返すわけにはいかない -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「おう、お早いお着きで」
吉祥院が持っている、自分が作った杖の反応を追って、霞沙羅はすぐ側に転移してきた。
「伽里奈の方は後で話するわ。警察を呼んでいるからそっちは任せた。で、今はどうなってんだ?」
「見ての通りだよ」
目の前では吉祥院が杖から作り出した十枚の防御壁を相手に、手に持った槍で格闘している女がいる。
この防御壁は吉祥院の意志により自在に動くので、女の周囲を飛び回って、半分は体当たりでの攻撃を行い、その半分は反撃を防御するという非常にいやらしい動きをしながら、チクチクと女を弱らせている。
相手は幻想獣に変身した後ではあるけれど、吉祥院なら一撃で終わらせることも可能だが、懐に例の箱を持っているので、攻撃に巻き込んで破壊しないようにしなければならない。
「成長態と融合しているのか。そりゃあ空地家のエージェントじゃあキツイよな」
女は警察に指名手配をかけられている稲葉清美だ。今は幻想獣と融合状態で、体に模様が入ったり、体格が大きくなっているけれど、容姿自体は判別出来る程度に残っている。
「じゃあ任せるよ。細かい手加減はは苦手でねえ」
「私もだぜ、今は伽里奈に教わってる所だ」
霞沙羅は長刀でもって、稲葉清美に斬りかかっていく。
吉祥院の攻撃は止んではいるものの、逃げられないように防御壁で周囲は囲まれている。
「新城霞沙羅まで」
吉祥院は神奈川の本部に所属なので警戒をしていたけれど、霞沙羅は北海道に所属なのでここにはいないはずだ。
「残念だな」
霞沙羅が関東にいる理由が、当の稲葉清美が良かれと思ってやった行動に端を発していることなど知るよしもない。
幻想獣でもある自分にとっては、旧23区内はあの箱を日本人の手から安全に保管しておける場所だと思っていたのに、伽里奈が作った余計な道具が引き金となって察知されてしまった。
早速の霞沙羅の一閃で左腕が切断された。急いで修復するも、その隙をついて、胸部を一閃された。幻想獣となった今、これでも致命傷では無いが
「しまった」
服が切断され、中にしまっておいた箱がこぼれ落ちて、すかさず吉祥院が防御壁を一枚使ってかっさらっていった。
「よし、回収だね」
「厄災戦で幻想獣の強さに魅了されたか、大学時代にマリネイラに興味を持ったか? お前の元同僚や私らがどんだけ苦労してあの戦いを終わらせたと思ってんだよ、くだらねえ」
「今頃横浜がどうなっているか知っているの?」
「なんも起きちゃいねえよ。カモメを使ってなんかやろうとしてたんだろ。事を起こす前に警察呼んで終わってる」
「なに、どうして?」
横浜生まれの霞沙羅を動揺させようとしたのだが、空振りに終わってしまった。
霞沙羅は長刀から長い光の刃を出した。
「勘のいい奴がたまたま近くにいたんだよ。この話についてはとっ捕まえたお前の仲間から聞かせて貰う。半分人間とはいえ幻想獣なんぞ捕縛できんしな」
「だが、パーツは一つ私達の手元にある」
「私らがそうそう近寄らないと思って、旗の台に隠しただろ。今は回収班を行かせてあるぜ」
「なぜそこまで」
この反応で調査隊に取りに行かせている物が確定した。
「厄災戦当時はいなかったが、今はいいアドバイザーがいるんだよ。札幌で調子に乗って深追いしすぎなければ余計な奴に見つかることも無かっただろうに。結局その力に飲まれたな? 私らにとっちゃ、その程度の力に浮かれやがって。慎重さが足りねえんだよ」
もういいだろうと霞沙羅は長刀を振るった。
長い光りの刃が稲葉清美の体を真っ二つにし、追撃として放たれた吉祥院の{劫火燦然}による業火に包まれて消しクズとなった。
「同じ魔法でも、お前のは威力が違うな」
「ルビィ君との対戦が楽しみだよ」
「それで、空地の連中の連中はどうした?」
