入居者のお手伝いは管理人のお仕事 -1-
アンナマリーは今晩は夜勤の為、少し早めの夕飯を食べてやどりぎ館を出ていった。お腹が空くだろうから、夜食としてハムとタマネギのサンドを作って持って行かせている。
「何回か冒険者ギルドに行ってるんだけど、なんか気になるんだよねー」
伽里奈は自室でエリアスに相談をした。
冒険者ギルドにあったゴースト騒ぎは一応の収束をみたようだが、そもそもあんな所でゴースト騒ぎがあったとか、場所柄、噂話では定番の話としてあったけれど、実際に発生したという話は聞いた事は無いことがずっと気になっていた。
「そうねえ、私も利用出来るモノは利用したけど、あそこの遺体は随分と撤去されているから、騒ぎになることはないでしょうね」
「だよねえ。ちょっと町を見てきていい?」
「どの姿で?」
「その言い方、何か服があるんだね?」
エリアスはクスりと笑うと、一旦自分の部屋に戻って服を持ってきた。股くらいまでの短いコート、短いプリーツスカート、その中に履く短パン、黒のガーターストッキングにロングブーツ、肘までの手袋。全て白で統一されているが、目の所だけ開いている覆面は赤だ。
「かわいいでしょ」
「いいんじゃない。これならボクとかわかんないよねー」
寝間着状態だった伽里奈は早速渡された服に着替え、愛用の魔剣を手に取った。
「伽里奈こっち向いて」
「もう」
エリアスに何枚も写真を撮られたあと、裏口からモートレルに出ていった。
「何かあったら呼びなさい。回収はするから」
「うん、任せるよ」
* * *
モートレルの町はもう飲み屋も終了し、皆寝静まっている時間だ。解ってはいたけれど、久しぶりに見るモートレルの夜は真っ暗だ。明かりと言えば夜勤の警備が持っている松明やランタンくらいしかない。
まず伽里奈は魔剣から発せられる黒い刃を鞭のように変化させて、ギャバン教の神殿にある鐘の塔の柱に引っかけて跳び上がった。
元々は単に黒い魔法の刃が出るだけだったが、霞沙羅に改造してもらい、黒い刃を変化させて鞭やワイヤーのように使えるようにしてある。
「やっぱり気にしすぎかなあ」
【暗視】の魔法で暗闇での視界を確保しているけれど、高い場所からでも変なモノは見えないので、町全体への魔力感知に切り替えた。
「何も、無い、訳ないなあ」
城壁には周辺の魔物を探知する装置が設置されているけれどそれは無視をして、別の魔術的な反応を探す。そこでとても小さな反応を何カ所か発見した。
「何だろうなあ」
あまり大きな力ではないので、近寄って確認したい。とりあえず一番近くにある建物に向かって神殿の屋根から移動する。
着地したのは誰かが経営しているアパートの屋根。地面を歩くと警備兵に見つかる可能性があるので、安全策を取った。
「近くを歩いてるし」
5階建てのアパートの上なのでさすがに地面からでは伽里奈の姿は見えない。夜の見回りをしている警備兵4人組は魔術的な反応を気にせずに歩いてくる。
「召喚系かな?」
小石くらいの小さな物だ。地面に降りて回収しようにも、騎士団に見つかってしまうから、4人が行ってしまうのを待ってからと思っていたら、1人が踏んでしまい、それを発端に召喚魔法が発動した。
「死霊術かな?」
カメラのフラッシュのように一瞬だけ光り、そこから死霊の一種であるゴーストが3体現れた。
突然の事に兵隊達が慌てるが、持っている武器は何の加工もされていない普通のモノ。これではゴーストの相手は出来ない。
「仕方がないなあ。ボクはギャバン教徒じゃないけど」
伽里奈は一時的に対魔の力を付与させる【神聖剣】の神聖魔法を4人の武器に仕掛けてやる。自分が出ていかなかったのは、それと同時に町のもう一カ所でも、こちらはやや大きめの降霊魔術が発動したからだ。
【神聖剣】を掛けたからここのゴーストは4人に任せて、伽里奈は体を軽くする【浮遊】の魔法を使用して次の目的地へ跳躍する。
高く跳び上がりながら着地点を決めて、【風の衝撃】の魔法を推進力にして高速移動を行う。
目的地には別の警備兵達がいて、ゴーストではなく5体のスケルトンと対峙している。それもどこかの戦場で死んだ戦士の亡骸だ。実体があるから普通の武器でも対処は出来るが、なまくらではスケルトンの魔力が尽きるまでは破損箇所が修復してしまう。
「あっちのは後にして」
スケルトンがいる近くの建物の上にも一つの魔力反応があるけれど、とりあえずは対処が出来無いであろう兵士達の援護に向かう。
