国へのご報告など -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
やどりぎ館の管理人として約4年前に日本に来た時から、日本中にある寺院の元締めというかまとめ役である「寺院庁」には、異世界人として伽里奈とエリアスが登録されていて、日本国民として取り扱われている。
その寺院庁には地域毎に呼び方が違うけれど、島国で他国とは陸で接していない日本には「大僧正」と呼ばれる中心人物がいる。
伽里奈からすると「教皇」に近い存在だ。
日本の魔術師業界では絶対の位置にいる吉祥院家がいるが、宗教業界には神の声を訊くことが出来る「空地家」という一族がいて、世襲としてずっと大僧正としてやってきている。
今日の伽里奈とエリアスは、年に一度の挨拶として、横浜にある寺院庁にやってきた。
元々は東京にあったのだけど、厄災戦によって東京が閉鎖されてしまったので、横浜に移転してきた。
「あのドラ息子は今も真面目にやってんのか?」
「霞沙羅に性根をたたき直されて、真面目に修行中でやんす」
この後の予定もあるので、霞沙羅と吉祥院もついてきた。
話に出た現在の大僧正の孫は22才。
ドラ息子、という程のごろつきでは無かったけれど、将来安泰の家に育ち、元々それなりの力を持って生まれたので大した努力もしないのに態度はでかいだけのダメ息子だった。
そこを厄災戦の時に霞沙羅に連れ回されて「役立たず」と散々尻を叩かれまくったり、圧倒的に優秀な吉祥院と付き合った挙げ句、東京の壊滅を目の当たりにして自らの無力を反省し、霞沙羅達3人のいるグループを最後まで支える人物として、影ながら活躍した。
今は将来の大僧正になるべく、真面目に学び、修行として寺院庁の仕事を執り行っている。
そんな元ドラ息子は出てこないけれど、予定の時間に執務室に案内され、伽里奈は大僧正にこの1年の報告をした。
実際の所、やどりぎ館は神の事業である為、いかに大僧正といえど伽里奈とエリアスをどうこう出来るような力は無い。
歴代の異世界人については、神の意向に沿って、日本に存在するやどりぎ館の管理人である2人を、ただ日本人として管理しているにすぎない。
エリアスについては、神が管理人をすることを想定していないので、人間として扱われていて、大僧正と言えど真実は伏せられている。
「最近では新城君や千年世君に力を貸してくれていることを、よく耳にする。こちらの世界の揉め事で申し訳ないが、よろしく頼む」
「自分の生活、入居者への手伝い。やどりぎ館の環境を守る為でもありますから、これからも続けては行きます」
単に巻き込まれているだけ、という部分も半分はあるけれど、それが管理人の役目だ。
「協会から話はいっていると思うでありんすが、世界を移動してちょっかいをかけている人間と接触をしているでやんすから、寺院庁の方も充分気をつけて欲しいのであるです」
「道具といい技といい力といい、油断できん連中だからな。何があるか解ったもんじゃない。寺院庁も、軍と協会が知らない聖法器や封印物などの無事を今一度確認して貰いたい。なにせ伽里奈の母校でも、歴代の賢者が構築していった宝物庫からの盗難事件が起きているからな」
どうやって盗んだのかの手口も解らずじまいなので、どう防げばいいのか解らない。出来る事は盗難が起きているのか無事なのか、それを確認する為に、定期的にチェックするしかない。
「それは今、息子達に洗わせておるところだ。しかしあの千年世君がそこまで警戒する相手が現れるとは」
「ワタシも修行中の身でありんす。完璧ではないでござるよ」
とはいえ装備不十分の吉祥院が解呪出来ない魔法の使い手となれば、寺院庁にも驚異という事だ。
「まだ戦いの傷も癒えておらぬのに、無粋な考えを持つモノもいるものよ」
「ボクも自分の所の教皇様に注意を促しますから、大僧正様もお気をつけ下さい」
「あいわかった」
* * *
大僧正への挨拶の後にエリアスはやどりぎ館に帰り、伽里奈達は元東京23区の様子を日々観測している軍の施設にやってきた。
川崎市の多摩川沿いに数カ所ある施設の内一つで、「新丸子観測所」と呼ばれている。
多摩川にかかっている丸子橋は、昔は車がひっきりなしに行き来していたのに、今は軍によって封鎖されて、もはや一般車両が渡ることは無い。また、他二つの観測所用ではない、旧23区と繋がっていた橋の殆どは橋脚を残して撤去されている。
その昔は東京と神奈川を結んでいた鉄道もあったけれど、多摩川手前で鉄路が寸断されていて、東京へ向かって列車が走ることは無い。
東海道新幹線も今は新横浜が始発駅だ。
川の向こうには人の侵入では無く、未だに頻繁に出現する幻想獣が神奈川県に脱出しないように作られた、長い長い柵がまるで国境のように設置されている。
柵の先にある元々東京都の目黒区や大田区は破壊された建物や、無事だとしても強制退去を命じられて住む人がいなくなった町の廃墟が見える。
そしてずっと先、東京都心部や新宿などにあった高層ビル達は途中から折れたり、そもそもが無くなっていたりと、厄災戦の後処理が済んでいないことが解る。
