楽しい野外演習 -6-
「いやー、ヒルダ様は手厳しい」
「しかし、あの剣捌きはいつ見ても憧れる」
演習が終わって、ヒルダと剣を交わしたのだろう団員達が食事場所である、伽里奈達がいる所にやって来た。
練習用の剣とはいえ、ヒルダの攻撃を受けてしまった団員達は多少ぼやきながらも、英雄様と剣を合わせられるという嬉しさを感じている。多少の怪我を負ったとしても、それは価値のある怪我だ。
それにしても。打撲箇所が光っている人がいるので、早速あの治癒魔法が威力を発揮しているようだ。
「料理は出来てますからね。置いてあるところから座って食べ始めて下さい」
伽里奈は演習が終わって昼食にやって来た団員達を席に誘導する。
「おー、いい匂いだ」
「スープと麵を一緒にするとか、見たことない組み合わせだな」
「ベーコンがたっぷりだな」
スープスパには既に炒めたベーコンが入っているが、その上から更にカリカリに炒めたベーコンが乗せられていて、視覚的にも美味しさを演出している。
「こっちのパンの上には何が乗っているんだ?」
「トマトソースを敷いてから野菜とサラミ、それとチーズを載せて焼いてます」
パイと同じようにフライパンに蓋をして擬似的な釜として焼いたピサトーストだ。トーストは元々焼いてあるので、調理時間の短縮にもなる。
「チーズの表面はカリッとしているが、中はとろっとしているな」
「おお、チーズがあっついが、美味いな」
遅れてヒルダもやって来て、席に着くやいなやモリモリと食べ始める。冒険者を辞めてから3年以上経っているし、領主になって、二児の母だというのに、貴族の気品を感じさせない食べ方は全く変わっていない。
多分外だからという開放感もあるのだろうけれど、伽里奈としては食事というのはこうやって余計なことは考えずに楽しんで食べてほしいものだと思う。
「お店で出るような、ちゃんとした料理って感じね。思えばアーちゃんは色々と手を掛けてくれていたわ」
「カリナ君に来て貰ってよかったよ」
領主夫婦からの評価も良いようだ。ヒルダの護衛でついて来た騎士2人も、キャンプ飯に期待などしていなかったのに、意外な程美味しい料理が出てきて喜んでいた。
じゃあそろそろデザートとでも出そうかと、キンキンに冷えたオレンジが乗せられたトレイからお皿に移動させていると
「どうかしました?」
突然のことに伽里奈は慌てることなく、皿を落とさないように、首筋に当てられようとしていた剣、ではなく鞘を掴んだ。
いつの間にか近づいていたヒルダが伽里奈に鞘つきの剣を振るったので、楽しそうに食べていた騎士達が一瞬にして黙った。
「ヒルダ、何をしているんだ」
レイナードが慌てて席から立ち上がった。本当に誰もがヒルダの動きに気付かなかったのだ。
「話を聞いたけどあなた強いんでしょ?」
「ある程度は護身術の範囲内ですよ」
「強い子って好きよ。今度騎士団に来なさい。ちょっとした試験をしましょう」
「いやー、それは」
と言いかけて、ヒルダが領主であるということを思い出した。今の状況は領主と領民なのだ。これは断れない。
「平民なモノで、武器もありませんし」
「武器は貸すわ。いいわね」
アンナマリーも遠目からハラハラしながら見ていたが、ヒルダは剣を引き、自分の料理の前に帰ってきた。
「騒がせたわね。食事の続きをしましょう。まだ何かあるみたいだし」
そしてヒルダは食事を再開したので、団員達は気を取り直して再び食事を続けた。
「冷やしただけのオレンジですけどね。デザート代わりにどうぞ」
伽里奈は何事も無かったように、各机の上にオレンジがのった小皿を置いていく。
「これって冷えてるの?」
「もう効果が切れましたけど、冷蔵魔法で冷やしたトレイに乗せていましたからねー」
