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場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
翌日はジェラルド将軍がお隣の領主に会う為に飛行船で飛んでいってしまうので、アリシアは温蔵庫と、あれから少し改良した調理盤を持って、2時間ほどの空路に同乗させて貰うことにした。
お昼過ぎに出発して、まだまだ全然明るい時間には目的の町に到着出来るので、やどりぎ館の夕飯の準備には間に合う。
と言っても、今日はシスティーが新作のスープカレーを食べて貰いたいと言って、朝から張り切って作っているので、アリシアの仕事は無い。
それもあってヒルダの屋敷で、飛行中の軽食となるいくつかのサンドを作り、お茶の準備もして、飛行船に乗り込んでいった。
ただ今回の飛行中にある場所の上空を飛んで欲しいとお願いがされている。
先日冒険者ギルドに掲示してあった9番依頼は気味悪がられてしまい、結局あれから誰も触ること無いまま放置されている。
これではお隣の領主も安心出来ないので、その対策として上空から山周辺を観察する事になった。
ちょっと狡いけれど、ラシーン大陸の事を良く知っているエリアスもついてきてくれた。
「果たして何が棲んでいるやら」
エリアスの実力はちょっと解らないけれど、賢者ルーシーもいるし、高位の魔術師であり剣士でもある、元冒険者のアリシアがついてきてくれたので、ジェラルド将軍も安心していた。
アリシアとしても、パスカールの領地ではないにせよ、すぐ近くなので気になっている。何か妙なのが棲んでいると、アンナマリーの生活に影響が出かねないので、調査はしておいたほうがいい。
「ではよろしく頼むぞ」
アリシア達を乗せた飛行船はゆっくりとモートレルの町を離陸していった。
* * *
キャビンにある台所設置予定部屋には、前回は無かった長机が置いてあったので、温蔵庫と調理盤を置かせて貰った。
防火用に床と壁と天井にタイルを貼ると言っていたけれど、それはまだやっていないようで、今の所まだ何も進んでいない様子。
「それって結局どの程度のことが出来るの?」
「今はやかんでお湯が沸かせるくらいに抑えてあるけど、目玉焼きくらいならちょっと時間がかかるけど焼けるかなあ」
これでも少し温度は上げた。素材も改良したけれど、それでも裏側が熱くなるのが気になる。
「あなた達の旅の途中で考えつきそうなモノだけれど」
「良くも悪くも、ボクもこっちの世界の魔術師だったって事だよー。なんで思いつかなかったんだろ」
ハルキスの愛用の魔剣は、魔女戦争時に見つけたモノだと言っても、あれを料理に使用するとか考えることも無かった。
肉を焼くには火力が大きいのもあるけれど、ちょっと弱くすれば使えただろうに。
「霞沙羅さんに会うまでは、魔工具とかそんなに考えてなかったしねー」
「本当に良い環境の所にたどり着いたのね」
「そうだねー。この3年くらいは戦うって事から離れてたしねー」
飛行時間は2時間くらいしかないから、早速長机の上に置いた調理盤の上にやかんを置いてお湯を沸かし始めた。
温蔵庫の中に入れていたチキンカツサンドと卵サンドを出して、一口サイズにカットして、お皿の上に並べた。
昼食からちょっと経っているとはいっても、ジェラルド将軍達も乗組員もまだ空腹には程遠いだろうけれど、おやつ程度の感覚で、温蔵庫とは何なのかを体験して貰って、温かいまま食べ物を持ち運ぶ事が良いかどうかを考えて貰う。
「これはどうでしょうか?」
サンドを載せたお皿とお茶を、将軍達が集まって地図を見ていた展望ロビーのような所に持って行った。
「ヒー…、ヒルダの所で作ってたサンドなんですけどね、あの温蔵庫っていうのに入れて持って来たんですよね」
エリアスがお茶を煎れてテーブルに置いていく。
「どうですかね?」
「ああ、ルーシー殿からも聞いている。食べ物を温かいまま保存しておける箱だったな。それが入っていたのか」
将軍はまずチキンサンドを一つ手に取る。
「確かに温かい。戦前に乗っていた時にはいつも時間が経って食べ物が冷めていて、せめて温かいスープくらいはと思ったモノだったが…」
それを口に入れると、サンドの美味しさもあるし、やはり温かい食べ物というのが嬉しい。
日本の駅弁のように、冷えていることを前提に作られる食べ物もあるけれど、そういう料理はこの世界ではあまり聞かない。やっぱり食事は温かい方が体に馴染む。
「皆も食べてみるがいい。その、温蔵庫というモノが、この船どころか国王の船にも乗ることになるのだからな」
ルーシーも部下達も将軍に言われて、サンドに手を出した。それを見てお茶のカップに手を伸ばすジェラルド将軍。
「こっちはどうしたんだ?」
ちゃんと熱い淹れたてのお茶。軽食のお供として、今体が求めている飲み物だ。
「熱くする板がありまして、それでお湯を湧かしたんです」
「そんなモノもあるのか」
「最終的にはフライパンとか鍋を使って料理をしたいんですけど」
「将軍、食べ物も良いですけど、その何とかいう箱、いいんじゃないですか?」
同行している部下の人達も、船の中で温かい食べ物と飲み物を楽しむことが出来て、なかなか好評のようだ。
「温かい食べ物って、やっぱりいいですね」
ルーシーもこの状況を考えて、これは良さそうだと思っている。
「お前が作っている冷たい箱もいいが、やはり食事は温かい方がいい」
時間にしては短い飛行ではあっても、温かい食べ物と飲み物は、魔女戦争以前の飛行船でも味わうことが出来なかったし、折角新しい船になったのだから、こういう今までにない設備があってもいいとジェラルドは思った。
