルビィを含めた上位魔導士と、数人の賢者と呼ばれる最高位魔術士がいるし、有能な神官も多い。近衛兵団にも魔法に明るい人員も揃い、国の中心だけあってガードは堅い。
「なんで盗んだ時にすぐ使わなかったんだろ」
「この国が目的じゃないとか?」
「事を進めるには準備不足だったのかなあ」
帝国は初代皇帝となる男が、王者の錫杖を使って一夜にして、そこにあった領地を帝都にしてしまったわけで、準備不足も何も無く、いきなり王都で使えば学院の実力者達は無理でも、周辺の町ごと占領出来る程の力がある。
宝物庫にばれることもなく入れたほどの人間であれば、それも考えるのだろうけれど、なぜ盗んでいっただけなのかが気になる。
「まあ注意してね。あと、何かあったらボクを呼んでね」
「ええ、頼りにしているわよ、元リーダー」
剣の腕は自分に劣るし、魔術の腕はルビィには劣るけれど、その両方が高いレベルで両立していて、王から魔法騎士と呼ばれた人物が、今のこのモートレルで役に立たないはずがない。
しかもこの3年でルビィが驚いたほどの技術を身につけているようなので、大いに期待出来る。
「ところでこの前の食事会の料理なんだけど、頑張ってくれたのね」
「あーあれ、あれはボクのお詫び。美味しかったでしょ。この事件が終わったらそっちの世界に色々持っていくからねー」
「楽しみにしているわ」
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