前王様とのひととき
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地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
式典の時に会ったままになっている先代国王のジョナサン二世が、一度プライベートで会いたい、と魔法学院経由で連絡があったので、今日は今住んでいるクリード城までやって来た。
セネルムントから馬車で1日ほどの場所にあるクリードという小さめな城下町。
魔女戦争終結後、国内の復興中に突然の重病の為、王の座から退いて以降、ジョナサン二世はこの城で療養しながら、クリードの町を治めている。
以前は住民の前にその姿を現すことが出来ないような、ベッドから出てこられないような状況だったというけれど、現在では定期的に、馬車で城下や農村に顔を出している程に動けるようになったとのこと。式典の時には椅子に座ったままだったけれど、あれは大事をとっての事だった。
それでももう国政には口を出すこと無く、静かに町の運営のみを行っている。
年齢はまだ50歳。時々ちょっかいをかけてくるワグナール帝国を抑え、魔女戦争下のフラム王国を守り切ったという功績は大きく、まだ若い息子のマーロン王へのアドバイスくらいはしているそうだ。
今日の訪問ではイリーナが同行している。
話によると神官による医療行為だけでなく、週に一度、セネルムントからお風呂一杯分の温泉が運ばれていて、ジョナサン二世の療養を支えているのだとか。
今回は先にセネルムントに行き、イリーナと一緒に温泉を入れた大きな容器を持って、クリード城下にある神殿まで転移をした。そこからお城まで歩いて行く。温泉の入った容器もこの英雄2人にとっては軽いものだ。
ここのお城は少し小高い丘の上の、町を見下ろす位置にある。お城としては小ぶりだ。
「あれだよ、足湯っていう入り方もあってね。膝下くらいまで足が浸かるくらいの浅い湯船を作って、そこにベンチを置いて、足だけ入浴するっていうのもいいんだよ」
「カサラさんの所のやり方?」
「そうそう」
「意味あるの?」
「お湯にのぼせることもないしね、それに足っていうのは、足裏に全身の内臓に効くようなツボっていうのがあったりで、足だけの入浴でも血行を促進して、冷え性とかにも効果があったり、全身に効果が行き渡ったりもするんだよ」
「色々入浴にはやり方があるのね。そうそう、あの湯ノ花っていうのは、私達でもあの粉みたいに採れるの?」
「ボクはやり方を知らないけど、霞沙羅さんは温泉で働いてる知り合いの人がいるから、通常は普通の、 魔術師じゃ無い人が採取してるみたいだよ」
「やっぱり霞沙羅さんの言うとおり、オリエンス様からの賜り物を無駄に捨てるわけにもいかないって結論よ。それに温泉の効果を町の外に粉末にして持ち出せるなら、例えば前王様にこんな風にお湯を運ばなくてもいいわけだし、いつでも入れるわけでしょ? マーロン様も王城で温泉を楽しめるわけだし、他の神殿の神官達にも渡してあげられるわ」
「そうだねー」
「だからカサラさんに話しをしておいて貰える?」
「うんいいよー」
温泉は折角苦労して運んできても一回しか使えないし、神官はイリーナのような力持ちばかりじゃ無い。でも湯ノ花があれば、壺か何かに入れて渡せばいいし、桶を使ってちょっと足湯を、なんてことも出来る。
あとはまあ、ある程度の寄付をしてくれた人への返礼品とか、敬虔な信者である貴族やお金持ちは喜ぶだろう。
それは後で考えて貰うとして、お城の人が出てきて、2人を招き入れてくれた。
温泉は係の人達が持って行き、2人はそのままジョナサン二世のいる執務室に通してくれた。
「おおアリシア、よくぞ参った」
「式典以来ですね。お体の方はどうですか?」
今は王様ではないけれど、子供の頃に王様だった人にプライベートで会える立場になるとは思ってもみなかった。
やどりぎ館には神様が泊まりに来ているけれど、そういうのとは違う。こっちは同じ町に住んでいながら平民にとっては雲の上の人間だ。
「最近は大夫体の具合もいい。退位してからしばらくは立ち上がる事も出来なかったが、ここの水が良かったのか、セネルムントからもって来て貰う温泉によるものか。もう歩くのにも杖はいらなくなった」
でも一応は杖を使っているようで、机に立て掛けてある。安全の為だろう。
「そうですか、それは良かった」
「二日ほど前には、孫達がやって来て相手をしてやった。そういえば、何やら美味しい料理を食べたと言っておった」
式典の時よりも饒舌な感じだ。自分の城内という安心感もあるけれど、王をやっていた頃に比べると温和な感じになっている。
逆にマーロン王の方は王子だった頃に比べると厳しめな人になっているから、国王という立場がそうさせていたのだろう。
「先日、王城で晩餐会が行われたと言っていた。アリシアが異世界から持ってきた料理が美味しかったと、3人とも興奮した様子で話してくれたよ」
