まずは新しい年の始まり -7-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
シャーロットがロンドンに帰省して、ここ数日はレポートの手伝いや勉強の時間が空いたので、ルビィに渡した冷凍箱でシャーベットを作るのと、以前に頼んでいたゴーレムを授業に取り入れてみる実験のためにラスタルにやってきた。
今日はお城には用がないので、私服の、また女子っぽいコーディネートだ。袴をシャーロット達2人にあげてしまったのが惜しいけれど、とても喜んでいたので、まあいいかと思っている。
一昨日もそうだったけれど、年始でのんびりムードになっている日本から来ると、いつもの日常状態のラスタルはギャップを感じる。
今日も平和、といいたいけれど、先日の誘拐未遂事件のせいで町の警備がちょっと多く、騎士達がウロウロして目を光らせている。
それはそれとして、アリシアは正面から学院に入り、授業が行われる訓練場所にやって来た。
「アーちゃんはまたそんな格好デ」
「男の服を着るとちょっとねー。それに今は劇団が来てるじゃん。マリナちゃんが頑張ってボクを演じてくれてるから、それの邪魔をするのはねー」
「ファースタインのお嬢様の件で、スーツ姿のアーちゃんがちょっと話題になっているからナ」
「それだから、本人が歩いてたら劇団に悪いでしょ?」
本物が歩いていたら「さっきアリシア見たからいいや」となるかもしれない。
「あの劇団は頑張っているからナ。アーちゃんがいなかった時には、気を良くしたおじさん達の好意で宿のアーちゃんの部屋に泊まらせて貰ったりしてたくらいだ」
「見たことないけど、ボクの使ってた家具が置いてある部屋ってそんなにいいのかなあ」
「あの部屋で勉強をするとやる気が出るらしいゾ」
雑談をしていたら授業の時間が近づいてきて、生徒達が教室から移動してきた。
「わ、アリシア様だ」
さすがにあれだけ派手にパレードをやったから、アリシアの顔は初対面の生徒でも知っている。
それにアリシアはかなり特徴的な外見をしているので間違いようがない。今日は予めアリシアの授業だと聞いていたけれど、本当にいたので、生徒達も驚いている。
何といっても、帰ってきたアリシアはまだこの学院では一切の授業を行っていない。それがいきなりこんな普通のクラスを受け持つとか、とっても嬉しい。
ルビィなんかかなり能力があると評価された将来有望な魔術師しか相手にしないのに。
遅れて先生もやって来た。
「アリシア君、今日はよろしく」
火属性魔法専門のユリン先生。入った当初にアリシアのいたクラスの授業を担当した女性の先生だ。
「この子達は普通に【火弾】は使えるんですよね?」
「みんな習得済みよ」
最弱クラスの火の魔法。小樽校の早藤達と違って、魔物に当ててもちゃんとダメージが入る本物の魔法だ。
しかし実際の所、地球の学校で使っている全く威力のない練習用の魔法も、考えようによってはこっちに持って来てもいいかもしれない。
あれはまあまあ安全だし、情けない魔法ではあるけれど、初心者が魔術に体を慣らすという目的で作られているので、場数をこなさせるにはもってこいだ。
それはともかく、早速土でゴーレムを作った。性能的には【火弾】を使うというので、1年A組用くらいにしておいた。
果たしてどの程度保つのだろうか。現役時代の自分を参考には出来ないし。
「ここを卒業して皆がどういう道を歩むのか解らないけど、学生の今から戦うって事への心の準備をしておいて欲しいんだ。まあその、ゲーム感覚でゴーレムを倒して貰うんだけどね」
日本版スノーゴーレムを流用した、サンドゴーレムを作成した。
「見た目は立派なんだガ…」
人間よりはやや大きめなフルプレートアーマー風の騎士で、造形は滅茶苦茶良い。ただゴーレムにしては弱いのがルビィには解る。
「あのー、モートレルで使ってるゴーレム出したら死人が出ちゃうから。学生の皆は、とにかく壊してねー。そういうミッション」
アリシアに壊して、と言われたので、生徒達は【火弾】を撃ち始めた。1年E組の生徒と違って正規の魔法を使う生徒達。
相変わらず攻撃はしないけれど動き回る騎士型ゴーレムへの攻撃は、さすがに結構まばらで、最弱の魔法であっても生徒達が発動させるまでには時間がかかる。
「意外と当てるのは難しい感じだナ」
そんなに速く動くわけではないけれど、やっと魔法が発動してそこからゴーレムに当てろと言われても焦ってしまって、狙いがブレる。
