まずは新しい年の始まり -3-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
アリシアがエバンス家に戻ろうとすると、ランセル将軍の馬車がお城に向かっている途中だった。
警備の話が終わったのかな、と思っていると、中に乗っていたアンナマリーが「乗れ」と手を振ってくるので、なぜかエバンス家の馬車に乗ることになった。
「将軍はお城に行くんじゃないんですか?」
アリシアが不思議に思うのは、この馬車はお城からやや遠ざかるコースを進んでいる。
「そうなんだが、なぜかこの娘が町を見たいというのでな」
一度袴を貸した時に、なんかラスタルを周りたい、のようなことを言っていた気がする。それをやろうとしているのか?
そんなわけで、袴姿で馬車に乗るアンナマリーはご機嫌さんだ。そして従者のようにアリシアを横に座らせている。
「この服はアリシア君が住んでいる国の民族衣装なんだね?」
「今は普段着ではないですけど、百年前なら、中流家庭以上の女性の、割と普段着的な服だったそうですよ」
「確かに生地はいいし、織り込まれている花の柄も素晴らしい。歴史ある服なのだな」
「向こうの世界は年越しだったんですよ。おめでたい日で、新年のイベントもあったので、それでボクが貸しているんです」
「しかしこれは女性の…、いやいい」
この服はアリシアの持ち物…。
最近のアリシアは男として割とマシな服装をしているので忘れていたけれど、天空魔城での最終決戦に際して、黒いドレスと鎧という奇妙な姿で向かっていったのを思い出した。
「それで、そろそろ帰るのか?」
「夕飯があるので、そろそろ帰ろうかと思ってますよ」
「では仕方がない、アンナマリー、城に着き次第アリシア君と帰りなさい。話をしたとおり、ファースタイン家のお嬢さんが襲われた後だ。犯人は捕まったとはいえ、あまりウロウロするのは良くない」
「解ってます」
名残惜しいけれど、もう日も傾き始める頃だ。袴姿を家族に見せてラスタルを巡るという、一応の目的は果たせたので、アンナマリー的にはひとまず満足した。
初詣とかいうのもやったし屋台の料理も食べたし、とても楽しかった。
「アリシア君が連れてくるからか、娘がモートレルにいるとは最近思えなくてな」
モートレルまでは徒歩で十日では着かない。アンナマリーを送り出した時はまだ飛行船もなかったし、気持ち的にはとっても遠い場所だった。
ルビィに頼んで転移で送り出しても、この愛娘にはしばらく会えないんだなと父親としてちょっとうるっとしたモノだけれど、ここの所半月に一回くらいは会っている気がする。
アリシアがラスタルに来るついでに連れてきてくれて、嬉しいには嬉しいけれど、折角この娘をモートレルに修行に出していいモノか夫婦で悩んだ、あの時間は何だったのだろうか。
しかも娘の住む下宿で二泊しているし。
まあフラム王国の誇る偉大な魔術師、アリシアと出会ってくれて、時々娘の顔を見れる事になって良かったとは思っている。情緒は無くなってしまったが。
やがて馬車は正門からお城に入っていき、中庭で停まった。ここで馬車から降りて、ランセルは自分の執務室に向かう。
「ん」
最後に降りてきたアンナマリーが、先に降ろされたアリシアに馬車から右手を差し出してくる。
「はい、アンナマリーお嬢様、足下にお気をつけ下さい」
「ん」
アリシアがアンナマリーの手を取ると、ご機嫌な顔をしてステップを降りてきた。
「あらアンナマリー」
「王妃様、ご機嫌麗しく」
慣れているアンナマリーは恭しく礼をして、慣れていないアリシアはぎこちなく頭を下げた。この辺はやっぱり生まれながらのお嬢様と宿屋の三男の差である。
王妃様は3人の子供と一緒に中庭を散歩していたようだ。3人は後ろから追いついてきた。
「アリシア君、厨房に納めて貰ったあの冷たくする箱だけど、とっても良かったわ。特にこの子達が喜んでいるの」
「そうですか、それは良かった」
