入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -2-
「うわわわ、危なかったー」
伽里奈は一瞬で部屋に戻ってきた。
「あらどうしたの、急に回収しろだなんて?」
エリアスは伽里奈のベッドに寝転んで、伽里奈が脱いでいったパジャマを抱いていた。
「ヒーちゃんに剣を見られちゃった。そっかー、いつも味方側にいるからそういうのを見られるって考えが無かったよ。【暗視】も教えちゃってるしねー」
アンナマリーに言ったのと同じ発想で、剣士のヒルダとハルキスには剣技の補助となるように魔法を教えてある。二人とも強力な魔剣を持っているから、エンチャント系は使う機会が殆ど無かったけれど、行動補助系は忘れずに使うよう指導していた。
「もー、なんでヒーちゃんまで出てきたんだろ」
伽里奈は目の前にある自分のベッドに座った。時間にしては15分程度だったけれど、最後の最後でちょっとまずい事になった。
「領主なんて、大きい事件でもなければ夜は寝ているモノなのにー」
本当に行動が早かった。そもそもヒルダが来るとは思っていなかったのに、あんな短時間でやってくるとは。しかも英雄様が直々にお出ましとかあり得ない。そう考えるとあの町で何かを警戒する事案があるのだろう。
「うー、気になる」
「アンナが心配なのは解るけれど、ちょっと深入りは止めた方がいいわね。それとも英雄としての勘?」
「どっちもー。う、うーんとりあえずあんまりあっちに行くのはやめた方がいいかなー」
「私も時々見ておくから、何かあれば相談するわ」
「うん、解った」
「私もそろそろ考えないとダメなのかしらね」
「ごめんね」
「そんな事はないわ。もうそういう時期なのかもって話。まだあなたがばれたってワケじゃないんだから、しばらく様子を見ましょう」
ーこれは一波乱あるのかなあ。
そんな伽里奈の心配を余所に、朝になって帰宅したアンナマリーは特にこれといった話題を言うことも無く、朝食を食べるとそのまま寝てしまった。
だからといって何も無かったという話ではないだろうが、そもそもモートレルでの事件を、向こうの住民でもない伽里奈に教える必要など無いのだ。
騎士団での食事の話も伽里奈に用事があったから言っているだけで、例えば町の周辺でモンスターが出たから討伐に行ってきたとかそういう話も出たことは無い。それなら変にこっちから詮索しない方がいいだろう。
* * *
一方ヒルダの方は昨晩のゴースト騒ぎに関して、ギャバン教の神官を呼んだり、魔法学院分校の教師を呼んだりと情報収集に努めていた。
それからモートレルに宿泊している冒険者の中に例の剣士がいないかと、各宿屋に人をを走らせたが、該当するような人物は見当たらなかった。そもそも、剣士として名高い英雄ヒルダが繰り出した、暗闇からの突進を避けられるような冒険者がそうそういるのだろうか。
「世界はまだまだ広いという事カ?」
「だったら魔女戦争の時にいてもおかしくは無いと思うけれど」
事件は魔術に関わるモノであるし、お互いに知っている人物のこともあるので、通信用の鏡を使ってルビィに相談をしていた。
その剣士の仕業かどうかは解らないけれど、どこからともなく【神聖剣】の魔法を掛けられたという団員からの証言もあるし、突如飛び込んできてスケルトンを粉砕したという目撃者もいるから、かなりの手練れだと予想出来る。
魔女戦争が終わってからわずか3年と少し、とはいえ、それだけあればメキメキと腕前を上げる人物がいないかというと、そんな事はない。
可能性は充分にあるが、冒険者ギルドからはそんな強烈な人物の情報は入ってはいない。もし他国から最近来た人物だったとしても、冒険者や旅人から噂が流れてくるはずだが、そんな話も聞いていない。
「それに私が見間違うはずはないんだけど、あれは間違いなくアーちゃんの魔剣だったわ」
「アーちゃんに憧れる剣士が同じような形の剣を作らせたとカ? 本人なら逃げる必要も無いし、ヒルダに協力するだろうシ。持ち主の方は見た目が違うのだろウ?」
「髪型も髪の色も違っていたわ」
「案外劇団の子だったりしテ」
「劇団の子は今回の公演で初めて来たわけじゃ無いのよ。それはさすがに無いでしょ」
現れたタイミング的にはあっているけれど、もう何度も公演で来ているし、明らかに一般人なので、劇団のアリシア役が剣士の正体というセンは考えられない。
そして事件の方はといえば、現場に残された物はゾンビ化した冒険者1人の遺体と、それが持っていた魔法の杖だけだ。
遺体については、剣士に「9番の依頼を受けた冒険者」と言われたので、一応誰なのかと探させている。
「9番依頼は時に変なのが混ざっているからナ。残念ながら実力を勘違いしたのが引っかかる事もあル」
「それで、学院の方はどうなの?」
「王者の錫杖は情報無しだ。宝物庫には侵入された形跡もなイ」
先日、王者の錫杖という曰く付きの魔工具が、魔法学院が管理する宝物庫から忽然と消えていることが解った。定期的に貯蔵品の確認は行っていながら、いつの間にか無くなっていた事が大問題になっている。
王者の錫杖は100年前に突如現れた極めて強力な魔工具で、これを手に入れた人物が、とある領主の治める土地を一夜にしてワグナール帝国と称する国に書き替えてしまった。
帝国は魔女戦争開始時にあっさりと魔女の手で滅ぼされてしまったが、王者の錫杖はアリシアの思いつきで、魔女軍団の手から奪取した。その結果、王都ラスタルに持ち込まれた錫杖は、魔法学院の宝物庫に厳重に封印されたという、英雄6人に因縁のある魔工具だ。先日の食事会の時に触れたのだが、3人からの情報も今のところ無い。
「どこで使用されるか解ったモノじゃないからナ。ヒルダも注意してくレ」
「解っているわよ」
錫杖に刻まれている術式、魔術基板はこの大陸のどこにも存在していない謎のモノで、多くの研究者でも刃が立たなかった。その力は状況的に、なんらかの「洗脳」系だということしか解っておらず、有効な対策方法は見つかっていない。
「アーちゃんには申し訳が立たないなア」
魔女に悪用されるんじゃないの、とアリシアが言い出して、帝国を滅ぼした魔女が全世界に向けて宣戦布告をしている途中というタイミングで帝都に転移で乗り込んでいって電撃的に奪い取ってきた。まさに自分達6人にしか出来ない偉業だった。
何と言っても帝国の誕生にまつわる最重要アイテムだ。あんなモノがまた使われると同じ悲劇が起きてもおかしくはない。
「事態の重さから賢者達も動いていル。悪いが小さな情報でもあったら連絡をくレ」
あまりにも危険なアイテムなので、王者の錫杖が盗まれたことを国民に公表することも出来ないのが辛い所だ。だから学院としても王宮としても一部の人員のみでの捜索となってしまう。
「いっそのこと犯行声明でもあれば楽なのだガ」
ぼやいても仕方が無い。今は学院のネットワークを使って調査を続けるしかない。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。