いつか帰るその日まで -1-
今日は札幌市内にある、軍の駐屯地に呼ばれ、新城霞沙羅大佐のサポート役として、隊員達に魔術の訓練を行っていた。
日本とラシーン大陸では魔術のルールが全く違うのだが、伽里奈は地球にある多くの魔法を習得している事もあり、異世界での実戦経験を買われて、傭兵というか個人エージェント扱いで、霞沙羅の隊員達への補助教官として協力している。勿論異世界人であることは内緒だ。
中世時代に近い文明から来た伽里奈の能力は、日本に来たとしても非常に高く、最新装備を備えたエリート部隊を相手にしてもあっさりと勝利してしまうから、頼りない見た目に反して軍での信頼は高い。それに、ヒルダやハルキスといった白兵戦メインの仲間にも魔術を教えていた経験もあって、軍人相手でも研修は上手だと評判だ。
軍としても、厄災戦で有能な兵士達を多く失っており、その穴埋めの為に、練度の低い若手の成長が急がれていている為に、伽里奈は札幌で重宝されていて、本部のある横須賀基地からも訓練を目的として人がやってくるくらいだ。
「お前のテキストも大夫増えてきたな」
伽里奈は研修をする時に自分でテキストを作成している。それももう2年近くになり、軍も教材の参考として保管しているから大夫溜まってきた。
元になっているのは地球側の魔術を覚えるために自分用に纏めた魔導書だ。ただ、霞沙羅並の魔術知識が無いと読むのも困難な代物だった為、軍で教えるために解りやすく再編集して、訓練用に仕立てたテキストだ。
「ボクも自分がここまで研究に向いているとは思ってもみなかったですよ。『天望の座』のお年寄り達って研究ばかりで、部屋に籠もってばかりなところが苦手だったんですよねー」
天望の座は、フラム王国国立魔法学院のトップ5人の地位を現す称号だ。いずれも賢者と呼ばれる程の魔術士のトップに君臨している人の集まりだ。
「私とは分野が違うが、お前はお前で充分変人だぜ。今でもお前との会話は面白いからな」
「ボクもですけどねー」
伽里奈は食料の保存に使用する魔法を初めとした、制御能力が試されるアレンジ魔法が得意だ。そして霞沙羅は魔剣の制作や聖剣の調整をする関係から、魔装具向けの魔法が得意だ。
得意分野は違っていても、2人はお互いに力を認め合っているから、年下であっても霞沙羅は伽里奈を下に見ないし、伽里奈は霞沙羅に色々と教えて貰ったから敬意を示して「先生」と読んでいる。
それに霞沙羅が色々と裏で手続きをしてくれたおかげで、この日本で学生としての居場所があるから、とても有り難い人だ。
「内容に問題なし、と」
霞沙羅はテキストの内容にお墨付きを与えて、データをライブラリ編纂部門に申請した。
日本が誇る英雄の一人として、軍の広報誌を通して内部だけでなく外部に向けてもアイドル的な活動もする程の美人さん。主にユーラシア大陸を舞台とした、厄災戦と呼ばれる戦いの時は、見た目だけでなく強大な力を示して、日本国内を中心に人々に大きな希望を与えてきたすごい人。
とはいえ、日常生活はとてもだらしなくて、朝起こしにいくと下着姿どころか全裸の時も多々ある困ったお姉さんだが、異世界の英雄である伽里奈から見ても霞沙羅は格好いいし、自分と同じように、国の中央にいるのが嫌で北海道に逃げてきたという人だから息も合う。
「それでだな、ちょっと横浜に行く事になりそうだ」
「昇進ですか? さみしいなあ」
戦渦に巻き込まれて、東京は壊滅し、現在の日本の首都は神奈川県の横浜となっている。その横浜に行く、となると栄転が頭をよぎる。やはり霞沙羅は軍には無くてはならない人材だ。
「そうじゃねえよ。横浜で不可解な事件があってなあ、それで分析と会議がある。鍛冶屋として来いとよ」
霞沙羅は対外用の軍人ではなく、国内の災害レベルの魔術的事件に対応した軍人だ。北海道に逃げたとはいえ、元英雄ほどの人物を頼らない訳はないから、時々本部から呼ばれるような出張が発生している。
「お前も覚悟しておけよ」
