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入居者を募集中です -3-

 1時間ほどしてから、アンナマリーは一階に降りてきた。寝てしまってバツが悪そうな感じだったけれど、伽里奈(かりな)的には部屋でリラックス出来たのなら良い反応だと思っている。


「今すぐ答えが欲しいなんて言わないよー。明日以降にアンナマリーさんが納得いった答えが出たらそれでいいからね」

「も、もうほとんど決まっているんだが、異世界というのが引っかかって。その、一泊出来るとか言っていたのは本当か?」

「こんな下宿だからね、ちゃんと納得してからの方がいいでしょ? 宿泊希望なら着替えとか持ってきてね。あと、この腕輪を渡しておくよ。お試し用のお部屋の鍵だし、これで外から裏口のドアを開け閉めが出来るんだ」


 伽里奈は飾り気のない銀色の腕輪をアンナマリーに渡した。これを着けた腕でドアノブを触ると鍵のロックをいじる事が出来る。


「ならヒルダ様に連絡を入れて帰ってくるぞ」

「お部屋はさっきのところでいい?」

「ああ。ところで隣の人はどこにいるのだ? どういう人なのか会ってみたい」

「今帰ったぞ小僧。今日はこのエビでかき揚げを作るがよい。我はワインを飲むのでな」


 丁度いいところに、日焼けしたような褐色の肌に金髪という南国感あふれる、黒いドレスの女性が正面玄関から帰ってきた。年齢的には30歳前後の大人の女性だ。


 ところでこの女性は今、妙なワードを口にしたのではないかと、アンナマリーは思った。


「あの人がお隣の部屋の住民だよ。フィーネさんも別の世界の魔法使いだから。小樽での生活を満喫しちゃってるけど」

「ん? なんじゃ、新規の入居者か?」

「まだ考え中で、今日はお試しで1泊するんですよ」

「そうか。しかし、まだ子供ではないか」

「そういう世界なんです。アンナマリーさんて14才だけど日本とは違うんですよー」

「お、お前」

「え、なに?」

「男だったのか?」

「やっぱり女子だと思ってた?」

「ああ」


ずっと同年代の女子かと思っていたが、確かに口調がどこか中性的というか、自分の事を「ボク」と口にしていた。ただ見た目がどう見ても女子だったので、そういう口癖のある人間なんじゃないかと思い込んでいた。


「今日はまだ男に見える服を着ておるが、そっちの小娘が日常的に女物の服を着せよるからのう。じゃが、立派に管理人をしておるぞ」

「男か。しかし、この家の誘惑が」

「この館のメシは美味いぞ。一応献立は決まっておるが、注文をすればお主の世界に合わせてくれるしのう。我はこやつにの自由にさせておるが」

「やっぱりボクが男だとダメ?」

「そ、そそそ、そういうわけではなく、屋敷での生活が長かったから男が苦手で、男といっても、ああ、問題ない。ああそうだ」


 管理人として想像していたのはおじさんだったけれど、歳も近いし、見た目は変だが、これまで話をしていて、ちょっと馴れ馴れしいけれど、性格もおとなしめだし、それに、どこか自分が目標として尊敬している人に雰囲気が似ている。


 入居者の女性達とも上手くやっているようだし、とにかく悪い人間じゃないのは解る。


「騒がせてすまない。色々納得するために1泊お願いしたい」


 お隣の人は一癖ありそうな感じがあるけれど、この館に馴染んでいるようだし、この人も異世界人だというのが安心出来る。


「あーい、じゃあヒー、ヒルダさんに連絡して、戻ってきてね。その腕輪があれば裏口も開けられるから、帰ってくる時は呼び鈴を鳴らさなくていいよー」

「ああ解った。行ってくる」


 渡された腕輪をはめて、アンナマリーは一旦、モートレルの町に戻っていった。


 ヒルダに外泊の許可を貰って、やどりぎ館に帰ってきたアンナマリーは、伽里奈に「住民になったつもりで泊まっていってね」と言われたので、自分を納得させるためにしっかり体験する事にした。


 まずは温泉だ。アルカリ性単純泉だとかなんとか言われたが、その辺はよく解らない。これまでの人生で経験した事の無いちょっとぬるっとした感じのある、肌がツルツルになるお湯だ。熱くもなくぬるくもない丁度いい温度で、これなら長湯が出来るだろう。湯船は大人でも3人が余裕をもって入れるサイズなので、手足を伸ばしてゆっくりしてみた。