「そうですか。それに今はブルックスから魚を安全に運搬する為の道具を作っていまして、それのデモンストレーションでもあるんです」
「魚を? 冒険譚も読んでいるが、お前は魔術師としても剣士としても有能であるのに、本当に変わっておるな」
「でも旅の間、辛さを忘れさせてくれたのはアリシアですから」
「イリーナ司祭からも色々と聞かせてもらっておるからな。フラム王国に帰ってきて、早速面白いことをやっているものよ。美味しい揚げ物と麺料理と、それと凍った食べ物のことについては随分と興奮しておった。私にも食べさせたいとな」
「そうですか」
王子と王女とはいえまだ年齢は一桁台。素直な反応を見せてくれたようで、もう一件あって大変な一日だったけれど、お城まで作りに行った甲斐があったというもの。
「機会があれば私も食べたいものだな」
「お声がけしていただければ」
「ああ、よろしく頼むぞ」
しばらくしてお茶とお菓子がやって来て、やどりぎ館での話を聞かせてくれと言われたので、しばらく話しをすることになった。
「そうか、あのアンナマリーも大きくなったものだ」
さすが先代将軍と現将軍の娘だから、ジョナサン二世もアンナマリーについては子供の頃からよく知っている。
「ヒルダ殿の元で精力的に勉強をしているようだな。昔から兄達二人には負けないと言っておったからな」
そこでジョナサン二世は軽く頭を振った。
「うむ、年甲斐も無くはしゃいでしまったようだな。お前の話が面白いからだぞ」
「そろそろ休憩されますか?」
今日はイリーナがジョナサン二世の側で体の具合を見ていくようだ。
「こちらから呼んでおいて済まないな」
「いえいえ、あまり無理はされない方がいいですね。ボク…、私もこうやって呼んでいただけただけでも光栄です」
ジョナサン二世は机の上にあった鈴を鳴らすと、ドアの外にいた使用人が入ってきた。
「お昼寝の時間にしましょう」
「ああそうしよう。しかし良い時間を過ごした」
「あのー、良かったらマッサージでもしますよ。主には足裏なんですけど」
「それは異世界の医療行為か何かか?」
「医療行為なんでしょうねえ。補助的というか、魔法では無いですよ」
「折角だ、頼んでみるか」
執務室のすぐ隣が王の寝室だった。今のジョナサン二世の為にこういう構造にしたのだろう。
使用人の人に頼んで桶にぬるいお湯を入れてきて貰って、王には椅子に座って貰って、桶に足を突っ込んで貰った。
「これが足湯?」
「ちがうよー。でも軽くリラックスするにはこれもいいけどね」
適度な頃合いに、まず左足から足つぼマッサージを始めた。
「足裏には、全身に対応したツボっていうのがありましてね、前王様には入浴している時にでも、こう、全体的に足を揉んでみるのもいいですよ。あとは日常で足裏が疲れるなと思ったら、今みたいにお湯を持ってきてもらって、温めてからゆっくり揉むとかして。足を休ませて、それだけでも結構ちがいますよ」
「そうなのか」
「あの、アリシアの所に住んでいる、火山対策を立案した異世界人なんですけど、その人の提案で、もう少し手軽に温泉に入れるようになると思います」
「マーロンからも話しを聞いている。先程の話で入居者の中に出てきた異世界の英雄だという女性か?」
アリシアはあんまり痛くならないように、こんな事もあろうかと持ってきていたマッサージ棒で、足裏のツボを刺激していく。
「すみません、具合の悪い場所は痛く感じますので。今日は軽く押しますね」
「ほお、確かに」
バラエティー番組の罰ゲームのようにグイグイ押す気はない。
そして両足のマッサージをやり終えると、一寝入りする為にジョナサン二世はベッドに移った。
「うむ、なにやら足が温かくなり、心地よい眠気がくるな」
「そうですか、それは良かった。それではボク…、私はこれで失礼します」
「ああ、また次回、話の続きを楽しみにしているぞ」
* * *
昼寝に入ったジョナサン二世の部屋から出て、門までの廊下を2人で歩いていく。
「練気とか教えて貰ったけれど、向こうの世界には色々とありそうね」
「食による治療もあるからね。足つぼを触って解ったよ、ジョナサン二世の悪いトコ。そういうのも提案するよ」
癖はあるけれど薬膳食とかもある。互換できる食材を探そう。
「そんなのも解るの?」
「押した感触でね、対応するツボでどこか解るから」
「これ、誰かにやった?」
「ちょっと前にヒーちゃんとルーちゃんにやったよ。まあ二人とも日常的な疲れだけで、元気そのものだったけどねー」
「前王様も、体調自体は良くはなっているのよ。今は体力作りね。現役時代とは違ってずっと寝込んでいた時期があったから」
「ずっとこっちにいるイリーナの方が、急に来たボクよりも色々知ってるだろうしね。体調がいいのなら、お城の中でもいいから、少しでも歩き回って散歩するのもいいかもね」
「そうね。お城の人とも話をしてみるわ」
何かいい料理方法があれば紹介するかと考えて、アリシアはやどりぎ館に帰っていった。
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