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いつか帰るその日まで -2-

「さて、どういう結果を残すべきだろうねー」


 先日のキャンプでヒルダに目をつけられてしまったので、仕方なくその「試験」とやらを受けに騎士団の事務所にやって来た。


 霞沙羅には鞘を掴んだ事を、さすがにやり過ぎだ、と言われてしまった。だから一発喰らって即ダウンは通用しないだろう。


 ヒルダの剣の腕前は良く知っている。模擬戦用の剣であっても普通の人なら軽く命中しただけでも大きなダメージとなる。しかし、腕前では劣るとはいえ英雄である。伽里奈であればそこまで深刻な事にはならない。


 伽里奈はあくまでちょっと強い一般市民を装わないといけない。上手に一撃を貰って演技で痛がっても、手応えで頑丈なことが解るのでそれもまずい、と悩んでいたが、無情にも騎士団の事務所の前に辿り着いてしまい、門番に中に案内された。


 鍛錬場所ではヒルダが仁王立ちになって待っていた。着ている鎧は本番用では無く、キャンプに着て来た、普段使いの良質レベルの物だからあくまで「試験」として行う気のようだ。


 その他に各団長や部隊長格なども集まっている。それと、孫2人を膝の上に置いてすっかり甘いおじいちゃんになってしまった先代領主のルハードまでいた。


 ルハードはヒルダほどではないとはいえ、王都の将軍達にもひけを取らない勇猛果敢な戦士として知られているような武人だ。娘が試験をする人材に興味を示して見に来ているのだろう。


 このメンツを見るに試験自体には本気が感じられる。最初から負ける為に適当にやると簡単にバレてしまいそうだ。


 元領主はかわいい孫を独り占めしてデレデレしてしまっているが。


「来たわね。じゃあカリナ君、すぐに始めましょう」

「とりあえずマカロンです。中にクリームが入った丸いカラフルなお菓子です」

「あらありがと、マカロン?」


 ヒルダは伽里奈からマカロンが入った袋を受け取って、横にいたレイナードに預けた。


 ―あのヒーちゃんが食べないとか。


 お菓子を使った時間稼ぎも効かないし、これはもうダメだ。諦めて試験を受けるしか無い。


「じゃあ剣を渡して、防具も付けてあげて」


 いくら伽里奈が妙に強いとはいえ、相手は大陸でも有数の剣士である英雄ヒルダだ。いくらなんでも本気で襲いかかってくることはないだろうが、アンナマリーも事務所建物の窓からハラハラした表情で見ている。さすがにエバンス家の長女でも止める事は出来ない。


「大丈夫よ、試験なんだし私だって魔剣じゃないから」


 日本に来てから3年間、霞沙羅とはしょっちゅう模擬戦をしているし、同じチームの別の英雄さんとも剣を交わしているので、腕が衰えているわけではなく、むしろ向上している。


 それにユウトからも拳法を教えて貰っているから剣が折れても何とかなる、かもしれない。


 伽里奈は鎧を着せて貰って、鞘から剣から抜く。勿論刃が無い模擬戦用の剣だ。見たところヒルダが持っている剣と差は無さそうだ。


「それではカリナ君、危険があれば私が止めに入るから」


 レイナードは楯で防御をしながらカウンターという戦いをするので、持っているのは魔女戦争の終盤頃に作って貰った、防御障壁を張れる魔法が仕込まれた楯を持ち出している。


 だが不安だ。あそこにいるのが仲間のハルキスかイリーナなら安心出来るけれど、レイナードじゃあヒルダを相手にするには力不足すぎる。


「じゃあやりましょ」

 と、ヒルダが鞘を投げ捨てた刹那、瞬間移動かと思うほどの速さで間合いをつめて斬りかかってきた。剣が軽い分動きがとても速い。


 だがその剣が伽里奈の体に叩き込まれる事はなく、こちらも鞘を投げ捨てて、剣の勢いを逃がすようにやや斜めに受け止める。


 そこでようやく2人が捨てた鞘が地面に落ちた。


 ―ほら、レイナードじゃ止められないってば。


 そんな一撃目を防いだ事に、一瞬ヒルダが目を見開いたが、すぐに次の一撃を放ってくる。


「おおっ!」


 そこでようやく見物していた人達が反応した。特に孫にデレデレしていたルハードは瞬時に戦士の顔に変わった。


 少女にも見える小柄な伽里奈があの速度に対応しただけじゃなく、一撃目から真正面から受け止めないように微妙に剣の角度を調整していることが見えた。


 二撃目も同じように流そうとしたのでヒルダは一旦距離を取った。さすが絶対の信頼を置いたパーティーの前衛だ。自他共に求めるパワーファイターだが、力押しだけでは無い。


 伽里奈の意図に対しても瞬時に対応出来るテクニックも身につけているから英雄なのだ。


「おもしろいじゃない。今まで試験をした人達でこれをしのげたのは殆どいなかったわ」


 ―すぐ近くで散々見てきたからねー。


 でも長引くと伽里奈はいつか負けてしまう。魔法騎士と言われながらも、やっぱり前衛専門のヒルダにはどうしても敵わない。それはずっと側にいたあの2年間でハッキリ解っている。


