二人の客人 -4-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
ヒルダと挨拶を交わして、モートレルから帰って来るなり、あまりに興奮してしまったので、榊は雪が積もる庭に出て座禅をして、しばらくクールダウンしはじめた。
外ではしんしんと雪が降っていて、体についた雪が溶けて、榊の体からはなにやら湯気のようなものがうっすらと出ているのが見える。それくらい体がたぎっているのだ。
「彼がヒルダ殿と互角というのであれば、私も見てみたいものだ」
一線を越えてしまっている人間はどこか行動が違うなと思いながらも、フラム王国の英雄とこちらの英雄の戦いは見てみたい。
及ばないながらも剣を手にする者として、強い人間の技を見れるのであれば、一人の武人として機会を逃す事は出来ない。
「あの侍が来ておるようじゃな」
占いを終えてフィーネが帰ってきた。
「ほう、お主があの、アンナマリーの父か」
フィーネが空気を読んで、アンナマリーを名前で呼んだ。さすがに父親の前で「貴族の小娘」は失礼だと思ったのだろう。
フィーネはモートレル占領事件の功労者の一人だけれど、国王や国の重鎮の前には姿を現していない。
火山対策の時に次男が会ったと言っていたけれど、将軍の一人として、改めて礼を伝えた。
「お主は酒はいけるクチか?」
年齢不詳の魔術師と聞いている。自分とは住む世界も違うので、かなり不遜な喋り方であるけれど、文句は言わない。
「酒は、まあ嗜む程度には」
「今日の料理は飲みすぎてよいモノでも無いが、喉を潤す程度に飲もうぞ」
なかなか扱いにくそうな人間だなとは思うが、意外にも娘には気を使ってくれるそうなので、こちらも普段通りに話しをすることにした。
そんなランセルの対応に対して気分を害する事も無いので、大丈夫という事なのだろう。フィーネからの、先日マーロン王から貰った御礼のワインについての話をとっかかりに、フラム王国にあるお酒事情を話す事となった。
そしてしばらくするとクールダウンした榊が外から戻ってきた。あれだけ雪に降られていたのにその体は濡れていない。
「もういいでござるか?」
「ああ、明日の事を思うと血がたぎるが。それは明日にとっておこう」
そろそろ夕食の時間なので、2階にいたアンナマリーとシャーロットが降りてきた。
厨房の方でも準備が進み、今日は人数が多いので拡張されているテーブルに食器が並び、出来上がった料理が並び始める。
するとフィーネが冷蔵庫からボトルの白ワインを取り出して、ワイングラスを厨房から持ってきた。
サラダとビーフシチューとパン、それとカップのオニオングラタンスープが並べられた。
晩餐の時と違って、いたってシンプルな夕食だ。
「これがお前が勧めてきたビーフシチューか」
大きくカットされた牛肉と芋を初めとした野菜がしっかりと入っている茶色のシチューは見るからに美味しそうだ。
屋敷ではアリシアが色々と作ってくれたけれど、食事としてはこのくらいの種類で丁度いいように思う。
そして今館にいる人間が揃ったので、皆で食べ始めた。
「ほお、肉も柔らかく、シチュー自体の味も濃厚だ。野菜にもしっかり味が染みているし、丁寧に仕上げられているな」
娘が勧めるシチューをまず一口。確かに自分が来るからと、わざわざアリシアに頼んだというほどの出来だ。とても美味しい。
大きめの肉は、口の中で大した力を入れる必要も無くホロホロと崩れていく。
「フラム王国で作って貰った料理が丁寧ではないという訳ではないが、これは今まで以上に丁寧な仕上がりだ。これは、このシチューだけでも食べたいという人間も多いだろう」
「そうですよね、お父様。私はこれを屋敷で食べたいんです」
「そうだな。アリシア君、またいつか来た時にはこれを頼みたい」
「ヒルダには教えましたけど、二日がかりなので、時間はかかりますよ?」
「やはり丁寧な作りなのだな。確かにこの肉の柔らかさは納得だ」
これは国王も喜ぶことだろう。
勿論全員お替わりして、夕食は終わった。
* * *
霞沙羅と吉祥院は入浴後には隣の家に行ってしまい、伽里奈はシャーロットの勉強を見に行き、フィーネは食後にもランセルと少々酒を酌み交わしたあとに入浴し、出てくるとそのまま部屋に行ってしまった。
榊は入浴後に明日のイメージトレーニングをすると言って部屋に入った。
エリアスとシスティーは気を使ってくれたようで、管理人エリアに引っ込んでしまった。
だから談話室には親子2人だけが残って、ここに来てからの三ヶ月の話しをしていた。
「この父親の目から見ても羨ましい所にいるものだな」
掃除も洗濯もしてくれるし料理も、お昼ご飯のお弁当も用意してくれる。職場のモートレルから帰ってくれば温泉もあるし、飲料水も自由だし、味にそこまでこだわらなければパックの紅茶も緑茶も、スティックのコーヒーも用意されている。
この緑茶というのが、以外とランセルには合った。緑色のものを飲むという最初の抵抗はあったけれど、食後を入れて今は3杯目だ。
砂糖は入っていないのに紅茶と違って渋みも少なく、飲んだ後は気持ちが落ち着く。
「アリシア様が言うには紅茶と同じ茶葉を使うので、収穫後に行う加工の違いだけだそうです」
「ほう。ではやり方によってはフラム王国でもこれを飲めるという事か。それは詳しく聞きたい所だ」
「砂糖もミルクも無しで飲むものなので、アリシア様もどうにかしたいそうです。あと、食前に飲んでおくことで、夏場などの食あたりを防ぐ効果があるとか」
「面白い事を考える男だな」
今日は娘の住環境を見ることが出来てよかった。
「明日はお前の職場、ではなくヒルダ殿の騎士団にあのアリシア君がどう影響しているかを見せて貰おう」
「私はお弁当なのであまり食べていませんが、食堂の食事はかなりよくなりました。こちらの世界の料理だけでなく、元々あった料理も改良しているようなので」
「いい方向にいっているのか?」
「なんていうか、士気が上がりましたよ。ヒルダ様の冒険の経験が活かされているようで」
「ふむ、その辺りはヒルダ殿やルハード殿に詳しく聞いてみよう。ラスタルの方では、彼が作ったという冷蔵の札が、演習や移動に使われ始めて、出先での料理が変わったと評判だ」
「こちらでも野外演習でのキャンプ料理が変わりました」
「そうか。食事については王からも今回の重要確認項目と仰せつかっている。マーロン様は魔女戦争時に、食事で彼に助けられた場面があったからな」
「まったく、あの英雄様は」
「そのおかげで、今日の夕食を食べる事が出来たのだ。アリシア君は恐ろしいな」
夕食に出たあのシチューはヒルダの屋敷ではもう食べられているというから、エバンス家の屋敷でも作る事が出来るというワケだ。それであればなるべく早めに伝えて欲しい。
「あとはカレーだな。セネルムントからも話が伝わってきて、王の耳にも入っている。巡礼者達に好評で、住民の貴族達も気になっているそうじゃないか」
「明日の夕食がカレーです」
「ほう、そうなのか」
「ただ、今日のシチューと同じでもう煮込みの段階に入っていますので、セネルムントで提供されているカレーとは別物です」
さっきも食事が終わって後片付けをしている脇で、何かを煮込んでいたのは確認している。
それもあってこの談話室にはほんのりスパイシーな香りが漂っている。
「絶対食べていって下さい」
「そうか」
どんな料理なのだろうか、気になるが今は楽しみにしておこうと決めた。
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