いつか帰るその日まで -6-
アンナマリーの相談はそろそろ実際に魔法を使いたいという話だった。この家に来てから何度か状況を聞いているけれど、基礎は家庭教師から学習済みで、あとは実際に魔法を覚える段階にあるから、下宿に帰って談話室で最終確認をした。
「普通は魔法を使う際に、体内の魔力と世界に存在する魔力の両方を繋いで、術者が望む現象として発現させるワケなんだけど、その間を繋ぐ触媒としての発動体が必要になる、のは解ってるよね?」
「ああ」
「アンナ、マリーはその家庭教師さんから杖とか貰わなかったの? 魔法の発動体は市販してないから、学院に関係している人から入手したり、学院に通っていない場合は師事しているお師匠さんから貰ったりするんだけど」
「実際に使うかどうかは解らなかったから、家庭教師には基礎だけ教えて貰って、って、お前詳しいな」
「ここの管理人だからね、色々知ってるんだよ。それにこっちの世界も同じだから」
でもここまで知っていれば伽里奈は相談事に応えてくれそうだと、訊いてみて良かったとアンナマリーは安心した。
「けど杖、多分このくらいの短いタクトタイプが初心者の基本だろうけど、それを持って剣を持つの?」
「アリシア様は宝石のアクセサリーだったと聞く」
「アクセサリーなら霞沙羅さんもそうだけど、自作だよ。専用の発動体を作る魔法は高レベルでね、何せ杖と違って自分の体の一部とするようなモノだから。杖はホント、最低限って感じ。こう、長い杖を持っている人もいるけど、あれもアクセサリーと同じだよ。タクトはホント、簡単な加工しかしてないのに市販してないからねー」
「これ小僧、小娘が落ち込んでおるではないか」
今日は占いに行っていないフィーネがやって来た。
「魔術の基本ですから」
剣の補助として使っている人なら、懐などに入れておいて、必要な時にタクトを取り出して使うのが一般的だ。
伽里奈と霞沙羅は剣技と魔術を両立させているので、メインとなる武器を持つために発動体はアクセサリーにして身につけている。これなら装備の邪魔をすることも無いし、手ぶらで魔法が使える。
「アンナマリーがどういう方針で魔法を使うかで発動体は変えないとねー。どんなイメージ? 補助かな? それともバリバリ使う感じ?」
「補助的な、感じで考えている。そういえばお前の右のイヤリングは、発動体か?」
「そうだよ」
伽里奈は右耳に青い宝石のついたイヤリングを付けている。
「騎士団にも多少魔法が使える人がいるんでしょ? どんなの持ってるの?」
「お前が言っている短い杖を持ち歩いている人が多い。フィーネさんはどれなんだ?」
「どれだったかのう。忘れてしもうた」
魔術師という設定になっているが女神であるフィーネは、魔術師を装うためにアクセサリーを多く身につけている。実際に必要はないとはいえ、誤魔化す為にその中のどれかが発動体になっているけれど、どうでもいい話だ。
「長い木の杖がよいか? 仕込み杖のようにすれば良かろう」
「あれって、殆どが樹齢百年以上の古木なので結構値が張るんですよ。木は呼吸や水を吸うのと同時に天然自然に存在する魔力を蓄えますからね。長い時間をかけて成長した古木は魔力の許容量も大きくなるんですよ。だから数百年物の木の枝なら杖1本分でも下手をすれば家一軒建つくらいの、かなりの値が張るんです」
「お前詳しいな」
「魔術師の中でも本気の人が持つモノだからねー。そういう意味では宝石の方が安くて持ち運びもいいっていうか、アンナマリーは何か宝石持ってない?」
「ここに来る際にお母様がネックレスを持たせてくれた」
「それはやめておくがよかろう」
「何かあった時に換金しなさいとかいうものだねー」
親の形見とかそういうモノではなさそうでも、発動体に加工してはいけない物だ。
「だったら、よく見かける短めの杖とかはどうやって入手するんだ?」
「スタッフとかステッキとかバトンみたいなのは、霞沙羅さんみたいな専門の人に作って貰うんだよ。高位の魔術士になると、自分で作る人もいるけどねー」
「アクセサリーは?」
「あれはアクセサリー単体としてお店に発注するなりして、発動体にするのは自分でやっちゃう人が多いかなー」
「貴族の娘であれば、それなりの金は持っておろう」
「いや、家を出る際に装備を調えて貰っただけで、私が自由に出来るお金はなかった」
家はお金持ちではあるし、頼めば服もアクセサリーも買って貰える環境だが、アンナマリーが自由にしていいお金はあまり無かった。
貴族の子供だからといって現金を持っているわけでは無い。一応ここに来る際には幾ばくかは持たせてくれたが、自由に使えるお金となると、見習い騎士を始めて給金を貰っている今の方が多いくらいだ。
「うーん、何も無いとこれ以上勉強が出来ないから、琥珀のネックレスでよかったらあげてもいいよ。実はまあまあの古木と同等の能力があるし、それなりに安かったし」
「こ、琥珀って、結構するじゃないか」
ーそういえば、フラム王国周辺だと琥珀は採れないからそこそこするんだった。冒険中に産出してる国で買ったネックレスだから安かっただけだ。
でも日本なら一日バイトすればペンダントくらいは買えるお値段だ。そして今伽里奈は日本人だ。その設定を使ってちょっと誤魔化すことにしよう。
「ねえフィーネさん、アンナマリーと琥珀って相性良さそう?」
「ん、我が見てやろう。これ小娘、これを握るがよい」
フィーネはアクセサリーの一つを外してアンナマリーに握らせた。琥珀がついた腕輪の一つだ。
