その後のアシルステラでは -5-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
鎮魂の儀の話は終わり、続くアーガス第一王子からの依頼で、まだもう少しこの国に付き合う事にした。
よく解らない水が湧き出しているという岩場は大神殿から10分程度歩いた場所にあって、教団の敷地内。
戦いの神の使徒だけあって、神官達の鍛錬場にもなっている、そんな場所の一角。
最初は雨が降った後のどこかからの湧き水かと思ったけれど、何日経っても水の流出が止まないという。
「それがこれか」
岩場の隙間から、台所の蛇口くらいの量で、赤みがかかった水のようなものがちょろちょろと流れ出している。一見すると泥水のようでもある。
「この量なので大した事はないのだが、こんな事は今まで無かったので気になっているのだ。これは一体何なのだろうと」
「なんか色が気になるんです」
湧き水にしては色がついているし、ちょっと温度も高い。
「うーん、これは…」
「ああ、これは…」
これは何かというと
「温泉ですね」
「温泉だな」
「これが温泉なのか? しかしこれでは」
ザクスン国内にもここではない別の町に一箇所温泉があるので、アーガスも温泉くらいは知っているけれど、それにしても温度が低い。あとやっぱり水の色が気になる。
「鉄分を含んでいるんだよ。温泉は、これは私らの中では冷泉という扱いだが、地面の中にある成分を含んでるからな」
もっと深く掘ったら、出てくる水量も多くなるかもしれない。ただ、セネルムントほど豊富な湯量になるかはちょっと解らない。
水温は30度よりちょっと上くらい。水風呂とまではいかないけれど、温水プールより温度が高いくらいで入浴にはあまり向いていない。
「こういう時には」
誰か来るなと思っていたら、エリアスが突然やって来た。
「もう少し多く出してあげればいいのに」
「どうしたんだ、エリアスが急に来て文句を言っているんだが」
エリアスはこれの原因を知っているようだ。
「それはこっちの話よ」
「まさかとは思うけど、ギャバン神が関わってる?」
「そうね、かなり深いところに温泉脈があったのを、引っ張り上げてくれたようよ」
オリエンスが温泉で上手くやっているから、と2人にだけ念話で教えてくれた。
「まあその、ギャバン神からの贈り物のようです、この温泉は」
「この下にある岩盤が邪魔をして今は水量が少ないけど、もう少し深く掘って砕けば強く出るようになるわ。ただ、セネルムントの温泉のように、町中に配れるほどではないけれど、神殿と巡礼者や療養者へ振る舞う施設は運営出来るでしょうね」
「其方はエリアス殿であったな。ギャバン神からのものと、今言ったことは本当の事なのか?」
「ギャバン神は専門じゃないけれど、これでも昔は女神エリアスの巫女をやっていたもので」
巫女が言うので、信憑性が増してきた。
「こ、これは教皇様に相談をしなければ」
同行している神官も騒ぎ始めた。
確かにセネルムントという大きな前例があるので、この聖都にも温泉を与えてくれるのはあり得ない話ではない。それに大神殿の敷地内に急に湧き始めている事も大きい。
「お、おおそうか、遂に聖都ギランドルにもギャバン様が温泉をお贈り下さったのか」
アーガスを中心に、ギャバン教徒は喜びに湧き上がった。早速走って大神殿に向かっていった神官もいる。
「しかしこの温度、入浴するにはどうすればいいか」
「火でも焚いて温めればいいんだぜ。ウチの国でもそうしているし、冷たすぎるわけでもない温度だから、このまま源泉を注いだちょっと冷たい湯船も用意して、交互に入浴してもいい。セットにすることで長風呂も出来るし、暑い夏には丁度良さそうな温度だしな。折角神がくれたんだ、しっかり使ってやらないとな」
アーガス的にはギャバンからの贈り物に手を加えるのは恐れ多い、と思ったが、中途半端に使う事の方が失礼だ。人々のために使ってこその温泉。温度が低いなら温めたっていいのではないか。