誰も住むことを許されていない元大都会は、かつての繁栄の歴史だけを無残にさらして、今はただひっそりと静まりかえっている。
寺院庁により、土地の浄化は進んでいても、その重点地区はかつての湾岸線で、千葉と埼玉との往来ルートをを回復させることが優先なので、内陸部はまだ先。
浄化が完了するにはまだ半世紀以上はかかるとの試算もある。
それに浄化が終わっても、瓦礫の撤去にかかる手間や費用を考えると、元23区にまた人が住めるようになるには、一世紀以上かかるのではないかと言われている。
今日は、先日伽里奈から小型探知機の設計データを貰ったので、その試作品を作った吉祥院がとりあえずの具合を確かめに来ている。
探知機の見た目について、設計データの検証用なので、鏡を使用した、本当にとりあえずの物になっている。
「お、いきなり映ってるじゃないか」
早速起動して、大体半径3キロ程度の様子を見ると、田園調布駅があった場所の先に光点が2つほどある。
先日設計図を求められた後、吉祥院は伽里奈が作った実物を見る為に無理矢理小樽大の警備室に乗り込んで見に行ったそうで、その成果が今ここにある。
比較の為に広域観測装置のデータを見ると、そちらはまだ表示されていない。
観測装置は立ち入り禁止になった23区内の情報を収集して表示しているけれど、厄災戦時の被害によって、内部がまだ危険なので電気やネットワークの復旧作業が出来ない。その為、外周部に近い場所以外にはセンサー類が行き渡っていないし、よしんば設置しても幻想獣に壊されたりと、どうしても情報の遅れや漏れが発生している。
「これすごいんじゃないかな」
たった半径3キロであっても、試作品はリアルタイムの情報を受信している。
範囲が狭いのが欠点だけど、中の見回りや、柵を越えようという幻想獣の討伐も頻繁に行っているから、そういった部署に持たせておけば、早期の発見に繋がる。
「さすが魔術しか信じていなかったアナログな人の発想だけあるね」
「機械が悪いとは言わないが」
多くの人間が触れる事になる、使いやすいインターフェーイスを備えたシステムを構築するには魔術だけではダメだから、センサーやカメラやドローン、人工衛星、広域ネットワーク、コンピューターシステムを媒介する必要がある。それは悪くは無いし、今まで通りに使えばいいけれど、この探知機はそれに頼らない、単純な魔術の塊である。
しかも幻想獣の属性が神によるものなので、通常の魔術と神聖魔法のハイブリッドになっていて、この探知機は良い仕事をしてくれるはずだ。
「何でお前こんなの隠してたんだ?」
「警報ならテレビとかスマホアプリとかありましたし、館に住んでいる人達が優秀すぎたんですよね」
まだまだ地球の魔術を勉強している時に、将来的な館の安全の為に作ったものだけれど、小樽は比較的安全だった。
それに伽里奈だけでなく、先代管理人の純凪さん夫婦、エリアス、フィーネ、霞沙羅、それに他の入居者はこんなものが無くても自分で館周辺の危険を察知してしまうので、使う理由がなかった。
それがモートレル占領事件がトリガーになって、探知機が必要になって引っ張り出され、霞沙羅の目に止まることになった。
「強すぎるのも考え物なんだね」
とにかくこれはちゃんと作って配備しないといけない。軍で使うにはどういう要素が必要なのかを検討して、それを盛り込んで改良しよう。
ちょっと前に見ようとしたけれど、結局色々あって触っていなかった霞沙羅も、やけくそ気味に付いているロッドアンテナがダサすぎるので、もっと見栄えが良いものがないか、早めに検討しようと思った。
* * *
「さっき話をしていましたけど、寺院庁には軍と協会が知らないモノってあるんですか?」
田園調布付近の反応には討伐部隊が派遣されていった。幻想獣反応の多摩川方面への移動が確認されたからだ。
それで検証の為に鏡は今、観測室に貸し出してある。返却があるまではもうちょっとここにいることになるので、伽里奈は先程耳に入ってきた疑問をぶつけてみた。
「過去に封印された幻想獣ってのがあってだな」
それは魔法術科でも魔術の歴史として勉強する事になる内容だ。
ずっと昔から、幻想獣の完成態を封印したという例はいくつかあるようで、その多くは、後に準備を整えてから倒されている。
「空地のドラ息子からちらっと訊いたことはあるが、寺院庁ので管理されている封印があるぞ」
「かなり強力な幻想獣だったらしくて、体をバラバラにして、日本の各地に封印されているんだよ。どこにあるかは寺院庁の一部の人間しか知らないんだけどね」
「魔術協会は今は無いと訊いているがな」
霞沙羅はチラリと吉祥院を見る。
「厄災戦の前に数十年とかけて駆除したんだよ」
「だそうだ」
ひょっとするとこの2人が、異世界人である自分に隠している封印があるのかもしれないけれど、それは無関係な人間を巻き込まないようにとの考えかもしれないので、これ以上は突っ込まないことにした。
実際、伽里奈には関係ない。
《関係ないといいなあ》
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