「ええ」
霞沙羅が何を言いたいかは解る。
アンナマリー関係とはいえ、自分の住んでいた国に少しずつ足を運び始めて、しかも元冒険者仲間に近づいていっているのだから、これまで通りの生活がしたければ、どこかで止めないといくら女神の力が効いていてもいずればれるだろう、その話だ。
魔女戦争が終わって3年以上経ったけれど、国の人は自分の事を忘れているはずもなく、帰ってくるのを待っている人が結構多い事も解っている。
「ただ、私と邪龍様の世話がある事は忘れるなよ」
邪龍様とはフィーネの事だ。自分の世界で人間に試練を与える際には、全長十数キロという長大な龍の姿で空を飛び回り、作り出した眷属を地上にばら撒く災害のような存在で、館にいる人間形態は知られていない。
フィーネはああいった尊大な態度をしていたり、伽里奈をからかったり、我が儘を言ったりするが、基本的には気に入られているのは解っている。
それに先輩女神としてこの3年間、エリアスに色々とアドバイスをくれたりしているから伽里奈も感謝している。こちらもちょっと困った女神様だけど、まだ恩を返せていない状況で管理人をやめる事は考えていない。
「ばれたらばれたで開き直れ」
「アドバイスになってませんよ」
「いいタイミングがあったらどさくさに紛れてカミングアウトするのも手だぜ。ボクは今まで記憶を失ってたんだ、とか言ってな。マンガではそういう覚醒とか良くあるだろ」
「大きな事件でもあればいいですけど」
「しかしアリシア様を尊敬しているあのお嬢ちゃんはビビるだろうな」
入居からこれまでに、尊敬している英雄アリシアに結構失礼な事をしているから、伽里奈が正体をバラした時に、あの真面目なアンナマリーはどんな態度を取るだろうか気になってはいる。折角やどりぎ館での生活を満喫しているのだから、恥ずかしくて退居するとかは勘弁して欲しい。
「まあいい。一週間程度を予定しているから、日程が決まったら言う」
「はーい」
* * *
王都ラスタルの一角には国立の魔法学院がある。英雄アリシアとルビィの出身校で、魔術士の育成を行っている教育機関でもあり、フラム王国における魔法技術の研究機関だ。
この敷地内には、王宮とは別に、独自の宝物庫がある。保管されているのは魔装具や魔工具と呼ばれる、いわゆるマジックアイテムであり、貴重なモノから危険なモノまで色々と揃っているから、当然守りも厳重であり、中身は幾重にも魔術的なセキュリティーが施されている広大なダンジョンになっている。
何の魔術知識も無い人間では盗むことはおろか、中に入ることすら出来ない。
その入り口に背の高い女性がやって来た。服装は白のブラウスと黒のベストとスカートで、事務服を着たOLのような世界観違いな服装をしている。
「時間と知識をつぎ込んだ仕掛けであっても、私にはあってないようなものですの。元々我が家が作ったモノですから、舞台装置として返して貰いますわ」
女性は宝物庫のダンジョン全体に意識の触手を伸ばした。仕掛けられた魔術によって、約十秒事にダンジョンが組み替えられているような感覚が探知を誤魔化してくるが、必要な物はたった一つだけ。
100年以上前に先祖が作った錫杖の位置は、魔法学院の歴代の賢者達が組み上げていった細工も通用せずに、一族が培ってきた独自の感覚によって最深部の座標を正確に探り当てた。
「欲深い人間は一度敗れ去ったというのにまた同じ夢を見続けるのですねえ。私には知ったことではありませんが、自分達で集めた強欲な人間達と一緒にせいぜい上手いことやりなさいな」
どうしたのか彼女の手にはダンジョン最深部からたぐり寄せた一本の錫杖が握られていた。
「これを渡して、あれを渡して。予定通り町に人も集まってきていますから、後は計画通りに動いて下さいな」
そして誰の目にも触れることなく、女性はどこかに行ってしまった。
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