今年最後のお勤め -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
今日も王都ラスタルの騎士団に料理を教えに来ていた。前回でサンド用のケチャップを作ったので、それをつかった焼きスパとしてのナポリタンを教えに来た。
麵を一旦茹でてからしばらく寸胴鍋にでも置いておいていいから作り置き上等。ちょっとパサついた麵でも鉄板で豪快に炒めれば、ケチャップが麵によく絡む。
これは豪快な感じに沢山作れるので厨房からは喜ばれた。腹ぺこな騎士達にもボリューム感たっぷりで好評だった。
そしてついでに王城の厨房では夕食用の一品をお願いされたので、次回は魚介を入手して貰う事にして、アリシアは城の外に出た。
「これはこっちの仕立屋さんで作った方がいいんじゃないのかな?」
今日もスーツ姿。出来はいいとはいえこれはコスプレ衣装。文明の差で、生地の質もいいし縫製もいいのでこっちの人にはそんな事情は解らない。
けれどこの服でお城の中をうろつくのは事情を知っているアリシア的には何となく申し訳ない気がする。
それにしてもこの服装のアリシアは城内でもやけに評判がいい。少女が男の服を着ているような外見だけれど、例のルビィの冒険譚のせいか、お城を訪れたご婦人方や職場としている女性の使用人達が寄ってくる。
女性寄りのどっちつかずというアリシアの特徴が服装を変えるだけで中性的に変化するようで、女のようであり男という特性が受けている。
そして
「解るわ~」
と口々に言われる。
これは身分違いの恋。
下手したら貴族の身分を捨てるんだぞ、という部分は置いておいて、退屈な屋敷という狭い世界の外から突然現れた異性への禁断のラブロマンスへの憧れというのは身分が明確にあるからこそあるようで、挿絵もない書籍だと文面からなんとなく想像するしかない男風アリシアが、実際見たら結構美少年な事が「解る」そうだ。
一見弱そうなアリシアはこの国の誰もが知っているとおり、剣も魔法も凄腕で強く、そして家庭的。今更ながら使用人でもいいから欲しい、と冗談半分のラブコールを受ける。
身分上は子爵ではあるけれど、屋敷持ちでもないので、家に置いて何日か体験したいとか、そういう話もされた。
美味しい料理も作ってくれるし。
それはともかくとして、いい加減王様とか、自分より上の貴族様の前に出るという事を心掛けた服装をしないといけないのかも、と考えてしまう。
とりあえず今後の料理問題もあるので、町で売られている食材を見る為に、食料品街に移動をしている。
その間も、一般市民の女性も振り向いていく状態。
昔は一風変わった人間を見るような視線も混ざっていたけれど今日は違っている。なんかちょっと熱が籠もっている。
劇団の公演もあるからだろうけれど。
英雄遊びをしている子供達はそんな事情を知らずに、アリシアに目もくれずその脇を通り抜けていくような町を歩いていると、突然の馬の嘶きやガシャガシャとした金属音、それと煙が上がった。
「なんだよー」
とても小さいながらも魔力も動いている。術的には【浮遊】関連。
建物の角を曲がると、一台の馬車と、それを挟むように位置していた4頭の馬が煙に驚いて、背中に乗せていた護衛の兵士を落っことしてしまっている。
そして目では見えないけれど、煙に包まれた馬車から、1人の少女が引きずり出されて、3人いた男達が【浮遊】系の魔法で、少女を抱えてすぐ側の建物の屋根に跳び上がった。
「しょうがないなー」
3人のこの行動は煙幕のせいで護衛も周辺の人も良く見えていないので、アリシアは自分の脚力で屋根に跳び上がると、魔法に慣れていないからか、割とゆっくり着地した3人に一瞬で肉薄した。
「【浮遊】は落下速度が落ちるからさー」
少女を抱えた男の死角に滑り込んで、アリシアは首筋を手で掴んで、かなり手加減した【電撃】を与えて昏倒させる。
「おっと」
何をされたのかも解らないだろう、あっけなく気絶して倒れ込んだ男の手から離れて転びそうになったどこかのお嬢さんを受け止める。