操舵室にいる船長達にもサンドを渡すなどしてのんびりやっていると、しばらくして問題の山が近づいてきた。
さすがに降りることはしないけれど、上空から山の中腹くらいにある小さな湖の様子を観察することにする。
湖のあるところは、平らで段差のようになっている。そこにあるのはいわゆるカルデラ湖だ。規模は小さいけれど、凹んだ穴のような場所に水が貯まっている。
「水が緑色になっているな。上から見るとなかなか綺麗なのだが」
「周囲には何か変わった生物がいるようなことも無いようですよ」
ルーシーも意識を飛ばして周囲を視た。それでも妙な魔力反応は感じない。
ただ、このカルデラ湖は森で囲まれているけれど、その周辺の木々は枯れ木になっているか、葉っぱが茶色になってしまっている。
カルデラ湖からある程度離れると青々とした森になっているので、もともとこうなっているのでは無く、最近こうなったのが見て取れる。
「やっぱり」
エリアスが湖を見てつぶやいた。
「カルデラ湖って事は、やっぱり?」
「随分前に一度だけちょっと噴火したのよ。その時出来た湖があれね」
随分前といっても数百年前。もうちょっと横長だった山が噴火で一部が崩れてしまい、噴火口にカルデラ湖が出来た。
ホントに小さいカルデラ湖。小さな村が一つ何とか入るくらい。
「火山としてはもう終わっているけれど、火口跡に何かのはずみで、地下のマグマだまりに繋がっちゃったみたいね。あの水の色がそれを物語っているわ」
「帰ってこない人は湖から出てるガスを吸っちゃったって事?」
よく見ると枯れた木の下に人のようなモノが倒れている。ガスは魔力も無いし目にも見えないから、何気なく湖に近寄って、そのまま眠るように倒れたのだろう。
「どういう事だ?」
ジェラルド将軍に、上空から見ているから解りにくいけれど、今のカルデラ湖の状態について説明をした。
「周囲の木が枯れてますからね。湖からガスが出ているようなので、不用意に近寄らない方がいいですねー」
幸いな事に、冒険者ギルドには捜索依頼が出ているけれど、現在は誰もが気味悪がって仕事を受けていないのが幸いしている。お金か名誉を求めるようなのが来ていたら、ちょっとした地獄絵図だった。
「仮に周辺の捜索をしようとしたらどうしたらいい?」
捜索するかどうかは、領主次第だろうけれど、将軍としては判断材料を与えるために、アリシア達に質問してきた。
「風の強い日にやるか、魔術師を使って、常に風を起こすしかないですね。ガスは見えないですから、できるだけ広範囲に使った方がいいですね」
「後は神聖魔法の浄化系が効くわよ。捜索中はずっと使っていないとダメだけれど」
「そのガスを散らし続けるという事だな?」
「そうですね」
とりあえず辺りに妙な魔物や魔獣の姿は無い。それどころか、その死骸も転がっている始末。
周囲には町は無いし、街道は山麓を通っているので、山に用が無い一般人がわざわざ道も無い斜面を昇って、観光がてら見にいくことは無いだろう。
「被害者が出ている事は残念ではあるが、自然現象であれば仕方が無いだろう。領主のモーリスにはそう伝えておこう」
「ギルドの依頼も早急に取り消しをしないとダメですね。変に引っかかる冒険者が出る可能性は残っていますから」
エリアスからアリシアにだけ声が届いたけれど、ガスを止めるために地中の穴は埋めておくそうだ。
女神様が自主的にそうして貰えるととても助かる。
* * *
パスカール領のお隣は、現当主モーリス=ルーゼンが治める土地。
その中心都市オーリスの町に飛行船は到着した。
ジェラルド将軍を出迎えたモーリスは、降りてきた中に見たことのある人間が混ざっていることに気が付いた。
「アリシア君か」
「お久しぶりです、モーリスさん」
冒険者時代にはこの町には何度か立ち寄ったことがある。連れているのが当時お隣の領主の娘であるヒルダだったので、知り合いという信頼感から領主直々の依頼を受けたこともあって、アリシアも顔見知りだ。
年齢的にはもうすぐ60代くらい。大地神アーシェルの信者で、一時は教団の神殿で修行をした経験もある、とても落ち着いた感じの初老の男性。
「色々と話しを聞いているよ。帰ってきて早々、この国で活躍しているそうだね」
「ええ、まあ」
「君も知っての通り、我が領地は燻製品が名産だからね、何か新しい料理を知っていたら是非使って欲しい。それからここ何年かで赤辛子の生産を始めていてね」
「そうですか、唐辛子…、っていうか赤辛子もですか。今日来たことでここに転移が出来るようになりますので、ゆっくり見に来たいと思います」
「さすが魔導士だ、それは歓迎するよ。君のお眼鏡に適ういい物があったら教えてくれ」
「今日は、ちょっと船の中である道具を試していたのと、冒険者ギルドに出していた9番依頼を確認しに来ただけなので、もう帰宅してしまいますが」
「その話については、私が纏めてお話ししましょう」
「おお将軍、よろしくお願いします。何せ誰も帰ってこないので、情報も無く手の打ちようが無かったのです」
久しぶりの挨拶も終わったので、後はジェラルド将軍とモーリスの話だ。
なのでついてきただけのアリシアは道具を持ってやどりぎ館に帰ろうとする。
「アリシアちゃん、箱と板の件は私の感想を報告しておくから」
ルーシーにはあの後、温蔵庫と調理盤の説明を改めて行ったので、製作の意図は伝わったはずだ。
「板はもう少し温度が出るように改良するように」
「はーい、解りました」
将軍とルーシー達がモーリスに案内されて屋敷に行ってしまったので、残されたアリシアとエリアスはやどりぎ館に帰っていった。
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