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入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -4-

 モートレルにはあまり行かないと決めても、領主であるヒルダから食堂のメニューの件でお呼び出しがかかれば出頭しなければならないのが悲しいところだ。


 今日は野外演習で作ったホワイトシチューとピザパンを頼まれた。土台作りが必要になる本当のピザとなると調理に時間がかかるのでまだ少し先になりそうだ。


「ホワイトソースから派生する別の食べ物があるんですけど、この人数を相手にどう出せばいいのか悩むんですよねー」


 真っ先に浮かぶのはグラタンだ。アシルステラでも冬なんて季節はいつの間にか来てしまうので、どうにかやりたいのだけれど、この時代では色々と問題がある。


「穴の開いた麵ていうか、円筒状の麵があるじゃないですか、あれとポテトとかキノコとかお肉とか魚介とか、そういうのを敷いてホワイトソースをかけて、刻んだチーズもかけて、それをオーブンで焼く料理があるんですよ。焼きたてで食べる熱い食物なので、冬にはいいんですよね」

「美味しそうね」

「普通は一人分を陶器の入物で作るんですが、二、三人分ならまだいいんですが大人数分を一気には作れないからお昼ご飯には捌ききれないし、仮に大人数分作ったのを分けると見た目が美味しそうに見えないんですよねー」


 陶器の器に一人分ずつ出てくるから、表面の焦げ目が映えるのであって、分割してペチャッとお皿に盛るとかなり悲惨なビジュアルになる。味は変わらないけれど、表面に出来るあの焦げが美味しさを演出するのだ。


「普通のスパゲティーでやるのが早そう」


 炒め終わったスパゲティーにソースとチーズをかけて、ちょっと表面に焦げ目がつく程度オーブンに入れるとかすれば、時間短縮になるかもしれない。


「夢が広がるわね」


 夢かどうかは解らないけれど、食堂のメニューが増えるのはヒルダにとっては望むところだ。


 そうやって次以降の料理の説明しているウチにシチューは出来たので、昼食時間にあわせてピザパンを焼いていけば今日はおしまい。熱々のオーブンが出番を待っている。


「何か外が賑やかですね」

「今日は劇団が町中を練り歩いているのよ」


 演劇自体は昨日から公演開始となっていて満員御礼だが、それでも宣伝で役者さん達が町を歩いているようだ。


「自分の昔の話を劇でやってるのって、本人的にはどうなんですか?」

「恥ずかしいわね。おまけに今回の演目がレイナードとの話じゃない? でもそれで町が賑やかになっているのなら仕方ないわね」


 公演前にはこの夫婦のところにちゃんと役者さんが挨拶にも来ているので。ヒルダ公認の演劇という事になっている。どうせ町の人は皆知っている話だし、今更隠す事も無いか、と黙認中だ。


「あなたは見に行ったの?」

「時間があれば、って所です」


 主役はヒルダ、自分は脇役。ルビィが執筆している冒険譚を参考に作られている脚本らしいので、アリシアはレイナードと仲が悪かったり、色々と愚痴を言っている格好悪い話と聞いた。中でも一番格好悪い花屋での一件が書かれていないのがまだ救いだ。


 レイナードもややキザで上から目線のお坊ちゃんだったりするけれど、それはこの町に住んでいるある程度の年齢以上の人なら知っているから、今となっては懐かしい笑い話だ。


 でもまだ5年くらい前の話。レイナードもあれから随分変わった。子育てもしているし、先日の演習で騎士団の運営のことを色々と考えていたくらい、大人になった。


「じゃあそろそろ」


 厨房担当者の経験からそろそろピザパンを始めようという時間になったので伽里奈はパンの乗ったトレイをオーブンに入れた。


  * * *


 昼食後に伽里奈は一応劇場を見に行った。町に何か落ちていないかの確認もあるが、住民を装うのであれば話題には乗っておかないとダメだ。


 王都の劇場と比べれば建物は小さいけれど、市民に娯楽を提供する数少ない場なので、ちゃんと維持管理はされて、いつでも劇団や楽団を受け入れられるようになっている。


 そんな劇場の入り口前には次の公演を待っている人が並んでいたり、役者さん達が役の服装のままで呼び込みをしていて賑やかにやっていた。


 役者の中には赤い髪でポニーテールの女の子がいるので、あれがアリシア役だろう。今日は衣装もしっかり着ているから、アリシア本人が見てもいいセン行っていると思える程だ。とても可愛らしい。


 残念ながら今回の脚本では脇役ではあるものの、アリシア役として町の人から声援を送られている。大工さんがが喧嘩をするほどの人気女優なのだ。自分も子供の頃はこういう芝居を見るのは好きだったから、観客側の気持ちも解る。


 冒険者ギルドの仕事ではないけれど、ライアの知り合いの頼みで、演劇の端役をやった事もあったっけと懐かしく思う。勿論アリシアは女の子の役だった。


「おう、伽里奈じゃないか。どうした?」

「アンナマリー達は町の見回り?」


 劇場前を見ていたら、アンナマリー達に声をかけられた。


「ちょっと事件があってねえ、警備を強化しているところさ。折角劇団も来ているんだし、安全に講演をして欲しいしねえ」


 ーええ、よく知ってますとも。


警備強化の話は、魔力感知の練習中にアンナマリーから直接話を聞いた。魔力感知なんて言いだしたのはその件があったからだ。


 ただ、感知が出来るだけだから霞沙羅は、見つけたらすぐに上の人間に報告するようにとアドバイスしている。最近のアンナマリーは霞沙羅の事をかなり尊敬するようになったから、多分無理はしないはずだ。