「アリシア君、これはどういう目的があるの?」
「さっき言った通りですが、戦うという事への練習が第一で、もう一つは、解りやすい目標がある方が授業が面白いじゃないですか。たまにはとにかく細かいことは抜きにして今の自分の力を思いっきり確かめた方がいいと思うんですよねー」
動くゴーレムに当てるのは難しいし、結構硬い。それでもだんだん壊れていっているのが見て解るし、生徒達も試行錯誤をしながら魔法を放っている。
こちらの世界はゴーレム作成は普通の魔法なので、学院の教員なら扱いも簡単だ。
「やったー」
慣れないながらもみんなで頑張って魔法を撃ち続けて、やがてゴーレムは土塊になって崩れていった。
「魔女戦争があって今は魔術師が減ってるんですよね? 魔術師は剣士よりも育成に手間がかかるから、ちょっとやり方を変えた方がいいかなー、って」
「アーちゃんが何か真面目ダ」
「その点は日本が結構顕著だからねー。前にも言ったけど、霞沙羅さんのいる軍隊にも関わってるから、そこで色々やってるんだよ。やっぱり魔術の勉強をするなら、実習も充実させたいしねー」
「ならアリシア君、もう一体作ってあげてくれる?」
ゴーレムを壊した生徒達はまだまだやり足りないという表情でアリシアを見つめている。
実際、こっちのゴーレムの調整も必要なので、学院用のスタンダードを決める為にまだまだ付き合って貰いたい。
「じゃあもうちょっと耐久力が高いのを作るからねー」
この後、アリシアが妙なことをやっている、と天望の座のメンバーまで授業を見にやって来た。
魔導士階位11位のアリシアが1年生の授業をやっていることに疑問を呈されたけれど、日本側でも、あれはVR機器を使ったゲーム感覚ではあるけれど、戦いへの心構えを学生のうちからやっている、という点は納得して貰った。
ただまあ、なんで若くして魔導士となったアリシアが特待生でもない普通の一年生の事を考えているのかはいまいち納得して貰えず、才能が勿体ないと言われてしまった。
「とにかく、お前が学院に関わってくれるのは有り難いが、国王もお前に期待している。お前にはもう一つの才能があるだろう?」
「剣の話ですか?」
「ローテーションでハルキス君がラスタルにしばらく滞在することになっておる。彼は勿論超一流の腕前だし、性格の方も強さへの執着は強いが、なかなかさっぱりとしておる。そんな彼を慕う騎士は多い。ただ豪快な性格すぎるので、ついてこられない者も少なくないし、女性を相手にするのも難しい」
ハルキスの部族は昔からの王家との契約で、常に王都へ戦士を常駐させている。その一環で、まだ族長ではないハルキスも来るのだろうけれど、それで騎士達の育成も担当している。
部族の女性は町の守りを担当しているので、ラスタルに来る事は無いけれど、この国には折角大陸有数の腕前を持つ剣士が三人もいるのに、ヒルダは呼べないし、ハルキスは女性向けの性格をしていない。部族が男女平等の精神を貫いているので、良い意味で差別は無いが、世間的には女性の扱いが雑になってしまう。
「それでボクが相手をするんですか? 元騎士だったおじさんに教えて貰ってますけど、騎士道とかそういうのはあんまり気にしてないんですよ」
またタウからの無茶振りだけれど、タウも顔が繋ぎやすいから「アリシアに伝えておくように」とか言われているのだと推測する。
「ルビィよ、アリシアが剣を教える事についてはどうだったのだ?」
「ヒルダ達の方が強いから、二人に教えるようなことは無かったデス。ただライアとは結構いい感じでやってましたヨ」
「多分モートレルでアンナマリー達に教えているのを、ランセル将軍経由で聞いたんじゃないですか?」
面倒なことになった。しばらくは冬季休暇で学校は休みだけれど、そろそろ皆さん、自分が神々との約束で下宿を管理していることを忘れ始めているのではないだろうか。
日本では、強すぎる榊は真面目でストイックな感性から、剣を取る人達には大変大人気。でもあれは、日本特有の武士道に共感する剣士が多いからで。でもまあ折角引っ越してくるわけだし、ちょっと相談してみてもいいかもしれない。
とにかく学校の休みはまだ続く。ちょっとこの期間に色々と勉強してみようかと考えるアリシアだった。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。