霞沙羅の言うとおり、ギャバンはこのまま使えと言っているわけではない。エリアスの言うとおり、我らの神はわざわざこの地に温泉を掘り出してくれたのだ。そんな事は承知して下さっている。
実際、セネルムントでは逆に熱いので適温まで冷ましているわけだ。温度調整が悪いはずがない。
「カサラ殿は面白い事を言うのだな。なるほど、夏の件も含めて検討してみよう」
実際は教団が設備を作るのだろうが、霞沙羅の話は具体的でいい。そこまで冷たいわけではないのだから、源泉の使い方も面白い。夏ならぬるいお風呂に浸かるのも悪くないかもしれない。
色々と話しを聞いていくと、この赤いというか茶色の温泉に有難みが出てくる。ギャバン教の色は赤だ。ギャバン神からの賜り物としてはなるほど、納得出来る。わざわざこの色の温泉を選んでくださったというわけだ。
温める方法については教団や魔法学院に相談しよう。
そして可能なら鎮魂の儀に出席する各国からの来賓達へのおもてなしとして、入浴施設を設置してもいい、とアーガス第一王子の心は弾むのだった。
* * *
「温泉だったのですね」
大神殿でお留守番だったプリシラ王女は魔法学院にはついてきた。アーガス第一王子の方は、温泉の使い方についての緊急会議が開かれたので、学院への案内は王女が担当してくれた。
「しかもわざわざギャバン様が掘り当ててくれたのですね」
敬虔なギャバン教徒であるプリシラも、今回の温泉には有り難いと喜んでいる。
裏事情については、セネルムントの温泉に霞沙羅が絡んで、更なる有効利用が始まることに対して、これはまずいなと思ったギャバンが、ギランドルでもと思って、温泉脈に手を出したと、エリアスはこっそり教えてくれた。
しかもこっちの温泉にも霞沙羅の知識が反映されるだろうから、湯量の問題で大規模な開発は出来ないけれど、今後の聖都ギランドルの象徴の一つとなる可能性はある。
「エルナークが持ってた魔工具とかの研究は進んでるの?」
「いえ、謎の魔術が使われているので、あれ以上は全く」
「まあ私らも時間が無くなってきたから、今日の所は魔術基板だけ見せて貰って、こいつにでも結果を持ってこさせるぜ」
「他国の事件で出てきた魔術道具を見せて貰うんだし、そのくらいのお返しはするよ」
後日にはスープカレーを教えに来るので、間に合えばその時に、無理そうならさらに後日にはなるけれど、資料を纏めてここの賢者達に渡そう。
「同盟国同士だしね」
魔術学院どうしの仲も悪くない。
その魔工具はまだ研究中なので、宝物庫ではなく、研究室用の保管庫に入れられていたので、、そこで魔術基板を写させて貰う事になった。
「石の作り方は解らないが、これを持っている人間の警戒と、あとは」
「魔族でないとレラの目は使えませんから、この腕輪でまた誰かを魔族と組ませることも考えられますね」
「バングルの件もあるから、重要なのは腕輪だな」
霞沙羅は腕輪を手に取って、魔術基盤を空中に浮かび上がらせて、それを写真に収めた。
「地球のだな」
「まあそうでしょうねえ」
巧く誤魔化されているけれど、地球製の術式だ。
これはまたカナタの仕業。向こうの本当の能力は解らないけれど、相変わらず見事な誤魔化し方だ。
アリシアの方は幻想獣の石とレラの目の連結が気になるので、そちらの魔術基盤の画像を撮った。
「カサラ殿には解りますか?」
訊いてきた研究担当の魔術師には何も解らないはずだ。
「ああ、かなり複雑だがな」
あとは腕輪には、魔工具製造時に魔術基盤と魔力の流れを確認するための方法で、微弱な魔力を流し、構造を確認した。
「魔術基盤、本体製造のクセ、向こうの腕輪と同じ人間のものだな。仕方ない、年末年始の時間を使って日本のものと一緒に見てみるか」
王女と担当者に礼を言って、2人は館に帰っていった。
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