温泉とヒーリング -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
ある程度自分の部屋の形を整えた榊は、年末だというのに別の地区へ出張があるようで、そうなるとやどりぎ館からは通えないので、実家のある神奈川に帰っていった。
「あいつはモートレル以外は興味が無いようだな」
「まあそうでしょうね」
別にアシルステラの世界観に興味があるわけではなく、そこに住んでいるヒルダとハルキスという強い剣士に興味があるだけだ。
今日はセネルムントに湯ノ花の採取にやって来たけれど、そんな事に付き合うほど榊が興味を示すことはなかった。
「温泉は好きなんだがな」
遠距離恋愛だけれど、割と良く温泉に行っているという話は聞いている。それも箱根や湯河原のように観光地だけでなく、横浜などの無理矢理温泉を掘り当てたスパにも行っている。小樽に住むなら定山渓や登別や湯ノ川に連れて行ってくれと、意味深な発言をされた。
そういう時は遠慮なく2人で行ってきて欲しい。
「ここの温泉は泉質もいいぜ。教団の中心地にあるっつう立地もいいよな。こんな文明なのにちゃんと管理されているしな」
聖都といっても観光地化していて、他宗派の人間だろうと町は受け入れてくれるのだから、整地巡礼だけでなく、人は安らぎを求めて集まってくる。
冒険者ギルドの仕事は王都ラスタルよりは少なめだけれど、旅の途中でわざわざここに寄ってしばらく滞在していく冒険者もいる。
丁度アリシアと霞沙羅の横を、冒険者パーティーが通り抜けていったけれど、朝風呂でも行ってきたのか、ギャバン教の神官がほっこりした顔をしていた。
余程温泉が心地よかったのだろう。旅か仕事で疲れているだろうし、ちょっとくらいゆっくりしていけばいいと思う。
イリーナを連れて大神殿まで行くと、湯ノ花採取に興味を持っていたマーロンが、タウを連れてやって来ていた。
「カサラ殿、久しぶりだな。先日はガーディアンからラスタルを守ってくれたようで、改めて礼を言う」
「いえ、まあ、こちらも研究対象物が手に入ったわけで」
正直いってラスタルのために動いたわけではないので礼を言われても困るところではある。
「カサラ殿の噂は近衛騎士団の女性騎士隊にも広まっている。もし良かったら一度彼女らと手合わせしてやって欲しいくらいだ」
いやー、さすがにそれはないかなと思うけれど、社交辞令で「機会がありましたら」と返しておいた。
「それでは採取を始めさせて貰います」
挨拶はそこそこに、早速お湯を冷ますプールの前にやって来た。
ここには元々は貯まった湯ノ花を撤去するために、作業場としての板を渡せるようにしてあるので、今日はこの作業のために2本の足場が置かれている。
用意して貰っているのは、プールの底に沈殿した湯ノ花をすくい上げるスコップとそれを一時的に貯める桶。そして、乾燥させるための薄いトレーがある。そして乾燥させるための場所として、風通しのいい小屋を建てて貰っている。
小屋用の木材は、以前の火山対策の時に切り倒した物を使っているので、入手しやすかったそうだ。
乾燥のために雨をしのげればいいので、建物としては簡易的で、中にはトレーを置くための棚を、神殿の敷地内に用意して貰っている。
採取については、プールの管理担当として、時々湯ノ花の撤去作業をしている神官に手伝って貰って、とりあえずこの2本の板のエリアで取れるだけ取って貰って、桶からトレーになるべく薄くなるようにねっとりした湯ノ花を敷いた。
「これを小屋の中の棚に置いて貰って、乾燥したら剥がして、固まっているようなら砕いて粉にしてくれ」
採った部分にまた湯ノ花が充分に貯まるのには数ヶ月かかるので、同じ所ではそう頻繁には採取することは出来ない。
湯量はとても多いながら、湯ノ花の方は大盤振る舞い出来るほどの量にはならないので、入れ物を含めた運用は教団で決めて貰うしかない。
「これが使える物だとは思ってもみなかった」
マーロンも含めて、白いけれどドロドロしているから土か何かだと思い込んでいたけれど、温泉の成分の塊だった。今更ながらずっと捨てていたのが勿体ないと思っている。
湯ノ花を採っても、元々使っていなかったので、温泉そのものの運営には影響がない。
この事については教皇も、教団の上層部も、オリエンスに懺悔したそうだ。
「とりあえずこのトレー1枚分くらいは今乾燥させるぜ」
湯ノ花を乗せたトレーが続々と小屋に運ばれいていく中、霞沙羅は1枚だけトレーを残してもらい、風の魔法で丁寧に水分を飛ばして、バラバラにして湯ノ花の粉にした。
それによって湯ノ花は、用意していた壺の数個分を満杯にする程度の量になった。これなら前回と違って余裕で人に配布することも出来る。
「これなら我が父にも持っていってやれる」
アリシアやイリーナならまだしも、一般の神官にお風呂一杯分の温泉を持っていかせるとか、随分と無茶をさせてしまっていた。
でもこれなら壺一個分で何回でも入浴出来る。そうなれば好きな時に温泉を味わうことが出来る。
湯ノ花を使う際の湯船に対する注意事項も霞沙羅から説明があった。
「これも温泉と同じ物。折角の賜り物を教団とオリエンスを信じる者のために広く役立てていかなければなりません」
ちょっと用事で席を外していた教皇も遅れてやって来た。
「その為にアリシアには協力をしていただかないとならない」
ずっと蚊帳の外だったところ、急に話を振られてアリシアは戸惑った。温泉の件でこれ以上やることは無い気がする。
「え、ボクですか? お風呂の入り方とかですか?」
「いえ、まだモートレルとの間だけですが、あの小規模施設への転移装置ですよ」
「あー、あれですか」
あれは、宝石を加工して元の形に戻す作業は高位の魔術師であるアリシアにしか出来ない。
「我が父がアリシアに、魔法でもない、足の裏に何らかの処置をして貰ったと聞いた。それも教団のために教えてはくれないか。あれ以降、父は入浴する度に、自分で脚を揉んでおって、それで調子がいいらしい。温泉でなくても、お湯さえあれば出来るのであれば、それを神官達に習得させ、我が国だけで無く広く人の役に立たせたい」
「そうですか、まあそんな大層な話でも、ないですけど」
また宿題が増えてしまった。
足つぼや、脚のマッサージは主にフィーネがせがんでくるので、習得しているから何とかなるだろう。
「こいつはマッサージが得意だからな。私も寝落ちするくらいにはな」
「この方がそこまで言うのであれば、アリシア、期待していますよ」
「霞沙羅先生、ハードル上げないで下さい」
「しかしカサラ殿。これは王としての命令では無く、マーロン=レス=フラム個人からの私的な依頼なのだが、一曲お願い出来ないだろうか? 教皇やイリーナ君からもかなりの評判とのこと。今日はこのセネルムントに来て貰って、更に依頼をするのは申し訳ないが、私も一度聴いてみたいのだ」
「まあいいのですが、今の所失敗しないのは一曲しかありませんぜ」
「構わん。もしくは其方の国の曲でも構わない。弾きやすい方でよい」
「そうか、じゃあまあ」
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