楽しい野外演習 -5-
「こちらから一皿ずつ持って行って下さいねー」
先に焼き上がっていたパイはもう一度加熱をするなりして、暖かくして提供された。オニオングラタンスープは家庭用とはやや違いながらも工夫して上手く出来たし、ロイヤルミルクティーも、雑そうに見える飲み物がまさかの美味しさだったりと、色々と喜んでくれた。
「紅茶ってこんなやり方があったのか」
「朝からアップルパイとか、いいねー」
「このパンが浮いたスープも、タマネギが良い味出して美味いな」
朝からきちんとした食事をとった後は、キャンプを畳んで、騎士団は訓練場に移動を開始した。
そう、アンナマリーの足は完全に直っていて、医療担当のフロイトにも完治したとのお墨付きを貰って、無事に訓練を続行出来ることになり、意気揚々と歩いている。
野営訓練をするぞとメンバーに入れられた時は不安しかなかったが、色々と伽里奈がフォローしてくれたり、予想に反して美味しい料理を食べられたりとモチベーションも保たれて、最後まで頑張れそうだ。
他の団員達もいつもより食事が良かったからか表情も明るい。これこそがアリシア達が世界を救うことになった原動力なのだろうなと話をしている。
そして伽里奈はレイナードに呼ばれて、馬上と徒歩という状態ではあるけれど、食事について話をしている。レイナードも料理の件ではすっかり伽里奈を信用していて、食堂やこれ以降のキャンプ料理について、引き続き協力をして貰おうと積極的に話をしている。
今までの演習にはない料理を食べて、ここへ来て皆の中でアリシアの存在感が大きくなってきた。
これまで進まなかった騎士団の食事改善への糸口を掴んだので、伽里奈への対応も変わっているし、今回参加している団員達からも、この演習での料理の話は広まっていくだろう。
そしてこの後の昼食はどうなるのか、皆が料理の事を考えて歩いていると、やがて砦跡に辿り着いた。
アンナマリーは初めて来るが、魔女の手下達と激戦を繰り広げた砦があった場所は、もうその姿を正確には残しておらず、壁の跡や、何かの建物の残骸が転がっているだけの広場となっている。
ルビィが執筆している冒険譚にここが登場するのはまだ先の話だけれど、6人の冒険話にはダイジェスト版が刊行されているから、ここでの戦いなら国民は皆知っている。その戦場跡に遂に立つことが出来て、アンナマリーは感動してしまった。
「オリビア隊長も参加したんですよね」
「戦いの殆どはヒルダ様達6人で終わらせてしまったんだけどね。私達騎士団も先代のルハード様が指揮の下、町へと侵攻する魔物達を食い止めるために、必死に戦ったもんさ」
「サーヤさんは?」
「私はまだ入団してないよー。だから町から応援しかしてないの」
「それにしても、大きな砦跡がこんなになるなんて、相当すごい戦いだったんですね」
「まあそうなんだけど、建物がこんなになっているのは戦いの後に変なのに再利用されないように、ルビィ様とアリシア様が魔法で吹き飛ばしてしまったからなんだよ。下手に形が残っているると、賊や魔物が住み着いちまうからね」
「勿体ないような、当然というか」
もはやどういう形をしていたのかアンナマリーには想像も出来ないが、まがりなりにも砦と呼ばれているのだから、それなりの規模の建造物ががあったのだろう。それを破壊してしまうとは、2人はどんな魔法を使ったのだろうか。冒険譚はまだそこまで刊行されていないので、想像が膨らむ。
「では演習を始める。私が読み上げた者から開始するように」
レイナードの号令で演習が始まるが、伽里奈の姿は無い。昼食を作るためにいつの間にか別の場所に行ってしまったようだ。
「折角の機会なんだ」
町の外での演習はまだあまり経験した事は無い。それが有名な戦場跡で出来るなんてなんて身が引き締まる。
* * *
伽里奈達は演習場所から少し離れたところで竈用のレンガを組み上げて、たき火を起こしている最中だ。
どういう料理を作るかは歩いている最中に言ってあるから、それぞれに分担された役割に別れていく。料理はトマトとベーコンのスープスパとパンを土台に使ったピザトーストだ。あとはそろそろ効果の切れるであろう冷蔵魔法が貼り付けられているトレイの上に皮を剥いたオレンジを置いて、デザートとして冷やしておくだけ。