「問題は無さそうであるな。安いのであれば木材のタクトよりは後々よいであろう」
「じゃあ持って来るねー」
「ちょ、っと」
アンナマリーが止めるのも聞かず、伽里奈は部屋に戻り、琥珀のネックレスとぬいぐるみを幾つか持ってきた。
「この日本だと、アンナマリーの一日分のお給金で買えるよ。札幌でやってた岩手県物産展で安かったんだー」
本当はラシーン大陸産だけれど、今はそう言っておく。
涙の形に加工された琥珀のついたネックレスを見せられてアンナマリーは困惑する。こっちの世界では安いのだろうが、フラム王国ではその数十倍以上はする。お嬢様育ちだが、フラム王国人としては軽々しく貰っていいものではない。
「こっちだと学生が持ってるタクトと同じくらいのお値段かな」
「そんなモノなのか?」
「難点は、素材的に柔くて専用のコーティングが必要だったりで手間がかかることだねー。初心者にアクセサリーってちょっと早いかもしれないけど、剣を持ったままでいいし、常に身につけられるからねー。これをボクが発動体に加工するから」
「お前、そんな事まで出来るのか?」
「コレ作ったのもボクだしね」
耳のイヤリングも伽里奈が自分専用にした発動体だ。アリシア時代と同じルビーで作ったモノだが、発動体としての精度はかなり上がっているので、小さくなってリーズナブルになっている。
「ではでは」
発動体作りは正直もう慣れたモノ。伽里奈は琥珀に術式を刻み込み、あっさりと発動体にしてしまった。
伽里奈は値段は安いと言っているが、初心者であるアンナマリーは、自分が持っていいものなのかどうか悩んでしまう。そこまで詳しいわけでは無いが、アリシアやルビィといった高位の魔術士が持つモノという印象が強い。それなのに超初心者が持っていていいのだろうか。
「アンナマリーは基礎は教わっているから、入り口として魔力感知から覚えようねー」
「ふむ、剣士とはいえ危機察知技能を身につけるのは悪くあるまい」
「伽里奈は、どのくらいまで魔法を教える事が出来るのか?」
「軍人さんに教えてるくらいだから、それなりにはねー。剣士としてどういうスタンスでいるのかを決めて、どういう魔法を習得したいのか言ってくれれば教えるよー」
「その、キャンプの時にも見せて貰ったが神聖魔法も解るのか?」
「解るよー。信仰の問題でラシーン大陸のは使えないけど、要は応用だから」
「お、おう」
伽里奈から貰った琥珀のネックレスを早速つけてみた。まだ実感はないけれど、これが魔法の発動体。これでアンナマリーも魔法が使えるようになったのだ。騎士として憧れるアリシアに一歩近づいた感じがする。
「剣士メインだと装備強化のエンチャント系と牽制用の何らかの系統になるだろうね。アンナマリーが持ってる剣は、霞沙羅先生も言ってたけど、エンチャント系の乗りがいいように作られてるから、使えるようになると便利だね」
「どういった魔法があるのかは本を読み返してみるよ。ところでだな」
魔術の話もとりあえず終わり、アンナマリーの視線がチラチラと伽里奈が持ってきたぬいぐるみに映り始めた。
「それはお前が作ったのか?」
「ああこれ? そうそう、ボクはたまにぬいぐるみを作るから」
伽里奈の上半身くらいはある大きなクマのぬいぐるみだ。リアル系では無いシンプルな顔つきで、やや平べったくて、柔らかいのでくったりしている。
「ほいほい、どうぞー」
ぬいぐるみを受け取ったアンナマリーはじっとその顔を見ていたかと思うと、声には出していないが何かを語りかけ始めた。
「気に入ったようじゃのう」
そしてクマの顔面に顔を埋めてモフモフ具合を堪能した後、伽里奈に言った。
「こいつはもう私の部屋で生活するそうだ。もうお前の部屋には帰さんぞ」
「う、うん、どうぞ」
まさかここまで気に入られるとは思っていなかった。見習い騎士として気合いを入れるために、突っ張った感じの喋り方をしていても、やはり年頃の女の子。ぬいぐるみには弱いようだ。
「そこの白いのも一緒に来たそうにしているぞ」
「え、ああこれも?」
もう1体のオコジョも渡すと、その口にキスをし始めた。まあここまで気に入ってくれたのなら、制作者冥利に尽きるというもの。
「よし、私の部屋に行くぞ」
2体のぬいぐるみを抱えてアンナマリーは部屋に帰って行ってしまった。もう話は終わりだ。
「のう小僧、女神の小娘もそうじゃが、今後はどうするつもりなのじゃ? このまま大きなトラブルが無ければよいが、そうもいくまい? それにお主の方から仲間の前に現れておるのじゃから、適当にしておかねば恨みを買うぞ」
「霞沙羅先生にも言われて解ってはいるんですけど」
「女神の小娘次第か。まあそう遠くは無いと我は思うておる。その際は上手く立ち回るのじゃな」
「はーい」
料理の件でヒルダに呼ばれるようになるし、変に魔法の技術を見せてしまっているので、騎士団からも何かを期待するような空気を感じる。やめておけば良かったなとは思うけれど、実際冷蔵の符はそれほど大きな魔術ではないし、ピンポイントの治癒魔法も同様のはずなのだが。
それにしても未完成とはいえルビィとイリーナに渡したはずのアレンジ魔法がまさか全く普及していないとは思わなかった。
「記憶喪失になってたとかでいいですか?」
「お主は大怪我をしたという設定であったな。そのセンしかないであろうな」
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。