入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -6-
それは突然現れた。
城壁からの連絡があって、夜勤をしていた団員達が外に飛び出していく中、アンナマリー達も同じく町の守りについた。
対処しなければならないのはゴースト関係だということは解っている。アンナマリーは魔物というか、敵というか、そういう存在がいることは知っているし、伽里奈と霞沙羅から講義を受けた。除霊用に『神聖剣』の術も教えては貰ったけれど、まだまともに使える状態じゃない。
「私が武器に神聖魔法を掛けますので」
とりあえず神官がいるので、その辺は大丈夫だろうが、一体何者の仕業だろうか。
「城壁からの連絡では例の女剣士が動いているというが、ここは我々の町だ。我々で対処するぞ」
これから対処するのはゴースト系だ。慣れない敵に萎縮する隊員もいる。オリビアはそんな隊員の士気を上げるために号令をかけて町へ出て行った。
その町では各所で戦闘状態に入っているのだろう、真っ暗な町にいくつもの明かりが動き、大小の閃光が走っている。
「隊長、前方に何かいます」
身につけたばかりの魔力感知を行っていたアンナマリーは進行方向に、それが何なのかよく解らないながらもいくつかの魔力反応を見つけた。その内2つはゆっくりとこっちに動いている。
薄い霧のせいで視界がやや悪い中、その反応の持ち主がランタンの明かりに入ってきた。
「ひっ」
誰というわけではない、ここにいた全員が小さな悲鳴を上げた。
見えたのはヨロヨロと歩く、もはや生気の無い2人の冒険者だ。ケガをしているわけではないが、視線はあさっての方向を見ていて、明かりにも反応しない。
「な、何だお前達は。誰かにやられたのか?」
オリビアの問いかけに2人は手に持っていた粗末な杖を上に掲げる。それがスケルトン生成の魔法だと解ったのは誰もいないが、2人の体が崩れるように倒れたと同時に、数十体に及ぶ大量のスケルトン兵が地面から這い出てきた。
「な、なにっ!」
あまりの多さにオリビアは怯み、いつもマイペースのサーヤも恐怖で体が震え始めた。
ボロボロの鎧にボロボロの剣。そしていつ崩れてもおかしくないような骨格をむき出しにした存在が前進してきた。
「し、神官殿、我々に魔法を」
「か、数が多すぎる」
「落ち着きなさい」
「は、はい。それでは【神聖剣】」
神官はなんとか【神聖剣】の魔法を使用するが、この数を斬れるほど効果は保たないだろう。
「じょ、浄化を、します」
オリビア達に魔法をかけ終わった神官は、更なる援護のために除霊魔法の準備に入る。
「はあっ」
隊長として隊員よりも一歩前に出たオリビアは、竦んでしまった部下達へ鼓舞のため一体のスケルトンに斬りかかる。
「ゲエエ…」
スケルトンは動きは遅いので一体は容易く切り伏せる事が出来た。剣には魔力が乗っているので、地面に崩れ落ちて消滅した。
神官も除霊の魔法を使用するが、消えたのはやっとこさ1体だけだ。
「な、なんでここだけ…」
他の場所も交戦中なので、ここに増援は来るのだろうか。少しずつ前進を始める大量のスケルトン、そしてそれらが踏んだ例の石からさらにゴーストが発生する。
「う、うわ…」
たった2体だけ対処したが、ゴーストまでもが増え、あと何十体いるのだという現実に、オリビアを含めて全員の足が後ろに下がってしまう。
「リーダーさんとの約束は守れなかったなー」
どこかから脳天気な声がやってきて、スケルトンとアンナマリー達の間に滑り混んで来た。
「数が多いから後ろに下がって貰えるといいなー」
今やって来た伽里奈には崩れ落ちた2体の死骸の顔は見えないけれど、見覚えのある服装で9番の依頼を受けた冒険者の残りだと判断した。