アリシアはお城の中の事情を知らないけれど、毎日アイスクリームを作っていたりする。
「それで聞きたいのですが、アイスクリームというのは別の味や食べ方はあるのですか?」
「まあその、晩餐会でもやりましたが、果物のソースを混ぜ込んだり、そのものをフルーツ味にしたり、チョコ味にしたり、クレープに挟んだり、ミルクセーキとして飲んだり」
「クレープとは?」
クレープはライアとヒルダにしか教えていなかった。
「ええと、こういった食べ物なのですが」
王妃様達には側にあったベンチに座って貰って、記録盤を使って紹介をすると、まだ小さな王子2人と王女がそのビジュアルを見て「食べたい食べたい」と興奮し始めた。
「果汁を凍らせたシャーベットっていうのもあるんですよ。国王様には一度お出ししたことがありますが」
「アンナマリーは今の話はわかりましたか?」
「あの、殆ど食べたことがあります」
「アンナマリーだけ狡い!」
「わたしもたべたい!」
「ぼくもー!」
やはりというか3人からはエリックと同じ反応をされてしまった。そのくらいアイスを使ったデザートは魅力がありすぎる。画像があったのも拍車を掛けている。
「近い内に作りに来なさい。ロビンにも話しを通しておきます」
にこやかーな表情の王妃様。でもその言葉には一定の強制力がある。
「畏まりました」
「やったー」
子供達は大喜びだ。王子や王女とは言ってもやっぱりまだ子供。まだまだ美味しいデザートには弱いお年頃。
「それでは今日は失礼します」
食べ物の説明もしたし、そろそろいい時間になってしまったので転移魔法の準備に入ると
「アンナマリー、随分珍しい服を着ていますね」
「ええ、日本という国の民族衣装なんです」
「今度ゆっくり見せて下さいね」
「は、はい」
なんかこの人怖いな、と思いながら、アリシアは逃げるようにやどりぎ館に帰った。
* * *
洋食の色が強い松花堂弁当、といった趣の夕食を終えて、厨房で片付けをしていると、お風呂を終えたアンナマリーとシャーロットがおずおずとやってきた。
2人が一日着ていた袴はまたロビーに掛けられていて、明日にでも片づけようかといったところだ。
「あのー、伽里奈、ちょっといい?」
「え、なにー?」
そういえばシャーロットは餃子を作って家に持って帰ると言っていた。明日の夕方にロンドンに帰るからその前に作っておかないといけない。
「袴、あるじゃない?」
「あれよかった? 生活環境からいうと今の人が普段着にするってのはちょっと無理があるよねー」
「あれが欲しいの」
「わ、私もだ」
「え、ええー」
伽里奈的にも普段着にするには無理があるけれど、見た目は結構気にいっている。それを譲ってくれと言われても悩んでしまう。
「アンナマリーも?」
「いやー、その、王妃様も気になっていたじゃないか。そのくらいなかなか悪くなかったぞ」
「えー」
貰ったモノだから値段がどうこうという話ではない。あんまり着ることの無い服だけれど、愛着はある。
アシルステラに復帰して、誰も知らない服だから魔法学院に着ていっても女物かどうかなんか解らないから、どこかで着ようと思っていたところだ。
「まあやればいいんじゃねえか? 実家もまたお前に頼みたいらしいぜ。前にも言ったが、最近は女子高生まで卒業式で着るようだからな。来年に向けて撮影をしたいと言っていたから、また貰ってやる」
すぐ側の食卓で缶のレモンチューハイを飲んでいた霞沙羅が助け船を出してきた。
「えー、まあそういう事なら。あれでいいの? 洗ってるけどボクが何回か着てるよ」
「あれがいいの」
「私もあれがいい」
「そうなの? じゃあまあいいよ。明日畳んで箱ごとあげるから」
「「やったー」」
アンナマリーとシャーロットは飛び跳ねるくらい喜んでいた。そうまで喜ばれてしまうと、まあこれで良かったのかなと納得した。
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