「ちょっと本気出しちゃお」


 ヒルダはパワーを控えて剣速を上げて猛烈な斬撃を繰り出してきた。


 アリシア時代から愛用している魔剣なら問題ないけれど、この安物の模擬剣ではまともに受けられない。そんな事をしたらすぐに折れるだろう。


 騎士団側も「試験」とは言えないほどの、団員であっても当たれば死にかねない激しい剣撃を止める手立てがない。間に割り込もうにも剣の速度が速すぎる。


 伽里奈が上手い事一撃一撃の力を削いでいるから、そこから逸れた衝撃が足下の地面にかなり深い溝を刻んでいく。


 ―これはまずいなあ。ヒーちゃんは久しぶりに強い相手に会ったことに熱中しちゃって、試験の枠を越えちゃってるぞー。


 まだ冷静に考える余裕はある状態だ。でもこの剣がもう保たない。ユウトさんに教えて貰った【鉄身(てっしん)】という身体強化技で受け止める、なんて余裕は無い。


 ―なら仕方ない。


「そんなんじゃ死んじゃうって」


 ヒルダの剣の動きを見て、一度引き、再び打ち出そうという瞬間を狙い、剣の柄に近い箇所の刀身を突いた。


 たったそれだけだが、伽里奈の見た目からは想定外に重い一発にヒルダはバランスを崩して、剣を振り下ろせずに、一歩下がった。


 ヒルダの動きが止まったその瞬間を逃さず、レイナードが楯を構えて2人の間に飛び込んできた。


「ヒルダ、もう終わりだ」

「え、ええ、そうね」


 嵐のような激しい打ち合いの末、伽里奈とヒルダの剣はもうボロボロになっていて、やがて折れた。


ルハードも孫を椅子に置いて、ただの市民相手に本気になってしまった娘がこれ以上動かないように手を押さえに来た。


「落ち着け。アリシア君やハルキス君じゃあるまいし、お前がそこまでするような相手か?」


 いや、そんなわけは無いだろ、と歴戦の勇士も驚きながらも、娘を落ち着かせるためにそう言った。


「ああビックリした。ボクのマカロンを早く食べたい気持ちはわかりますけど、落ち着いて下さい」


 ―ああ、良く保ったなーこの剣。


「ええそうね。私とした事が、久しぶりの感覚にちょっと悪乗りしちゃって」


 ヒルダは地面に落ちた刀身を見た。「試験だ」と言ってここまで剣がボロボロになった事はない。時間にしてそう長くはないけれど、そのくらい2人は打ち合っていたのだ。


 今まで出会った、ちょっといい感じ、な人達とは次元が違いすぎた。ここまで自分と相手が出来るのは、同じパーティー内のルビィを除いた4人しかいなかった。


「カリナ、お前大丈夫か?」


 慌ててアンナマリーが駆け寄ってきた。


「う、うん、まあ、別に」


 殆ど達人同士というとんでもない戦いが繰り広げられたわけだが、この中でアンナマリーだけはそこまで狼狽はしていない。なにせ自分が手も足も出ない霞沙羅から「アイツも強いぜ」と言われているからだ。


 酔っ払いをあんなに甘く投げられたのは、本当にそれだけの技量があるからだとようやく確信した。やっぱりあの館に住んでいる人は何か違う。


「領主様、もういいですか?」

「ええ、時間を取らせて悪かったわね」


 深呼吸をしてヒルダも落ち着きを取り戻した。


「アーちゃん以外にもこんな子がいたのね」


 アーちゃん以外、と言った。アーちゃんみたい、とは言われなかった。とりあえず今のところは同一人物だとは疑われなかった。


 そして伽里奈は無傷で怒ってもいない。本気になりかけていたヒルダも落ち着いたので、この空間に安堵の空気が流れてくる。腑に落ちない点はあるが、今は誰もがこれ以上の事を考えたくはない雰囲気だ。


「カリナ君、大変ご苦労だった。いや、何と言っていいか、とりあえずは今日はもう大丈夫だ」


 下がっていったヒルダの代わりに、前領主のルハードが試験の終了を告げてきた。


「そうですか」


 伽里奈も脱力する。ああ良かった。ヒルダはやっぱり強いのだ。それを何とか止めることが出来た。


「じゃあボクはちょっと買い物をして帰ります」


久しぶりにヒルダの実力を見る事が出来て、ある意味安心した伽里奈は買い物と言いつつも、ギルドの方に足を向けた。

読んで頂きありがとうございます。

評価とか感想とかいただけましたら、私はもっと頑張れますので

よろしくお願いします。

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