二人の客人 -7-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
アリシアはカレーを作りに一旦館に戻り、ランセルは外の町の騎士団を見にルハードに案内されて行き、霞沙羅達はヒルダの執務室に招かれた。
「ハルキスにはさっさと連絡しておきましょう」
いつまでも榊のことを黙っていると怒られそうなので、通信用の鏡を使って連絡を取った。
「今日呼ばなかった理由は私が言うぜ」
ヒルダが鏡を使い始めた。
「キッショウインさんとはラスタルの郊外でやろうじゃないカ」
「お前らも何かやるのか?」
「魔力による押し合いへし合いでやんすよ」
場所は制御装置の試験をしたあの実験場だ。あそこなら2人で魔力を開放しても大丈夫だ。
「吉祥院さんのこの杖もすごそうじゃないカ」
「霞沙羅が作った、決戦用の杖でありんす。普段使いは先日の細めの方だっちゃ。あれも霞沙羅製でごわす」
呼び出しを送ってもなかなかハルキスは出てこなかったけれど、しばらくしたら応答があった。
「ハルキス、今いいかしら?」
「なんか機嫌良さそうだな」
やや煮え切らない終わり方になってしまったけれど、久しぶりに大暴れした後のご機嫌な感じが顔に出ていたようだ。
「アーちゃんが言ってた、カサラ先生のところの剣士とやりあった後なのよ。滅茶苦茶強かったわ」
「なんだと。そういう事ならオレも呼べよ」
やっぱり怒り始めた。
「それについては私が理由を説明するぜ」
「お、おお、先生か…」
なぜかハルキスは静かになった。
「悪いんだが、練気を教えただろ、あれの練度の問題が理由の一つだ。榊は普通に使ってくるから、もう少し鍛錬を積んで欲しい。ヒルダには教えるのが少し早かったから、ある程度身につけ始めているからな」
「た、確かに、そう言われると」
「それと、武器が保たなかった。ヒルダの剣は砕け散ったが、私が作った武器も連続で二戦に耐えられるかどうか不安があった」
「そ、そんな事が」
「榊瑞帆というんだが、近いウチにアリシアの館に住むことになるから、休日にはモートレルに歩いて行けるようになる」
「おう、そうなのか。だったら楽しみにしていよう」
「そういうわけで練気の鍛錬を続けてくれ。ちゃんと武器を手に持ってやってるか?」
「ああ、それは言われたとおりに」
「なら紹介しよう、ほれ」
霞沙羅は鏡を榊に渡した。
「おお、これはいかにも強そうな男だな」
「ちょっと細いが、先生があれだから油断出来ない感じだな」
「榊瑞帆だ」
「ハルキスだ」
会話が逆になったけれど、鏡越しでもお互いの強さは認識したようだ。
ハルキスは霞沙羅に練習用のハルバードを切断されているので練気の凄さは解っている。そうであれば、霞沙羅よりも上だという榊とやるにはあと少し詰めたい。
「じゃああれだ、アリシアはいるのか?」
「あいつは家に帰ったから、榊の引越日が決まったら連絡させるぜ」
「ああわかった先生、よろしく頼むぜ」
そう言って通信は切れた。
「いい引越になりそうだな」
自分の力を思う存分出せる相手がいるのなら、いい修行になる。厄災戦は終わったが、この後も何があるのか解らないのだ。
* * *
今日はすごいものを見たなと、視察を終えてランセルはやどりぎ館に帰ってきた。
娘が働いている環境は解った。女性部隊隊長のオリビアや、先輩のサーヤ等へも挨拶をしつつ、簡単なヒアリングをさせて貰った。
親の希望としては、アンナマリーはいずれラスタルの騎士団に戻し、女性騎士隊に参加してモートレルでの経験を活かして欲しいと思っている。
そして騎士団の昼食も食べさせて貰ったけれど、確かにアリシアが介入しているのが明確に解った。悔しいけれど、自分達王都の騎士団の食事よりも各段に良い。
今日出てきたミートソーススパは配膳もし易いし、味もちゃんと考えられていて、ボリュームもあって食後の満足感も大きい。あれはよかった。
それでいて一食の費用も抑えられているというから、アリシアのコスト感覚は徹底しているといえる。平民出の感覚なのか、それともこの世界で学んだのか。
王都といえどもさすがに一流の料理は出せないが、ああいうのをラスタルでも採用したい。
