二人の客人 -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
前王への訪問から日が経って。予定通りランセル将軍がやどりぎ館に来る日になり、アリシアはアンナマリーを連れてエバンス家の屋敷に迎えに行った。
ただの宿泊だけれど、今住んでいる下宿に父親が来るからと、アンナマリーは昨晩からソワソワしていたりする。
2泊3日の宿泊。モートレルの視察もあるけれど、将軍自身のお休みもかねていて、娘と同じ環境で滞在したいと、宿泊部屋はシンプルな状態のまま。ベッドも標準サイズのままで泊まることになった。
今回に関しては、アンナマリーから2回の夕食についてのリクエストがあったので、予定を変更している。
食材、特にお肉についてはフィーネが人の良さを発揮して「我も食べたい」と良いものを提供してくれた。
「霞沙羅さんの恋人も来るのか?」
「泊まらないって聞いてるけどねー。空いてる2部屋のどっちかを決めて、温泉に入ってから帰るって」
今は鎌倉にある実家に、長期の研修場所から帰ってきているので、それはエリアスが送迎することになっている。
ヒルダやハルキスに匹敵するという剣士、という事でアンナマリーも期待している。榊瑞帆は男だけど、騎士見習いとしてこの館で学ぶことが増えるのはいいことだ。
二人は一旦屋敷に入り、荷物の準備を終えたランセルを連れて、やどりぎ館に戻った。
* * *
やどりぎ館は異世界にある家とはいえ洋館風なので、フラム王国国民からはさほど違和感も無く、ランセルは用意された宿泊部屋に2泊3日分の荷物が入った鞄を置き、娘が住むこのやどりぎ館の設備を案内して貰った。
入居者への挨拶は、フィーネが占いで出掛けてしまっているし、シャーロットはまた実家に戻ってぬいぐるみと本の入れ替えをしている。霞沙羅は吉祥院との打ち合わせに横浜に行ってしまい、と今は人がいないので後にすることにした。
「こ、ここが私の部屋です」
来て早々、まずはアンナマリーの部屋で、親子で現状の話しをすることにした。
伽里奈はお茶を持っていった後に、館の掃除を始めるので、部屋には親子二人だけが残った。
一目見ると何やらぬいぐるみが多いけれど、家を離れて一人で生活をしているのだから寂しさを紛らわせているのだろうと、父として文句を言う気は無い。
「部屋の掃除や衣類の洗濯はアリシア様などに任せているんですよ」
部屋はとても綺麗に保たれている。変な匂いもないし、清潔そのもので、清掃が行き渡っている。
ここはアパートでは無く下宿。だから部屋の清掃も入居時の条件に含まれている。それもあるけれど、屋敷育ちの娘の一人生活に不安があったランセルはこの良い環境に安心した。
「アリシア君はきちんとやっているんだな」
先程案内をされた館の他のところも綺麗だった。一番汚れそうな厨房も清潔だった。
「他の入居者達とは上手くやれているのか?」
「シャーロットっていう、こっちの世界の魔術師の子は歳も近いので仲良くやれてます。フィーネさんっていう、また別世界の魔術師の人は、ちょっと癖はあるんですけど、色々と気を回してくれて、いい人です。カサラさんも、ちょっとだらしない感じですけど、いい人です」
「カサラ殿もこの家に住んでいるのか?」
「いえ、窓から見えてますけど、隣の家に住んでいるんです」
「男性は住んでいないのか?」
「管理人のアリシア様は別として、ユウトさんというまた別世界の格闘家が入居しているんですが、今は世界大会があって随分前から不在です。それと、カサラさんと同じで、この国の英雄の剣士の人が、近日中に入居する予定になっていいます。それもあってこの後館を見に来るそうです」
「しかし、男女でエリアも階段もきっちり別れているのが安心だな」
談話室や食堂等の共用スペースはあるけれど、男女で区画自体はしっかり壁で分けられているし、男女どちらのエリアに入るにも、それぞれの階段があるし、ドアまであるので、建物の設計にはとても好感が持てる。