「たいちょー、例の剣士のことを訊いてみてはどうでしょうか」


 相変わらずマイペースなサーヤが提案をしてきた。


「ああそうだね、カリナ君。恐らくどこかの宿にでも泊まっているんだと思うが、このような剣を持った少女がいたら連絡をくれないか?」


「剣を持った女の子ですか?」


 紙には剣と鞘が描かれていた。それはアリシアの魔剣だ。この剣を近くで見てきたヒルダに見られたのだから、ほぼ正解の絵だ。


「あの子じゃないんですか?」


 アリシア役の女の子もなんとなく似たような模造剣を腰に差している。冒険者を始めて半年くらいではあんなモノは持っていなかったけれど、アリシアと言えばコレ、と劇ではそれほどこだわっていないのかもしれない。


「お前な、あれはさすがに違うだろ」

「確かに、他の人間にも言われたよ。つまりまあ、アリシア様の魔剣にそっくりのモノを持った人間がいるらしいんだよ。ヒルダ様が直接会ったから間違いはないみたいでね。おまけに暗闇からの不意打ちも避けたそうだから相当の腕の持ち主だそうだ」


「案外カリナ君だったりしてー。あははー、冗談冗談」


「少女は犯罪者ではなく、ヒルダ様が事情を確認をしたいだけだからそう警戒する必要は無いだろうね。とりあえず見かけたら連絡を貰えるかい。捕まえる必要は無いから」

「ええ、解りました」


そろそろバレた後の事を本気で考える必要がありそうだ。


  * * *


 ついに霞沙羅の出張日程が決まった。来週一週間は家を空けて、横浜界隈で起きている事件の協力を行うそうだ。


「なんか土産はいるか?」

「あの土地はいい土産があるようでいて無いのう。美味い酒があるわけでもなし」

「メロンとかどうです?」

「茨城のか? 今度夕張のを買ってやるぞ。パフェにしようぜ」

「ピーナッツは?」

「あれは千葉だぜ。まあなんか適当に買うか」


 霞沙羅の出身は横浜なので、中華とか洋菓子とか色々とあるはずなのだが、いまいち思いつかない。現地でどこで食べればいいかと言われれば色々と候補は挙がるのだが。


 逆に北海道土産は色々とあるのでお土産にはあまり悩まない。


とりあえず軍の人間に売れ筋を聞けばいいかと土産品談義はあっさりと終わった。


「霞沙羅さんがいない間はあのネコはどうするんだ?」

「館の方で預かるよー」

「なんだ、ネコ嫌いがネコの心配か?」

「いや、さすがに心配になるって」

「貴族の娘よ、あやつは誰かの部屋で寝るからそう心配するでない。無論お主の部屋には行かぬよう言い聞かせておく」


 ネコには近寄ってきて欲しくは無いけれど、毎日顔を合わせる同じ館の住民として愛着は湧いてきている。そんな黒ネコもさすがに居場所は確保されているのが解って、アンナマリーはホッとした。


「それで、そっちのゴースト騒ぎは一晩で終わりか?」

「ええ、あれ以降は何も出ていないんだ」

「とりあえずだな、お前は剣の手入れを欠かすなよ」

「わ、解っている」


アンナマリーはまだまともな神聖魔法は使えないけれど、隊長のオリビアはそれなりに習得しているので、ゴーストと対峙する際は【神聖剣】で疑似聖剣化して貰わないとダメだ。


「しかし、習得するなら神聖魔法を優先した方がいいんじゃねえのか? 騎士団は信心深いのが多いそうじゃねえか。初級くらいなら信仰心の問題だから正式な神官である必要もねえだろ?」

「アンナマリーは戦いの神様だったよねー」

「騎士の家系はギャバン教徒が多い。私も定期的に神殿に祈りを捧げに行く程度の信仰はある」

「治癒、状態回復、除霊、このセットは身につけて損は無いだろう? かく言う私もある程度は身につけているしな」

「初期の神聖魔法は魔術と違って大きい制約も少ないしね。アンナマリーは信仰心もちゃんといあるみたいだし、騎士であるなら身につけた方がいいかなー」

「まがりなりにもそやつは戦いの神であろう? 小娘のような者を加護する存在があるのなら、遠慮なくその力を借りるがよい。小僧よ、何か一つでも祈りの言葉を伝えてやるのはどうじゃ?」


 と、別世界の神様が仰るわけだけれど、騎士には多くのギャバン教徒がいる事もあって、簡単な治癒魔法が使える騎士も少なくはない。本職の神官も騎士団に力を貸してくれているけれど、予備として使えて損は無い。アンナマリーは屋敷で神官から学んできているから、一度練度を確認してそれをフォローすればいい。


「そういうことなら」


 琥珀の発動体をあげたことはひとまず置いておいて、まずは騎士として覚えておいて損は無い神聖魔法の習得を優先することに決まった。

読んで頂きありがとうございます。

評価とか感想とかいただけましたら、私はもっと頑張れますので

よろしくお願いします。

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