「地味ながらすごい効果的な魔法だったな」
冷蔵された食材は鮮度を損なうことなく、丸一日保った。牛乳なんかは特に顕著だ。これがあれば今後はキャンプに使う食材が大きく変わり、作れる料理の幅も広くなるというもの。
「モートレルにある学院の分校の職員が騎士団に協力しているでしょうから、その人達にこれをコピーして貰えばいいだけです。野菜とかを包むのは旅用のマント生地がいいかもしれないですね。ファッション用のはダメですよ」
術式については欲を出して何も手を加えないで欲しい。そうすれば効果は変わらないのだから。
ではでは、と調理を始める。食事担当の人達も、もうここまで来れば部外者である伽里奈には絶大な信用を向けているので、知らない料理でも反発も無く指示を聞いて順調に調理が進んでいく。
「誰か来ますねえ。馬が3頭かなー」
「よく解るな。そろそろヒルダ様のお出ましかな」
2年間の経験もあって、伽里奈の警戒範囲はハンパではない。剣士の感覚だけでなく魔術士の力を使って、アンナマリーの安全のためにも今日の伽里奈は張り切って周囲を警戒している。けれどよくよく考えたらレイナード達も側にいるし、ヒルダも来たようだから、自分のいる狭い範囲内だけに狭めた。
―ヒーちゃんも欲張らなきゃいいけど。
ヒルダが演習を見学に来る事は聞いているから、この昼食はそれを加味した量を作っているけれど、腹ぺこキャラは健在のようだから、ちょっと怖い。
そしてヒルダを先頭に、護衛の2人が馬に乗ってやって来た。馬の扱いも鈍っていないようなので、領主になったというのに、結構アクティブに動き回っているのが解る。
今日のヒルダが持ってきた剣は、2つ名の元になっている魔剣「ロックバスター」という大型のバスタードソードではなく、最初に手にれたロングソードの魔剣になっている。ロックバスターは地下室に保管されているのは確認したから、さすがに演習程度で持って来ることはないだろう。あんな破壊力が高い魔剣を手にしたヒルダと戦える人間はこの大陸でも10人いるかいないかだから、もう普段使いする気もないだろう。
「せいが出ますね」
ヒルダは料理当番の方に声を掛けた。
「ええ。昨晩と今朝の2食が美味しかったもので、折角演習最後の料理ですから、次は何が出来るのかと作る方も楽しくて仕方ありません」
「彼から良い影響を受けているようですね。次回以降にも繋がる事を期待していますよ」
現在はピザの方に使うトマトソースを作っている最中だ。
「ではまた後で」
演習を見る為にヒルダ達は広場の方に行ってしまった。
「ヒルダ様だけじゃなく、この国、いや他の国でも出来なかった事を今やっているって事がなんだか嬉しいよ。まさかお前みたいなのがモートレルにいたとはね」
騎士団の人達もヒルダの思いを解っているからか、期待しているという言葉を受けてテンションが上がってきた。
「いつもと違う美味い料理をつくって、ヒルダ様の中でどれだけアリシア様の存在が大きいのがようやく解った。カリナ君、今後も騎士団に手を貸してくれると助かる」
「ええまあ、お声がけしていただければ」
ほんの少しでも美味しい物を、という所から始まったアリシアのキャンプ料理は、専用の魔法を作って新鮮な食材を持ち運ぶことで大きく変わった。
当時は自分達の事だけで精一杯だったけれど、日本側にある機械の発想を取り入れることで、更に磨きをかけてアリシアはこの世界に帰ってきた。まずはこの町から、それをそう使うかを、考えていこう。
「鶏の唐揚げが美味かったなあ」
「唐揚げはそんなに難しい料理じゃないですから、今後は食堂で出るようになりますよ」
「おお、そうなのか!」
この人達は食堂の人ではなく、騎士団の現場組の人の中の、今回の料理当番なだけで、専門職ではない。でも一人でも多く、料理へのこだわりを持ってくれると嬉しい。
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