年末進行に向けて -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
独自に封印していた完成態幻想獣の5分の2を、霞沙羅達3人が処分したことを伝えられた寺院庁は、軍と警察と魔術協会の三方と接触し、上層部にのみではあるけれど、そもそもの遭遇から封印までのいきさつと、残り3つの封印場所を伝えることとなった。
残念ながら霞沙羅達には伝えられることは無いが、これで幻想獣という存在と戦っている組織として「知らない」という状況は解消された。
後は各組織間でどうするのかを協議することだろう。
そして一番の問題として、寺院庁の中でもほんの一部しか知らない封印場所が三つもバレたことについて、寺院庁の中で「空地家」が独自に調査したところ、やはり内通者がいたことが判明した。
ただし裏切り者ではなく、ある人物が密かに誘拐されていて、その人物になりすましていた人間が見つかった。
その間に記憶を覗かれていたわけだ。
誘拐されていた人物自体が高位の神官であったこともあって、時間がかかっていたようだが、その時間を稼ぐために、成り代わっていたらしい。
残念ながらなりすまし犯は煙のように姿を消し、誘拐されていた人間はその間の記憶を消された状態で助け出されたとのことだ。
「何とも言えん幕切れだな」
今日の霞沙羅と吉祥院は横須賀基地にて今回の事件で使われた道具を鑑定中だ。
「そもそも幻想獣の復活を企てた連中、バングルはまだ存在しているというのに、まるで興味が無くなったかのように、誘拐した神官を帰してきやがって」
神官は病院で療養中でもあるし、何か仕掛けをされていないか検査中でもある。
「江ノ島のヨットハーバーで見つかったって、適当な所に戻したもんでありんす」
ところで、体の方はいたって無事だそうだ。
「随分と舐められたもんだな」
「でもまあ、ワタシとしてはその神官からは何も情報は得られないと思っているでごわす。確たる証拠は無いでありんすが、いつもの、ヤマノワタイの2人組だろうと思うで候」
幻想獣を圧縮した石は、最初の圧縮する方法までは解らないけれど、それの維持と開放は既に解っていて、そこからある程度の指示をする方法までがようやく解った。
指示についてはかなり単純な命令しか受け付けないけれど、使用する人間が直前にほんの少しの魔力を注いで、それを雛の刷り込みのように命令主として登録するという流れだ。
「可能なのは大した知能も自我も無い幼態限定でげしょうな」
吉祥院は解析した術式を霞沙羅に見せた。
「神聖魔法に属するのか?」
「マリネイラ系の術式でやんす。まあ確かにそうするのが当然でありましょう」
マリネイラが作り出した幻想獣なら、変な魔術よりも相性はいい。
「異世界をウロウロと旅しているだけに、向こうの魔術知識もハンパねえな」
「神聖魔法にも通じているのは厄介でござるよ」
腕輪の方は、霞沙羅の方でも確認したけれど、焼け残った方の魔術基板の方に、やはりまた水瀬カナタの流派である癖が残されていた。
焼けてしまって判別出来なくなってしまった方の術式はもう仕方が無いけれど、やはり同じ人間が製造しているという事は伝えないといけない。
そして実験場で捕まえたバングル2名と奪い取った装備については、腕輪はこれまでに逮捕された他の構成員がつけていたモノと同じ作りの、ただの魔術の発動体であった。
これはバングルの一員の証拠なのだろう。
そしてダガーについては、なんとシールが貼り付けられてあった。
札でも無い、魔剣への改良でも無い。何とも言えない強引で合理的な魔剣化技術であった。
当然武器に魔術基板を刻んだモノでは無いので、時間制限がある。しかしこの、刀身に貼るシール、という発想が新しかった。
確かにこれなら入手もし易いし、保管も楽だ。軍で保管されていて、業務外の持ち出しが出来ない支給品だからといってもお手軽に魔術基板を刻むことが出来る。
それに効果が切れたら印刷されていた文字が消えてしまった。伽里奈が施した結界によって一旦停止状態になっていたから解析に間に合ったものの、気を利かせていなかったら解らずじまいに終わった所だった。
普通は幻想獣の殲滅が終わった後で悠長に解析しているから、基地に持ち帰った時点で何も書かれていないシールがダガーの刀身についていただけだっただろう。
「あいつ、偶然とはいえやってくれるよな」
もし伽里奈がいなくて、霞沙羅達があの邪魔をしてきた2人を倒していたら、シールすら残らなかったかもしれない。本当に連れてきて良かった。
「確かにこの方法なら支給品のダガーでも魔剣化出来るわけでありんす」
軍で捕まえたバングルの2人は現在尋問中だけれど、果たして良い情報は得られるだろうか。
「じゃあこれを纏めて、っと。石の話しでござるが、やっぱり1個くらいは警察と寺院庁を集めて実行に移してみたいでやんす」