「この前もそうだったけどやっぱり帝国の鎧かー」
前回は細かいことを気にせずに魔剣の一振りで倒してしまったけれど、これだけの数がいればハッキリと装備品の確認が出来る。ではなぜ今更こんな所に発生するのだろうか。それが解らない。
「仕方ない、君達はもういいよ。誰だか知らないけどこれ以上利用されるのは可哀想だ。もうゆっくりとお休み」
伽里奈は左手を胸に当て、剣を地面に突き突きたてて、オリエンス神への祈りを捧げる。
「じ、【浄化の匣】か」
伽里奈が何の力を行使しようとしたのか、神官は解った。神聖魔法の中でも高いレベルに位置する、広範囲型浄化魔法だ。
モートレルにいる神官では3、4人がかりでしかこれを使う事は出来ない。しかも発動がとても早い。
地面に刺した剣から地面に光の線が走り、スケルトン達を取り囲むと、上空に向かって光り輝く壁が伸びていき、四角いフィールドが展開された。そして匣状の中がまばゆく輝き、ゴースト共々消滅していった。
「とりあえず、ただの【光球】」
伽里奈の手元から光の球が発生し、少し上空に浮かび上がった。これによって辺りが明るく照らされたのでこれで松明はいらない。
「あ、あんたが噂の剣士、か」
数十体のスケルトンとゴーストが全てが浄化されて安堵したオリビア以下全員が地面にへたり込んでいる。
「そんな感じ? 何でか私が捜索されてるみたいだったから外に出たくなかったけど、この状況じゃあねー。まあまだちょっと続くみたいだから、ほい、【沈静の光】」
今度は淡いオレンジ色の光球が打ち出され、アンナマリー達を照らす。暖かな色の光を浴びているだけで体と心が落ち着いていく。
「さてさて、今回はこの杖を貰っていこうねー」
伽里奈は崩れ落ちた冒険者2人の遺体に一礼をして、側に落ちていた杖を1本拾い上げた。
「残りの3人はどこに行ったのやら」
30代の剣士と10代の神官と50代の魔法使いの姿は無い。ただ、既に3人が殺害された状況では、生存はあまり期待出来ない。
「先生直伝の、術式投影魔術」
魔剣鍛冶の霞沙羅ならではの、魔装具などの、魔術が埋め込まれたアイテムの魔術基盤を露わにする魔法だ。杖から術式が浮かび上がる。
「なるほどねー、これだけが刻まれてたんだね」
スケルトンを作った魔法だけが機能するような杖になっている。この2人はどう見ても死霊使いには見えなかったし、前回のリーダーも剣士だった。誰かが3人をゾンビ化させて、これを持たせて操る。触媒は術式に刻まれているとおり、杖を持っている人間自身だ。
前回は数が少なかったから、使用した後とでもまだ体が保っていたけれど、今回は大量に生成したので、耐えられずに1回で崩れ落ちたのだ。
しかしなぜ帝国軍人の衣装をとったのかは解らない。降霊魔法の使用後なのでもう何もかも無くなっているが、帝国軍人にまつわる何かを素材として持っていたのかもしれない。
じゃあこの件の裏にいる人物は? という事はまた後で考えよう。その前ににやることがある。
「えっと、ついでだから領主さんにこれの説明をさせて貰える? 領主さんの知り合いには魔導士の英雄さんがいたよね?」
石はここに来るまでに十二個回収した。残りは町に出ていった騎士団や冒険者が何とかしてくれるだろう。というか、そのくらいはして貰いたい。
「とりあえず立てます?」
「あ、ああこの程度」
オリビアと神官さんはそれぞれの武器を杖替わりにして立ち上がったけれど、サーヤとアンナマリーは自力では立ち上がれそうになかったので、手を貸して立たせた。
「これは一旦撤退だねー」
表面上は落ち着かせたけれど、このまま次の戦いに行くのは無理そうだ。
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