何より食堂で食べている団員達の笑顔が印象的だった。アンナマリーも士気が上がったと言っているし、元々ヒルダは料理の改善をしていたので、やはり食は大事だと言える。
あの、人の常識を越えた英雄同士の戦いはともかくとして、今回娘に誘われてこの館にきてよかった。
王にはこの結果を元に、色々と提言しよう。
そんな事を考えながら温泉で一日の疲れを癒やして、またあの作務衣に袖を通し、談話スペースへと戻ってきた。
「なかなかいい香りだな」
昨晩もほんのり漂っていたスパイシーな香りが今は強く感じる。それはアリシアが厨房でカレーを食べる準備をしているからだ。
「アリシア君のカレーは久しぶりでやんす」
「お前はそんなに来ないからな。肉を渡せば作ってくれるぜ。メニューが変わっても文句をいう奴もいないしな」
「次来る時は葉山牛か足柄牛でも持ってくるでござるよ。追いステーキのトッピングでもして貰うでごわす」
「禁断の組み合わせじゃねえか」
霞沙羅と吉祥院は話をしているし、榊はまたクールダウンのために雪の中で座禅をしている。
そこにフィーネが帰ってきた。
「ランセル殿、今日はビールにせぬか?」
「ビール?」
「そちらでもここでもエールと呼ぶ飲み物があるが、恐らく同じ物であろう」
「フィーネさんが言ってるビールは、まだ向こうには無いですね。基本的には材料が同じお酒なんですけど、醸造の方法がちょっと違ってて」
食堂に食器を並べ始めた伽里奈が話に入ってきた。
「よいではないか、小僧はいちいち細かいのう」
「いつかアシルステラでも作りたいですね。ワインでいうと赤か白かっていうくらいの差です。そういう感覚で飲んで下さい」
「なんじゃ、であれば我の大地にも伝えるがよい」
「カレーにビールとはいいじゃねえか」
「一人グラス一杯じゃ。そうでなければ勿体ない」
そう言ってフィーネはビール用のグラスを並べ始めた。
シャーロットが2階から降りてきて、長風呂を楽しんでいたアンナマリーもやっと出てきた。
榊も庭から戻ってきたので、そろそろ夕食の時間だ。
全員食卓に座ると、アリシアとシスティーでカレーポットに入ったカレーとライスが運ばれてきた。
今日の夕食はサラダとカレー。以上だ。
昨日のビーフシチューと一見似ているカレー。今日のお肉も大きめで、柔らかく煮込まれている。シチューより濃い茶色。でも香りが違うし、その他の具の姿が無い。
「これがカレーか?」
娘に尋ねる。
「セネルムントに行ってもこのカレーは出ませんからね。これはちょっと特別です」
「そうなのか」
宗教施設でこんな料理を作っているのかと思ってしまったが、ちょっと違うようだ。
じゃあなどんな仕上がりになっているのか、あとで確認しておこう。
フィーネ達がまずビールを飲み始めたので、ランセルもグラスに注がれた、飲み慣れたエールとはちょっと様子の違うビールを飲む。
「おお、味も泡もきめ細かい。温度も喉に気持ちいい」
今は風呂上がり。喉も渇いているし、グイグイと喉に流し込んでいく。
「もし気に入ったのであれば、食後にもどうじゃ?」
「あ、ああ、いただけるのであれば」
「なので、まずは喉を潤す程度で、酔ってしまわぬようにカレーを食すがよい」
確かに昨日はワイン一杯でよかったと思った。上等な料理に対してあんまり飲んで舌がバカになってもいけない。ビール一杯程度ならまだまだ準備段階。胃をちょっと慣らしただけだ。
どういう風に食べるのか、それは娘がカレーポットから何杯かカレーをライスにかけているので、ランセルもそれを真似し、早速一口食べる。
「おおっ!」
昨日のシチューとは全然違う味。適度にスパイスが効いた、辛さの中に見えない何かが深く複雑に混ざり合った味。
「お前は…」
ビーフシーチューとは別方向の料理なので、甲乙つけがたい。バターがほんのり香るライスも合う。
「これも屋敷で食べたいものだな」
「そうですよね、そう思うんです」
昨日より食卓がやけにシンプルだけど、これならカレーに集中出来る。むしろ他のものはいらない。
ビールもまず一杯くらいが丁度いい。
「おかわりはありますからねー」
それはもう貴族であろうとも、お替わりを貰うしか無い。そのくらい気に入ってしまった。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。