モノは解った。
でも研究者としてはやはり、実際に幻想獣が出てくるところを見てみたい。
本来なら、今回の事件を纏めて、納得したところで石は全て焼却するのが正しい。
「ただ、映像として残して、今後も使われるようならその対策資料として残しておくのが、一番じゃん?」
「そうだよな」
吉祥院が暴いたこの石の仕様は完璧だろう。でも実際どう動くモノなのか、記録を残しておくのも、再度どこかで犯罪に使われた時に、その対策として使えるのではないだろうか。
封じられているのは所詮幻想獣の幼態。その能力はたかがしれている。
先日処分したのは、5分の2とはいえ、完成態。本領は発揮出来なくてもあんなのと比べてはいけない。
大した危険は無い。
「上に掛け合ってみるか」
* * *
聖誕祭が間近となって、小樽の町も浮かれ気味な空気が漂っている。
やどりぎ館の周辺も、もうイルミネーションは設置し尽くされていて、ちょっと正面の門を出て、左右に広がる通りを見てみても、建ち並ぶ家々からは賑やかな明かりが灯っている。
「す、すごいな」
聖誕祭が初めてのアンナマリーも、久しぶりに門の外に出てみて、まさに「お祭り」といった具合になっている家々を見て、かつて世界を救った聖人を云々、といった催しである事はどうでも良くて、ただただ感激している。
「霞沙羅さんの家も一応やってるんだよな」
性格的に一番やらなさそうな霞沙羅の家も、二階のベランダに雪だるま型のライトが置かれて、その横にささやかながらイルミネーションがぶら下げられている。
町はすっかり雪で覆われてしまい、それがイルミネーションの光を淡く反射して、夢のような景色になっている。
「シャロから見てどうなんだ?」
「やっぱり綺麗よね。ウチの近くはこうやって雪が積もらないから」
雪の降る聖誕祭というシチュエーションはロマンチックなシーンとして映画や物語の定番であるけれど、実際に住んでいる場所が雪に包まれた景色になるというのは、シャーロットも初めてだ。
「何かいいムードよね」
雪が積もり続けるほどに寒い。気温はマイナスで吐く息は白い。南半球住まいの人には悪いけれど、聖誕祭はやっぱりこのキーンとした寒さの中で迎えるのがいい。
「小娘共、ひとまずこれで出来上がりじゃ」
庭の方ではフィーネが、潤沢に貯まった雪を使ったかまくらが完成した。
大きさとしては、そこまで余裕は無いけれど、3人が中で酒盛りが出来るくらい。
「は、入っていいの?」
「今日は使わぬぞ」
かまくらを作り終えたフィーネは、もう興味なさそうに答えた。
椅子は折りたたみのキャンプチェアーを、館から持っていく事になるけれど、とりあえず2つをセットして貰っている。
「じゃ、じゃあお邪魔します」
明かりは火の揺らぎを再現したLEDのランタンが置かれていて、なかなかいい雰囲気を醸し出している。
「まあ適当に館の中に戻ってくるがよい」
かまくらの中は暖かい、とは言われているけれど、入ってみると外よりはマシという程度。でもLEDランタンで照らされたかまくらの中にいると、そういうのも忘れてテンションが上がる。
「うお、すごいじゃないか」
本当に雪で小屋が出来てしまって、その中に入っちゃってて、アンナマリーは感激している。
かまくらは結構厚く作られていて、とても頑丈だ。そうそう崩れるようなことは無い。
「もー、絶対あの子達にもこれを体験させないと」
「シャロの弟妹達も近々来るんだったな」
とりあえずロンドンも冬休みになるタイミングで、一泊だけさせる予定になっている。
日程的には聖誕祭の後。
聖誕祭のすぐ後がもう冬季休暇なので、時間的にはもう一週間も無い。
時差があってスケジュールが難しいけれど、色々と計算をして、日本基準で一泊二日。一日目のお昼前に来て貰って、二日目の朝食後に帰す予定だ。
「ハンバーグが食べたいって」
「伽里奈のハンバーグは、いいよな」
なんかのテレビ番組で日本のファミレスの特集を見たようで、それを夕飯にリクエストしてきた。
勿論ロンドンでもハンバーグは食べる事が出来るけれど、日本流のハンバーグが食べたいようだ。
あとはローカライズされた日本のアニメだかで見たというお好み焼き。
これはさすがにイギリスには無い料理だけれど、シャーロットがやどりぎ館で食べた料理をちょくちょく伝えてくるので、これなら食べられると思ったようだ。
「私の父様も来て良かったと言っていたから、いい一日になるといいな」
「そうね」
何回連れてきてもいいと言われているので、やっぱりもう一回くらいは連れてきたい。
雪まつりの時がオススメと言われているけれど、今度相談しておこう。
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