 男の浴室は隣り合ってはいるけれど入り口も別だし、壁で隔てられているので安心だ。


 お風呂から出ると、伽里奈が作っている夕飯の匂いがして来た。異世界の食事の匂いは初めてだけど、違和感は感じない。


「わ、ネコ」


 ロビーにはさっきまでいなかった黒いネコがいて、のんびりと毛繕いをしていた。


「アンナさんはネコは苦手?」


 すぐ側にはエリアスがいて、ネコを見ていたのだが、アンナマリーの小さな悲鳴に反応した。


「子供の頃、庭に来たネコに手を引っ掻かれて、それで苦手になった」

「この子はこの家で飼っているのではなくて、ちょっとだけ説明したお隣の人が飼っているの。丁度夕飯を食べに来ているから、それで連れてきたのよ」

「そ、そうか」


 ネコは苦手だが、離れた所から眺めるのは嫌いじゃない。とりあえずこの家にネコが出入りするというのが早い段階で解ってよかった。


「このお姉ちゃんはあなたの事が苦手みたいだから、ちょっと離れていてあげてね」

「にゃー」


 ネコは手入れがちゃんとされていて、毛並みも良さそうだ。ちょっとイメージが良くない黒猫ではあるけれど、見ている分には悪くない。近寄ってこなければいい。


「ユウトさんも帰ってきたから、食事の時にみんなの紹介をしましょう」

「ユウトさん?」

「男性の入居者の人よ。今入浴中だけど、この人も異世界の人なの」

「男が一人入居してるって言ってたな。その人か」


 異世界人がまだ他にもいるのかと、アンナマリーは安心していく。しかも全員別の世界。やっぱり自分だけじゃないんだな、と思うと気も楽になる。


毛繕いを続けるネコから離れて、匂いの元に移動する。厨房には入らないが、テーブル席の向こうに小部屋があって、そこの窓から厨房が見える。中では伽里奈とシスティーが料理をしている。どういう料理が出来るのか楽しみだ。


 一応、自分の世界の料理事情は伽里奈に話をしてあるので、今晩の献立とは別にアンナマリー向けに対応してくれるそうだ。


「悪くないな」



 夕飯の席で簡単な自己紹介になった。

 新しく増えた顔ぶれとして、まずは温泉に入っていたユウト=マキシスだ。26歳の男性で、武闘家として世界一を目指しており、日々鍛錬に励んでいる。近々大会が始まるので、現地での最終調整を含めて自分の世界に戻り、この館を長期間留守にするという。


 もう1人はほんのり色黒で髪を青く染めた女性、新城霞沙羅(しんじょうかさら)だ。この人はこの世界の住民で、隣の家に住んでいて、そこで鍛冶をしながら大学の講師、メインで軍人をやっている。そして6年前にこの地球で起きた大きな戦いを終結させた、世界では名の知れた偉大な英雄の一人でもある、24才の女性だ。


 そしてフィーネは異世界の魔法使いで、色々あって疲れたので、ちょっとこの館で人生の休暇を楽しんでいるのだという。普段は小樽の町に出て占い師をしている。年齢は不明だ。


 ユウトは男性として背が高いが、女性はエリアスと霞沙羅とフィーネの順に3人とも背が高い。特にエリアスはアンナマリーより頭一つ分背が高い。この世界の女性は背が高いのかと思ったが、そんな事はないそうだ。


「このフィーネは見た目に癖はあるが、面倒見はいいぜ。昼間っから飲んでいるが気にしないでやってくれ」

「酒はよいぞ、小娘」


 メンチカツを食べながら、フィーネはワインを飲んでいる。伽里奈に作らせたエビ入りのかき揚げも楽しんでいる。これが大人の休日というやつか。


「アンナマリーさん、ご飯大丈夫?」


 皆はメンチカツをメインとした定食形式だが、アンナマリーの国はそれほど米を食べないので、パン食に合う料理が用意されている。トマトクリームのパスタと野菜スープ、鶏肉のグリルとパンという状態だ。


「ああ、美味いぞ」


 味はお嬢様育ちのアンナマリーの舌でも文句が無い。現在の寮は朝夕の食事があり、昼は騎士団に食堂があるが、それと比べてはいけないくらい美味しい。


 実家の料理のような豪華さはないけれど、味で言えば不満は一切無い。自分とは別メニューの入居者達も美味しそうに食べているのも、伽里奈は料理が上手なことを証明している。


 伽里奈は本当に料理が好きなようで、実際アンナマリーが食べた事が無い料理ではあったのだが、料理事情に寄せてくれて、ちゃんと味の調整もしてくれた。それに、鶏の皮というのはちょと苦手だったりするのだが、パリパリになるまで皮の表面を焼いていて、あの独特のネチャネチャした食感は無く、嫌なオイリー感も無くしてくれている。そこに独自の、細かく刻んだ野菜が入ったソースがかかっていて、実に美味しかった。


今後ともよろしくお願いします。

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