稲葉清美を追っていた人間がいるはずだが、その姿が無い。
「生きてるのはあっちにいるよ。私は逃げ出したのを追いかけただけだからね」
「そうか、じゃあ回収して帰るか、まあとりあえず」
途中で手放したのもあるけれど、劫火燦然でも残った槍と、伽里奈が撮った映像を見てから気になっていた腕輪が落ちていたので、霞沙羅は拾った。
残念ながら腕輪の方は焦げてしまっているが、一応の形は残っている。刻まれている術式さえ判明すればそれでいい。
「気になるのかい?」
「残ったという事は幻想獣が作った持ち物じゃねえんだろ。だったら調べる価値はある」
「こういうのは霞沙羅に任せるよ」
稲葉清美だったものは、幻想獣の性質を持ってしまったので、命を失ったことで灰となってしまった。残念だが妙な力を身に宿してしまった人間の末路だ。
「じゃあ観測所に帰るか」
空地家のエージェント達もついでに回収して、新丸子へ帰った。
* * *
八景島の方も動き出す前に阻止することが出来たので、何も起きることはなかった。
そっちの犯人は伽里奈が警察と協力して捕まえたので、県警の方で身柄は確保されている。
そして現在は警察の方で「バングル」の人間がまだ横浜周辺をうろついていないか警戒を続けている。
軍の方では、調査隊が稲葉清美が旗の台付近に隠していた物体を回収して、無事に戻ってきた。
「全員無事に帰還しました」
道中、数回の戦闘はあったようだけれど、調査隊は目的を果たして全員帰還した。
「よくやったね」
「新しく支給していただいた札が効果を発揮しました」
「何の札だ?」
「例の、対幻想獣用の試作品だよ。防御用だけだけどね。まだ伝えられる状況じゃないから、一旦札を作って渡しておいたんだよ」
「もうやってんのか、仕事がはええな」
とりあえず伽里奈達3人はもう小樽に帰してある。今日は全て上手くいっているけれど、シャーロットがいるので安全のために帰って貰った。
とりあえずこれで幻想獣のパーツの一つは戻り、一つは回収してきた。バングルの手には一つも無い。
「それでどうするんだ、この2つは」
「軍の上からの命令でね、絶対に寺院庁には返すなと言われているよ」
「いい判断をしてくれるじゃねえか」
さすがに二度も騒動を起こしてくれたその原因をおいそれと返すわけにはいかない。
寺院庁に返せばまたどこかに封印するのだろうけれど、今の所はそれで安全かどうかの信用が出来ない。
「何となく、余計なことを頼まれそうだが、私はそれに従うぜ」
「ワタシも賛成だよ。榊君も警察から開放されたしね」
しばらくして寺院庁というか空地家からエージェントと箱の回収が来たけれど、軍としての命令通り箱の返還は断った。
「し、しかし大僧正様からも回収するようにと…」
「ウチの大将が返すなっつってんだよ。吉祥院家も戻すなと言っているしな」
前回は一回目だしたまたまだろ…、という所ではあったが、その後もこれだけ続くと国民の生活を脅かすことに繋がる可能性が出てくる。
「桜音君が自分の判断でこっちを頼ってくれたのはいい成長だと思うけどね、この短期間で何回目だと思ってるんだい?」
一ヶ月にも満たない期間に3回も盗まれている危険な物体をどうして返さなければならないのか。
そもそも取り返したのは軍だ。あっさりと回収したけれど、片方は命の危険もあった。
「処分方法が決まったら連絡するよ」
さすがに軍の上と吉祥院家が返さないと言っているのであれば、これ以上どうしようもない。それに返さない理由に反論が出来る状態ではない。
使いとして単に回収しに来ただけだし、軍の上も動き始めている今、ここは空地家そのものに委ねるしか無い。
「今日の所はこれで」
寺院庁からの使いは、とりあえず生存者だけ回収して帰っていった。
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