英雄様のお引っ越し -1-
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地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
今日は1月の4日。とうとうこの日がやって来た。
榊瑞帆がやどりぎ館に引っ越してきた。
「この館も賑わいが出てきたのう」
そろそろ武術大会も終わるユウトがこの後どうなるかもう少しで解るだろうけれど、ひとまず入居者が1人増えた。これにはフィーネもニッコリ。
この引越に女神様はわざわざ根室まで行って有名な日本酒を買ってくるという歓迎ぶりを見せた。
さらに榊の好物である牡蠣も買ってきているので、夕食後はそれを酒蒸しにして飲む準備もしている。
今日も小樽には雪が降っているので、暖かい部屋の中からの雪見酒も悪く無さそうだ。
「どの程度やどりぎ館にいるかは決めていないが、しばらくよろしく頼む」
榊にとっては剣の修行目的の引越。こっちの世界には霞沙羅と伽里奈がいるし、アシルステラにはヒルダとハルキスという強者がいるから、この館に住む者の特権をたっぷりと使わせて貰える。
「今日はどうするんです?」
「まずはレコーダーを買って、午後にはモートレルという町に行きたいのだが」
「早速かよ」
それは解っていたことだけれど、霞沙羅も呆れる。
「折角お前が武器を同じに揃えてくれたからな。有り難くこの館にある縁とやらを享受させて貰うよ」
余所の世界の強者との出会いもいいモノだと、まだ2回やっただけだけれどしみじみ思う。まだまだ自分は強くなれる、いや、強くならなければならない。
「それなら私はハルキスを呼んできましょう」
今日のシスティーはお休みなので、空間転移が出来ないかつての仲間のために一肌脱ごうという考えだ。
ハルキスもヒルダも自分の力を存分に振るうことが出来る相手が見つかって、日々の鍛錬にも身が入っていると言うし、協力しない理由は無い。
「また久しぶりに伽里奈君ともやってみたいところだね」
「広い場所があれば良いんですけどねー」
剣の腕では劣るけれど、魔術を併用されると伽里奈の実力は侮れない。ただ、そうなると剣同士の時よりも広範囲に被害が出てしまうので、中々まともにやれる場所が無い。
知識は2人から叩き込まれたけれど、それでも魔術が使えない榊の不足しているところは、魔術への対策。
勿論軍で出会ってからずっと魔術関係では霞沙羅にはその頭脳を借りているけれど、ほぼ同等の戦闘力を持ちながら、発想も技も違う伽里奈は間違いなく面白い相手だ。
「だったらどっかのタイミングで千歳の演習場を借り切ってやるから、そこでやれよ」
「はーい」
「ヒルダとハルキスの魔術対策はどうなっているんだ?」
「旅をしている間も時々相手をしていましたし、途中から戦ってた相手が魔法主体でしたから、対策は教えてましたよ」
「魔女軍団ですからね」
二人揃ってモートレルでの占領事件の時のような大型広範囲魔法には対抗するような技術は持っていないけれど、王者の錫杖が効かないくらいの高い対魔法能力を持っているので、魔術師とのタイマンであっても不利になることは無いくらいには鍛え上げた。
遠くから襲ってくるルビィのような大魔術師となると、真正面からぶつかるのは無理ではあるけれど、間合いに入ろうと思えば、魔法をかいくぐって強引に突撃出来る技量は備えている。
「その辺のコツもおいおい身につけておきたい」
折角この館に住む権利を持っているのだから、そこは充分に活用して貰って、良い滞在をして欲しいモノである。
* * *
榊が南小樽の家電量販店からHDDレコーダーを買ってきて、お昼ご飯を終えると、早速3人はモートレルにやってきた。
「おお」
騎士団の門の所までやって来ると、レイナードを先頭にした10人の騎士達が、馬に乗って出て行く所だった。
「何かあったのかな?」
10人もいたけれど、装備は結構軽装。旗は持っているけど槍は持っていない。
「魔物か? 盗賊か? 酔っ払いの喧嘩か?」
トラブル上等。霞沙羅は何かに期待するけれど、多分そんな感じではなさそうだ。
「話にしか聞いていないが、ここは案外物騒な世界なんだな」
「んー、そういう話じゃないんじゃないかな」
西の空にはまだ小さいけれど飛行船の姿があった。
レイナード達は旗を持っていたし、あれが着陸するまでの安全確保と誘導にでも行ったのだろう。
「あれですよ」
