邪龍神様のもう一つの顔 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
挨拶を終えて、城から出て再び城下町を歩く2人。
先程見た渓谷における事件に対応する為に多くの冒険者や傭兵を雇っているのだろう。正規の人間ではない、思い思いに自由な武装をした人達の姿が目立つ。
「あの渓谷は何なんです?」
「過去の戦いにより、闇の瘴気が集まる土地となったのじゃ。…我の仕業ではないぞ」
強大な魔物を打ち倒した場所で、その体から流れ出た大量の血が地面に染み込み、それ以来魔物が自然発生するようになった。
年中今のような状態なのではなく、月の影響で決まった季節に今のような状況になってしまう。
安全な時期には神官によって土地の浄化は行われているけれど、20年ほどやって、まだ半分とのこと。
「小僧も見たであろうが、千歳市の一角や東京と同じモノだと考えればよい」
「誰がやったんです?」
「人間じゃよ。こちらにもおる我らの意思を無視した小さな反逆神の力によってではあるが、それを利用したのは人間じゃ。よって自業自得と判断し、我らは直接には手を貸さぬ」
「あの、今更ですけど、フィーネさんの女神としての立ち位置って教えて貰えません?」
たまに霞沙羅が冗談で「邪龍様」と呼ぶけれど、アリシアはフィーネの女神としての位置を時々人に試練を与える女神、くらいにしか知らない。
「この大地は色々と神が多いが、位置としては、ギャバンやオリエンスと同じ、主神じゃ。役割故に信仰はされてはおらぬが、ここの管理者の一つである」
フィーネはアリシアと組んだ腕に力を入れてきた。
「なんかこう、邪教徒みたいな人がいるわけではないんですか?」
「我の力は誰にも貸してはおらぬ。お主の女神と同じく、分け隔て無く危害を加える役目を持っておる事もあり、信仰しようという阿呆はおらぬ」
力はギャバン神なんかと同じだと聞いていたけれど、存在自体も最上位クラスに位置している。
「地球の神は主神にも明確な悪が混ざっておるが、ここはそうではない。我らは役割に沿って行動をしておるだけじゃ」
「だから暇な時には、さっきの人みたいな人に関わってるんですね?」
「皆、戯れじゃよ」
「神様が魔法を使えるっているのが気になりますけどね」
神本人が世界に干渉する力を持っているので、魔術を使う理由が全く無い。でもさっきフィーネが森に対して使ったのは、こちらの世界の魔術だった。
「人と交わるのに、我の力を使うわけにはいかぬからな」
いまアリシアと腕を組んでいるのが分身でも何でも無い、本物の女神「邪龍神ネルフィナ」そのものなので、人間社会では力を制限しなければならない。それで魔術師を名乗り、わざわざ魔術を使うようにしている。
「ところで小僧はこの大地でも料理は作れそうかのう?」
アリシアはフィーネと話ながらも、市場で売られている食材や、売られている料理、それと食堂の中をチラ見したり、匂いを嗅いだりして、この世界の料理を確認している。
「食材の形が違っていたりしますけど。地球とかアシルステラとそう大きくは変わらないようですね」
「そのように出来ておるからな。実際に来て納得して貰えたのであれば、何かあの者達に提案して欲しい。ヒルダとか言う、小娘の雇い主に作ったモノでもよいぞ」
「そうですね。戦闘中ですし、ガテン系的なのでいいんですよね?」
「時期的にな。高級なものは、またいつかでよいぞ」
「そうですか」
この町では今は贅沢をしている場合ではないので、最前線で働く兵士達向けの、ちょっとでも疲れを忘れられる料理を作って欲しいのが、かつての弟子へのせめてもの助力だ。
邪龍神とはいえ、自分が管理する大地でもあるし、何だかんだで面倒見が良いフィーネだ。こういう所は、アリシアも好きだ。
アリシアの方も、元々フィーネに貰っていた食材リストを見ながら、もう一度市場を見て、どれが売っているのかをチェックしていく。