さっきの立ち回りで空気が悪くなってしまったけれど、冷やしたオレンジって何だ? という新たな食べ物に興味が移り、食べ終わった人間からオレンジに手を出し始めた。
「冷やしただけだぜ、それでこうなるのか」
「冷たい果汁が体に染みてくるな」
「久しぶりよね、これ。ちょっと凍ってる事もあったけど、アーちゃんがよく作ってくれたのよ」
冷えたオレンジを食べてヒルダもご機嫌だったので、また団員達にも食事を楽しむ声が戻ってきた。
―エリアスの力は働いてるけど、ちょっとやり過ぎちゃったかなあ。
アリシアを思い出させるようなことをしているので、ヒルダは自分に対して疑いを持ち始めているのかもしれない。
* * *
美味しい食事が終わってヒルダが町に帰っていくと、片付けをしている伽里奈の所にレイナードがやって来た。
「先程はヒルダが失礼なことをした」
「いえいえ、鞘もついていましたし、元々寸止めみたいでしたしね」
「いい人材がいれば騎士団にスカウトするのが癖でね。町での噂を聞いてキミの腕に興味を持ったのだろう。折角来てくれたキミに怖い思いをさせてしまった」
「試験をしましょうとか言われちゃいましたけど」
「まったく。断るのであれば私の方から言っておくが」
「言っておくが、何です?」
「まぐれなのだと思いたいが、キミがあの鞘を掴んだのに私も興味を覚えてね」
片手にオレンジの乗ったお皿を持った状態で背後からの鞘を掴んだので、妻の行動を謝罪する反面、やはりその腕前が気になってしまった。しかもその事に一切動じていない胆力も見せている。
普通の市民なら腰を抜かすだろうし、こんな悠長に後片付けなど出来ない。いくら領主が相手でも怒るだろう。
「そんなにすごかったんですか?」
「手加減はしてるとはいえ、六英雄であるヒルダの剣を防いだんだ。少なからずド素人ではないのは誰の目にも映っただろう」
「ま、まあ、自衛の為に入居者に習ったりはしてますけど」
後ろに立たれた時にヒルダの真意が読めなかったので、痛いのは嫌だなと思って掴んでしまった。とはいえあの場合どうすれば良かったのだろうか。避けて「危ないじゃないですか」とか言えば良かったのだろうか。
ライアくらいの演技力があれば「お助けー」とか言って一般市民を装えたかもしれないが、ヒルダは町での一幕を知っているのでそれも不自然だ。
結局ある程度の強さを示して、シラを切ったこの選択で良かったのかなと思う。
「そうか、我々も1人でも多くの優秀な人材は欲しいということは解って欲しい。勿論料理人としてのキミの腕前は間違いなく欲しい。あとは少し変わった魔法の腕も」
「魔法は。結構限定されてますけどね」
「とにかく済まなかった。折角演習に強力して貰った君に対してヒルダがやらかしてしまったが、気を悪くしないで欲しい」
「あれだけ美味しそうに料理を食べて貰えたので、嫌な気分はしてないですよ。ヒルダ様もね」
「そうか、ありがとう」
伽里奈が怒っていない事を確認すると、レイナードは離れていき、今度はアンナマリーが慌てた様子でやって来た。
「だ、大丈夫か。私がお前を巻き込んだせいでとんでもない事になってしまった」
「皆だけじゃなくて領主様も美味しく食べてたからね。ボクがついて来た甲斐はあったと思うよ。それにアンナも来る前と大夫気持ちが変わってるでしょ? こういうのは最初が肝心だから」
「あ、ああ」
「これから先も夢に向かって頑張ってよ」
「わかった」
「じゃあ家に帰ろう」
運ぶ荷物が減った馬は心なしか足取りも軽かったが、お疲れ状態の騎士達は行きよりもやや速度も遅めだ。でもその表情は、今までの演習では出ることの無かった美味しい料理を食べられた事で明るかった。
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