ー何でこんな事やってるんだろ。
もう冒険者でもないし、自分が住んでいる町でもないのに、館の入居者であるのアンナマリーが働いている町ってだけなのに、と心の中でツッコミながらも現地に到着する。
案の定、騎士達は武器を構えながらも距離を取るだけで、攻撃に移っていない。自分達の武器では結局どうにもならないことを知っているからだ。
「聖水を持ってくるか、神官さんでも呼んでくるんだねー」
伽里奈は黒い刃を鞭状に長く伸ばし、5体たスケルトンを一閃。魔剣の攻撃を食らい、スケルトンは砕けて倒れるとそのまま灰のように崩れ落ちた。
スケルトンが終わったのを確認し、伽里奈は建物屋根に跳び上がる。あと1体いる。
「これ、人じゃないじゃん」
ボロボロの服を着て、粗末な杖を持った人物が伽里奈に向かって1体のゴーストを打ち出してきたが、魔剣で一閃。そのまま肉薄すると、鞭状の刃で拘束する。
「何でこんな所にいるんだよー」
伽里奈が拘束した相手は、知り合いではないが、少し前にギルドで出会った冒険者の1人だ。なぜ覚えているかというと、あの時9番の依頼を意気揚々と掴んだ人物だからだ。
あの後に何があったか解らないけれど、この人はもうダメだ。
「何か伝えておく事があれば聞いておくよ」
彼はとっくの前に死んでしまっていて、肉体も朽ちかけているゾンビにされている。更に持っている杖によってスケルトン等を生み出す降霊術の触媒にされていて、劣化が進みもう保たない。
冷たいかもしれないが、まだ意志が残っているのなら言いたい事を聞いておく、と伽里奈は言った。
「な、仲間を、まだ、生きて、いるなら、助け…」
「解ったよ。探してあげるよ」
ーあの時殴ってでも止めておけばよかった。以前のボクならやったんだろうけど、悪かったね。
やっぱり9番を受けるには能力が足りなかったのだ。1人ベテランの魔術師がいたから何とかなるかと思ったのだけれど、ダメだったのか。そもそも依頼主は最初から彼らを何かに利用しようとして集めたのでは、と勘ぐってしまう。
「すま、ない…」
「おっと」
伽里奈は危険を察知して、この冒険者の拘束を解いて、距離を取った。今いた場所を一人の人物が猛烈なスピードで駆け抜けていった。
ーヒーちゃんか、なんだってこんな夜に出てくるんだよー。
「よく避けたわね」
ヒルダが持っているのは普段使いの魔剣。城壁を一撃で粉砕するロックバスターに比べて切断能力がアップする能力しか無いけれど、小さい分取り回しがよくて速度が出る。乱戦や狭い場所で使っていた剣だ。
「見ない顔だけど、こんな夜に何をしていたの?」
「ゴースト騒ぎで目が覚めてね。元々ゾンビだったけど、彼が何かしてたみたいだよ。させられてたのかもしれないけど」
ヒルダは屋上に転がった冒険者の死体を見て、もう動かない事を確認してから伽里奈の方に視線を移した。
「とりあえずちょっと来て貰えるかしら。多少の腕は立つようだけど、このヒルダから逃げられるとは思っていないでしょう?」
普通考えればこの状況でヒルダから逃げられると思うような人はいないだろう。だってヒルダは、伽里奈が教えたとおりに【暗視】の補助魔法を使っているから暗い町であっても追いかけてくるし、剣の腕前は大陸でも五指に入る。馬で逃げても追いついてくる体力と脚力の持ち主だ。
この距離なら暗殺者であっても相当の実力が無ければ動こうとした瞬間に踏み込まれて真っ二つだろう。「破山」などと言われてパワーファイターの印象が強いヒルダは、速度の面でも超一流だ。
ーいやー、ボクの仲間ってば強すぎ。
「私は泊まってる宿の周りがうるさかっただけなんだけど」
バレないように「私」と言って女子を装っておく。
でもなぜ、この程度の騒ぎでヒルダほどの人間が出てこなければならないのだろうか。普段から好戦的ではあるけれど領主としての立場はあるから、普通は出てこない。ならばそこまでするほどの何かが起きているのか?
「話を聞くだけよ。関係なければ帰してあげ…」
とそこでヒルダの視線が伽里奈の持つ剣に留まった。
ーあ、まずい。霞沙羅さんに弄って貰ったのは中身だけで、外見は殆ど変わってなかったんだ。
「それならここ最近ギルドで9番依頼を受けた冒険者を調べるのがいいと思うよ。じゃあね」
ーエリアス、早くボクを回収して。
エリアスにそう伝えると、女神の力で伽里奈の姿はモートレルから消えた。
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