いつか帰るその日まで -4-
「ライアを連れてくるのが一番大変だナ」
日が沈む前に、大がつく魔導士であるルビィは、各所を回ってハルキスとイリーナ、そしてライアを連れてヒルダの屋敷に転移でやって来た。
ライアだけ隣の国に住んでいるので、同盟国への転移とはいえ、事前にライアから町に許可を貰ってからにしている。
「ライアがやりたい事は芸術都市にしかないからな」
ハルキスはフラム王国の隅の方にある、少数部族の自治区に住んでいる。
「巡礼者から前回の演劇の評判を聞いたわ。劇場は上手くいってるみたいじゃない」
イリーナは王都ラスタルから徒歩半日くらいの所にある、オリエンス教の聖都に住んでいる。巡礼で近隣の国から来る人もいるから、同じ英雄同士だからと情報をくれる人がいる。
「何とか軌道に乗ってるって感じかしらね」
ライアは芸術都市で女優業と劇場経営をしているからちょっと忙しい。けれど今日という日のスケジュールは空けてくれた。
年に1度か2度の顔合わせ。3年前にチームが解散してからずっとヒルダの主催で食事会が行われている。
1人、いや2人が毎回欠席しているけれど、こうやっていればいつか誰かのところにふらっと現れてもいいように、という願いも込められている。
あの日、5人が魔女の部屋にたどり着いた時には、部屋の大半が崩壊した状態だった。そこに現れた5人の神によって、大きな怪我を負ったアリシアはしばらく休息させると告げられた。けれどあれから神からの連絡は無いし、アリシア本人も姿を見せない。
それでも5人はアリシアが帰ってくるのを待っているから、こんな食事会をやって、あの2年間を語り合っている。
久しぶりにモートレルにやって来た4人は、ヒルダに案内されて、会食用の部屋にやって来た。
「連絡が来るならイリーナの所にが有力なんだがなあ」
イリーナは教団と王宮から聖騎士の称号を得ている程の大神官様だ。神の声を聞く事も出来るのだが、連絡が無いのだから仕方が無い。
「そのうちふらっと現れるわよ」
アリシアとシスティーの席は用意されてはいるが、毎回空席だ。そこを避けるように皆それぞれの席に座った。
「ん、なんか妙なのが2つあるな」
色々と料理が用意されたテーブルの真ん中にドーム型の蓋、クロッシュが被せられているお皿が2つある。なぜかこの2つだけがどういう料理なのか隠されている。
「ああこれね。最近知り合った料理上手な男の子に頼んだのよ」
「まさかあの、冷蔵の札を作ったという人間カ?」
「ええそうよ。こっちの蓋にも仕掛けられているから」
片方のクロッシュには表面にうっすらと水滴がついている。あれは中にある料理を冷やしているからだ。
「こっちがデザートて言ってたわ。はいルビィ」
ヒルダから符を1枚渡されたルビィは、魔術師の性として早速書かれている術式の確認を行った。
「とんでもない調整が入ってるナ。これが温度調整術でこっちで魔力吸収術。外気がどうだろうと必ず決まった温度になるように仕込まれている。これを一般市民が作ったのカ?」
「町にある学院の分校に持っていったら、複製は出来るけれど意味がわからないと言われたわ」
「そりゃあこれ、魔導士クラスじゃないと理解出来ないゾ。分校の教師では、なア」
「あとイリーナにはこれ」
「例の、治療魔法の事ね」
こちらは伽里奈に貰ったメモだ。ギャバン教向けの内容だが、他の宗派で使うにはどうすればいいかの解説も付いている。
「これは私も欲しいわね。演劇とはいえ練習でケガはつきものだから」
「解析したら連絡するわよ」
「ええ、お願い」
「オレの所もな。ウチは血の気が多い部族だからな」
事前に連絡をしておいた伽里奈からの技術提供は終わったから、早速食事会を始めることにした。
「お品書きがあるわよ」
蓋を取ると知らない料理しか入っていない。これは絶対に美味しいというのが解る見た目をしているけれど、やっぱりちょっと躊躇するだろうと、どういう材料のどういう料理だというメモを置いていってくれた。
「鶏の唐揚げ。鶏肉をニンニクと塩ベースのタレに漬けてから衣をつけて揚げたもの。これはこれだな。カリカリジューシーな感じだな」
「ポテトチップ。ジャガイモを薄くスライスして揚げたもの。塩を振りかけています。お酒に合いそうね」