「これ、なんかのドッキリじゃないよね?」
劇団の公演もあるし、出し物かなと思ってしまった。それだったら台無しだ。
「いえ、急に襲われて」
「そっか、じゃあ残りも」
「な、何だこいつは!」
訳もわからず仲間の1人がやられてしまい、残りの2人がダガーを手にしてアリシアに迫ってくる。
しかしこの2人にはアシルステラ版の【龍昇風】を使用して、空中に巻き上げた後、地面に叩き落とした。
「じゃあボクらも降りるからねー。片手が使えないから、ボクにしがみついててね」
「は、はい」
片手でお嬢さんを抱いて、もう一方の手で屋根に転がった男の襟首を掴んで、【浮遊】を使用してゆっくりと地面に降り立った。
「お嬢様をお返ししますよ」
煙幕もすっかり消えて、馬は落ち着き、護衛の4名はアリシアからお嬢さんを受け取った。
「ああ、リアーネ、無事だったのね」
馬車の中からは一人のご婦人が出てきて、お嬢さんを抱きしめた。
2人ともかなり上質なドレスを着ているので、誰なのかなと馬車を見ると、現在の二つ目の将軍家であるファースタイン家の家紋がついていた。
この家はアンナマリーのエバンス家とはライバルでもある。2人はそこのご婦人とお嬢様という事になる。
「とりあえず首謀者っぽいのを引き渡しますね」
アリシアは掴んだままだった男を別の護衛の前に転がすと、そのまま確保となった。
「どちらの家の方ですか? かなりの腕前をお持ちのようで、素晴らしい」
「あの、この町出身のアリシアなんですけど」
「え?」
「だからどこかの家に勤めてるって訳じゃないので」
「アリシア」という名前を聞いて全員がアリシアの上から下まで確認した。これがアリシアなのかと。
そこにピーピーと笛を鳴らして、騒ぎを聞きつけた騎士達がやってきた。
ついでに事件が終わったのもあって、野次馬も集まってきた。
「どうした、何があった」
「あのー、この転がってる3人が、ファースタイン家のお嬢さんを誘拐しようとしてたみたいです」
「あ、アリシア、様ですか。貴方がやってくれたのですか?」
騎士の方はアリシアだと解ったようだ。食堂でナポリタンを配膳しているところにこの姿でいたからだろう。
「まあその、屋根の上から逃げようとしたのが見えたので」
「そ、そうですか、それはありがとうございます」
「こういうの、最近よくあったりするの?」
「いえ、そういう話は聞いていませんが」
「なんか魔工具的なモノを持ってるみたいなので、連れていく時に気をつけて下さいね」
騎士達は3人の男達を縛り上げ、適当に馬に乗っけて去って行ってしまった。
とりあえず魔工具類はさっと魔術鑑定をしてみたけれど、さすがに教科書に載っているような標準レベルの代物で、カナタが作るような高度な作りでは無かった。
だとしたら、恐らくどこかで買うなり奪うなりして手に入れたんだろう。それであればこの事件は国に任せればいい。
「それじゃあボクは行きますね。3人だけの単独かどうかが解るまではあまりお屋敷の外に出ない方がいいと思いますよ」
怪我人も無く、事件の処理も終わったので食料品街に向かおうとしたアリシアを、お嬢様が引き留めた。
「ア、アリシア様なのですね?」
「え、ええそうですけど、なんか近いー」
振り向いたアリシアのすぐ目の前にまでお嬢様は迫っていた。
「ありがとうございます。アリシア様がいなければどうなっていたか」
しかも両手をぎゅっと掴んでくる。
「折角の機会です。御礼をしたいと思います。ねえお母様、いいでしょう?」
「そうですね。これで帰してしまってはファースタイン家の名折れです」
自分みたいなのを誘う誘わないでは家名は折れないと思うけど、お嬢様と将軍婦人がアリシアを馬車に乗せようと引っ張ってくる。
「ええー、ちょっとー」
ちょっと強引すぎやしませんかねー、と思っている内に、馬車に引きずり込まれてしまった。
「屋敷まで」
将軍婦人は御者にそう言うと、馬車は動き出した。
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