アリシアがフラム王国に復帰してから、何度か娘が屋敷に帰って来て話しを聞かせて貰っていて、楽しそうにやっている事は解っていたけれど、実際に住環境を見ることが出来て良かった。
「あの棚に入っている書類を纏めたようなものは何だ?」
部屋の棚には書類が綴られているバインダーがある。
「あれは、アリシア様から魔術と神聖魔法を教えて貰っているんですが、その時に使ったテキストを順番に収納したものです」
「あのアリシア君からか。見せて貰っていいか?」
「ええどうぞ」
ランセル将軍も敬虔なギャバン教徒。騎士としてある程度の神聖魔法を使えるようにしているので、詳しくは解らない魔術では無く、神聖魔法の方を見せて貰う事にした。
それなりの枚数があるので、結構勉強しているのも解るけれど、オリエンス教徒のアリシアがギャバン教徒のアンナマリー向けに教えられるものなのかと、内容を確認すると、これがよく出来ている。
「一度ゴースト相手に悔しい思いをしましたので」
「ここまでの事は習得しているのか?」
「モートレル占領事件以降は大きな戦いも少ないので、治療魔法以外はなかなか使う機会は無いですけど、発動は出来ますし、定期的に確認しています」
「ほう」
魔術と剣術の腕が目立つアリシアも、神聖魔法にも造詣が深いと聞いているが、このテキストを読めばそれも解る。本当に解っている。
ギャバン教の教義を簡単にまとめて、ギャバン教徒として神聖魔法を使うには、という精神のあり方まで書かれている。
テキストをこのままラスタルに持って帰って、騎士団用の教本にしてもいいくらいだ。
「勉強はまだ続けているのか?」
「ええ、週に一回か二回くらいですけど。魔術の方はホントに、魔力感知とランタンにちょっと火がつけられるくらいなんですけど、私専用の発動体も貰ってしまって」
と、アンナマリーは琥珀のネックレスを見せた。あんまり見せないようにとは言われていたけれど、父親だしと見せた。
「こんなものまで貰ったのか」
「あの、今いるこの国は琥珀が安いそうなので」
「そ、そうなのか」
琥珀はまあこの際いいとして、ちゃんと勉強をしているというテキストは残されているし、遠く離れた地に行った娘は、きちんと日々の修練を積んでいるのだなと実感した。
アリシアに憧れていたアンナマリーが、そのアリシアに世話をされているという事がなんとも面白い。
ふと、部屋に置いてある剣を抜いてみると、こちらもしっかり整備がされている。
「これもアリシア君か?」
「いえ、カサラさんから手入れの仕方を教わっています。あの人は魔剣や聖剣も作る事が出来るんです。だから作業場のある隣の家に住んでいるんです」
未熟な娘の為にと、魔剣ではないなりに、腕のある工房に良い剣を作らせたが、維持方法もちゃんと学んでいた。
机の上には材質がよく解らない半透明な箱があって、そこに整備用品が収められている。
鎧の方の手入れもマメにやっているようだし、自分の道具は娘が手入れしている事が解る。
「いい経験を積んでいるようだな」
アリシアもそうだけれど、異世界の英雄だという霞沙羅もそばにいるし、職場にはヒルダもいる。騎士として勉強する環境としては、兄二人よりもはるかに良いと言える。
それに霞沙羅は部隊を纏める立場にあるという。
将来、この娘がどこまであがっていけるかは解らないけれど、今ここにある環境から学べることは多い。それをラスタルに持って帰って来て欲しいくらいだ。
父のモーゼスが二人に娘の事について訊いた話も聞かされていて、冷静な評価を下されていることも解っているけれど、手厚いフォローはしてくれる発言もあったようだ。
本当にラッキーな場所にたどり着いた。
やっぱりなんか、ぬいぐるみが多いような気がするけれど、息抜きもあるだろうし、小言を言うのはやめにした。
「これからも周囲の協力を得て、勉強を続けるのだぞ」
「はい」
お説教はなさそうだし良かったなと、アンナマリーは安心した。
読んで頂きありがとうございます。
評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので
よろしくお願いします。