「シュラスコ。牛肉と豚肉とソーセージを串に刺して焼いたもの。塩味がついてますが、別にソースも用意しました。お皿に合わせて小さめに作っているそうだけど、いいサイズね」
「タマゴサンド。焼いたタマゴをパンで挟んであるのね。地味に美味しそうね」
「ビーフシチュー。牛肉と野菜ベースのソースの中で牛肉、ジャガイモ、人参、タマネギ、キノコなどを一晩じっくり煮込んだもの。これは美味そうだゾ」
ビーフシチューは容器に5人分が小分けされている。大きめにカットされた、柔らくなるまでじっくり煮込まれたお肉が実に美味しそうだ。
「こっちは何かしら」
今度は冷えている方の蓋を取ると
「プリン。タマゴと砂糖と牛乳を混ぜたモノを蒸した後に冷やしています。茶色いソースはカラメルで砂糖を焦がしたもの。なんかプルプルしているわね」
「カステラ。これは甘い焼き菓子。私が保証します」
「クレープ。薄焼きの生地の中に果物、生クリーム、カスタードクリームが包まれています。これすごいわね」
「ミニケーキ。苺・オレンジ、栗の三種類のケーキをそれぞれ一口サイズにカットしてます。また細かい事をしやがるな」
見たことがない料理でも材料と簡単な調理方法が書かれているので、警戒心が無くなっていく。
「とりあえず言える事は、全部美味そうダ」
「何だこいつは。こんなヤツがこの町にいたのか?」
「エバンス家のアンナマリーが見つけてきた下宿の管理人なんだけど、最近は騎士団の食事にも協力してくれててね。無理を言って作って貰ったの」
「アーちゃんがいたら悔しがるだろうナ」
「仲良くなるかもよ。アーちゃんと似た系統の人間だから」
「どういう感じで?」
「見た目がまんま女の子なのよ」
「そんなのがこの国に2人もいるのか?」
「とりあえず食べない? 私の劇場、個室で食事を出そうって話になってるから、最近料理の研究してるのよね」
「ライアが料理に興味を持つのか? 3年で変わったな」
「ビジネスだもの」
とにかく5人は食事を始めた。屋敷で用意した料理も勿論いいのだが、伽里奈が持ってきた料理は特に良かった。
「プリンってのはなんかいい食べ物なのな。 嫁と子供に食わせてやりてえ」
「このビーフシチューなら貴族相手でも勝負出来るわね。お肉がこんなにトロトロ」
美味しい料理に話もお酒も進む5人だった。アリシアがお詫びを込めて作ったモノだとは知るのはもう少し後の話だ。
* * *
「このビーフシチューを実家に持って帰りたい」
今日で2回目、アンナマリーは食べる度にしみじみ思う。お父様、自分だけこんな料理を食べて申し訳ありません。
「小僧のビーフシチューはいつも絶品であるのう」
ワインを飲みながらフィーネは優雅に食事を楽しんでいる。
「試しに演習でこれを出した時の隊員達の反応が、異様だったなあ」
霞沙羅はビールだ。美味しい料理には酒が欠かせない。
「腕を上げたわね」
エリアスは静かに食べる。ここで騒ぐのはキャラクターじゃないから、あとでぎゅってしよう。
「私ではこうはいかないんですよね」
スープカレーなら自信があるけれど、システィーではまだまだだ。
「うれしいけど、あんまり持ち上げないでね。ハードル上がるから」
ヒルダ用とやどりぎ館用は食材の由来が違うので、別々の鍋で作った。一応同じレベルのシチューが作れたと思う。
あとは色々とデザートを作っていた事を知っているので、皆この後どれが出るのか楽しみにしている。
「我の世界にも何か提供してほしいものよ」
「あんまりフィーネさんの所に行く事が無いですからねえ」
「まずは貴族のお嬢が落ち着いてからじゃな。我の方はまだ先で構わぬ。してデザートは何か?」
「プリンの入ったクレープです。チョコソース入りで」
「お前やるじゃねえか」
アンナマリーがバシーンと伽里奈の背中を叩いた。こちらのクレープはラシーン大陸ではなかなか出来ない豪華仕様だ。
「良い糖分摂取じゃ」
モートレルに集まった5人は美味しく食べているだろうか。もっと世界を回る事が出来れば、まだまだこっちの料理を持って行けるんだろうなあ、と思いを馳せる。
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