「なんかあれですね、パスタじゃなくてうどんみたいな麵ですね」
採れるのが、いわゆる中力粉的な小麦なんだろうけれど、麵はスープに入れて、日本的なうどんとは別な動物系のスープで食べているのが見える。
「それはそれでパスタ的に使うのもいいですし、カレーうどんや焼きうどんもいいですね」
「その辺は小僧の好きにやるとよい」
「じゃあ帰ります?」
「…」
「いたた」
また腕をつねってきた。
「折角あの小娘女神から借りてきたというのに、もう帰ろうなどとは、何も解っておらぬ」
「ハッキリ言ってくれると助かるんですけど」
なんだろうか、なぜフィーネは自分に「空気を読め」的な期待をするのだろうか。いつも通りにやってほしい。
するといきなり景色が変わり、高い高い空の上に、長い長い、スケール感がバグってしまいそうな程の、巨大な生き物の背中に立っていた。
「え?」
横には相変わらず腕を組んだままのフィーネがいる。
「これが我の真の姿、邪龍神ネルフィナじゃ」
「ええーっ!」
前も後ろも、薄い紫色の太い道のように、どこまでも続いている。
「驚いたか。今はやや前の方におるが、それでも我の頭部はずっと先じゃ」
標準では全長二十キロ程度。スケール的には瀬戸大橋の合計よりも長いので、横幅も広くて、全然下が見えない。
「もうしばらく我に付き合うのじゃ」
フィーネの巨体は空を移動し始めたけれど、あまりに大きいくて安定しているので、そうとは思えない。
しかし雲がすごい速さで流れていく。何かに守られているのか、邪龍神周辺の空気は風も吹いていないけれど、体は軽く音速は越えて移動しているだろう。
「今のこの体は、鱗を変化したものじゃがな」
それにしても大きい。
でも、話だけは訊かされていたけれど、この体を見せてくれるだけでなく乗せてくれることは、フィーネにとっては一つの覚悟を持っての事だろう。
邪龍神の姿はいつもの南国的な女性とは全然違う。この世界では人々にとって恐怖の象徴だ。アリシアにもあまり見せたくはないだろう。
その証拠に分身とはいえ、アリシアに絡めている腕が少し震えているし、目には少し不安な色がにじんでいる。自分を恐れているのではないかと心配しているようだ。
「ボクにはシスティーがいるじゃないですか」
「そうじゃな」
「大きさはは違いますけど。あれに乗ってエリアスを倒しに向かったんですよね」
「そうじゃな」
「だからボクを見て解ると思いますけど、別にどうでもいい事です。フィーネさん大きすぎてよく解りませんし。でも、いつかでいいんで、このずっと先にあるフィーネさんの顔を見せて下さいね」
さすがに数キロ先にある頭部は全く見えない。
「ボクの冒険者時代の知り合いには小型ですけどドラゴンに乗っているのもいますしね」
フィーネはアリシアの頬をつまんで引っ張った。
「生意気な小僧め。そう簡単に我の顔を拝めると思うな」
「えー、やどりぎ館に住んでいる家族じゃないですか」
「家族であろうと礼儀はいるのじゃ。夫婦であってもすっぴんを見せたくない嫁もいるであろう?」
「そういうものですか? わかりましたー」
まだフィーネの腕は震えている。でも顔も何か赤くなってプルプルと震えている。
なかなか扱いが難しいけれど、こういう所に人の…、神の良さが出ている。
「小僧…、アリシア、もう少しこの大地を案内してやろうではないか」
「初めて名前で呼びましたね。そういえばなんで名前で呼ばないんです?」
「そ、そんな事はどうもでよいではないか」
今の住民では霞沙羅だけは名前を呼ぶけれど、その他は純凪さん夫妻くらい。
面倒を見ていたエナホですら「童」呼ばわり。
でもこれはフィーネなりの思いがあっての事だけど、それはまだ教えてくれない。
それからしばらく、大地が丸く見えるくらいの高さを飛びながら、この世界の姿を見せてくれた。
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