「結構頻繁に飛んでくるんだな」
「この世界にはあんな乗り物があるのか」
遠目から見ても木造だと解る建築物が空を飛んでいるというのは、榊には初めての光景だ。
「あれの説明を受けて吉祥院が何か企んでるようだがな」
「あいつには天国のような世界だな」
アリシアが日本に来て、しばらく横浜に連れて行ったのはこちらの魔術を知ることだったし、吉祥院の頭の中は魔術のことばかり。
剣のことばかり考えている榊も似たようなモノだが、今はその気持ちが大いにそれが解る。
とりあえず飛行船には用が無いのでそれとして、騎士団の門を通して貰って進んでいくと、斬り合いをしながら軽く準備運動中のヒルダとハルキスが待っていた。
「おう、ようやくアリシアの家に引っ越してきたんだってな」
「これからは気軽に声をかけて貰っていいのよ」
「ああ、しばらくの間だがよろしく頼む」
「先生もまたやろうぜ。アリシアと同じタイプなら、一度魔術も絡めてな」
「お前らは私らのやり方に慣れてるようだからな。魔術相手に、榊と違ってどう動くか見せて貰うか」
とりあえず今日はまた榊とやりあうことが目的。魔法を使う霞沙羅とやりあうにはちょっと準備が必要だ。
それとは別に、そろそろこの2人には「気」を使った技を教えたいと思う。
「ただとりあえず、立場上、私は彼らをお迎えしてからね」
話をしている間に、飛行船がモートレルの上空までやって来ていた。
「結局はお父様が接客をするのだけど、現領主として挨拶だけはしないとね」
「へー、誰が乗ってるの?」
「ジェラルド将軍よ」
「ファースタイン家の?」
「ランセル将軍から話しを聞いて、またここの食堂を見に来たようよ」
「お前の所の騎士団がこの国の食事改革の見本になりつつあるな。ウチの警護団も最近システィーが来るからかなり良くなっているんだが、この辺はやっぱり元リーダーが絡んでいるだけあるな」
ハルキスの所は「騎士団」はなくて、部族民が「自警団」としてローテーションで自治区内の警護をしている。
自治区エリアに何カ所かある町でそれぞれの詰め所があって、そこで当番者が自分達の食事を作っている。その食事を、ちょっと前まで畑の開墾を手伝っていたシスティーが、スープカレーを中心に、モートレルで採用された料理を色々と伝えているのが現状だ。
だから密かにハルキスの部族も食事の質が良くなってきている。
「この国は将軍が3人もいるんだったか。という事はアンナマリーの親父のライバルか?」
「屋敷が隣同士でライバルとはよく言われてますけど、将軍として担当する場所も違うし、仲は悪くないんですよ」
「アンナマリーは同い年のリアーネ嬢とはちょっと仲が良くなかったわね」
現状での話は聞いていないけれど、冒険者になる前にラスタルの騎士団にいたヒルダは、子供同士とはいえ、この2人の仲があまり良くなかったのを見ている。
これは普通のお嬢様として育ったリアーネと、騎士を目指してやや乱暴に育ったアンナマリーとの意見の違いによる。
いがみ合うようなことはないけれど、何となく2人の間には距離があって、話が合わない。あとリアーネは大のネコ好きなのもある。
「オヤジさんが来たぜ」
船の姿が見えたから、騎士団にはルハードがジェラルド将軍を迎えにやって来た。
そして隣の家に住んでいる顔見知りのおじさんという関係性から、アンナマリーが接客に付き合う事になっていたようで、飛行船の側に移動してきている。
「近くで見ると結構大きいな」
まだ3回目のラシーン大陸だというのに、いきなりこんなものを見ることになって榊は異世界というモノを印象づけられた。
飛行船と違って、浮力を稼ぐ気体がを積んでいるわけではないので、魔力タンク部分がそこまで大きくはなく、全長では60メートルくらい。それでもぶら下がっているキャビンは二階建てなので、三階建ての屋敷が浮いているくらいのサイズ感がある。
「動きも安定しているな」
そんな大きな建造物が揺れもせずに、危なげなくゆっくりと降りてきている。
降下速度は遅いけれど、ヘリのエンジンとは大きく違って音もしないし、その大きなサイズもあって冗談のような動きをしている。
魔術を活用出来る技能は無いけれど、榊もその動きに興味を持った。
吉祥院がこれを見て何か動いているのも解る。
「じゃあヒーちゃんが挨拶から帰ってきたら始めようか」
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