新たなる火種 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「ふん、あやつの大事な儀式と言っておったからのう。何かあれば少しは手を貸してやろうと思ったが、人間のみでどうにかなりそうじゃな」
「フィーネさんはそれが気になっていたんですね」
「昔なじみの飲み仲間じゃからな。かまくらの中でくだらぬぼやきなど聞きとうない」
「また来るとか言っていましたしね。戦の神ですけど、大人しめの人なんですよね」
魔女戦争については語らないとして、アリシアが管理人になってからは先日を含めてもまだ数回しか宿泊に来ていないけれど、粗野な所も無い落ち着いた人だ。
熱心な信者であるアンナマリーも、まさかギャバン本人に会っているとは一生思わないだろう。
だから、ギャバンにも鎮魂の儀にちゃんと連れてくるようにと、エリアス経由で言われている。
「小僧の料理を気に入っておるようじゃから、館だけでなく、この町にも広げて欲しいと言っておったぞ」
「この町ですか? ボクは信者じゃないですしねー」
「まあその内そっちの方向に舵取りがなされるであろうよ。ところでじゃな」
またフィーネはアリシアの腕を取った。
「我も一応二面性のある神である。悪ではない人間への知恵などの伝授をしており、それなりに知られる程度には社会へ関与しておる。まずは我と付き合いのある国への料理を所望するぞ」
「フィーネさんの所の世界って、あんまり解らないですねー」
「地球との互換品であれば我が案内しよう。お主はあの館の管理人であろう? であれば入居者の悩みに答えるのも仕事であろう?」
「まあそうですね」
でもこれでフィーネに恩返しが出来るのなら、そんなに難しい話ではないかもしれない。
「でも神が顕現してもいいんですか?」
「いつも見ておるこの状態で、賢者としての仮の姿を持っておる。小僧は我の助手か世話係として付いてくるがよい。それであれば不自然ではなかろう?」
「えー、まあいいですけど」
「何か不満か? その姿で我の恋人はなかろう」
「はーい、じゃあ助手的なモノでお願いします。一応、魔術も教えて貰ってますしね」
なぜかフィーネはアリシアの腕をつねってきた。
「いたた」
「では館に帰るとしよう。今日の夜はなんじゃ?」
「鍋焼きうどんとお釜での炊き込みご飯ですよ」
「気の利かぬ小僧にしては上出来ではないか」
「ボクって気が利かない方ですか?」
「どうであろうな」
フィーネはアリシアを連れて、空間転移でやどりぎ館に帰っていった。
* * *
森の中に用意した自分の研究所から出てきた魔術師は、近くの町にある、行きつけの食堂に今日も夕飯を摂りにやってきた。
日々魔術の研究に身を置いている自分でも食事は摂らなければならない。
その中でもこの店を選んでいるのは、比較的静かだということ。
日によって冒険者が呑気に請け負った依頼の完了を喜び合っていたり、住民が騒いでいたりと賑やかな日もあるけれど、そういう時は手早く食事を終えればいい。
今日は比較的静かな日で、朝から研究で疲れた頭を休ませる為にゆっくりと食事をしている。
ところでこの前、興味深い話しをこの店で居合わせた冒険者から耳にした。
アリシアの帰還が公になったモートレル占領事件に巻き込まれてしまったという、その冒険者達は、その目で見た事を話してくれた。
なんでも帝国残党のリーダーが杖一本で神降ろしをやってしまったというのだ。
神降ろしは神聖魔法であって、自分には関係は無いが、どういうモノかは知っている。
とてもではないけれど、杖一本で出来てしまうような代物では無い。
それはとても興味深い話だったので、パーティーメンバーの魔術士と神官から詳しい話しを聞き、食事を奢ってやった。
実に安い情報料だった。
杖からは反逆神レラそのものではなく、その眷属の魔人が現れたという。
その後にアリシアに倒されたという事はどうでもいい。その場に英雄が3人も揃っていたのなら当然と言える。
だがその話しを聞いて、改めて神降ろしについての研究を進めた。
歴史上、稀ではあるが、時代時代には確実に起きているので、それについての文献もしっかりと残されている。
反逆神レラ。人間と敵対する神であり、魔族達の王。
しかし人間にもレラを信仰する人間はいる。
レラは力の象徴としても知られている。
とても純粋な力の源。魔術師にもレラを研究する人間はいる。
「何かお悩みのようで?」
40前くらいか、一人の神官らしき男が横の席から声をかけてきた。
二人席で相席をしている背の高い女性もいる。白いコートと見たことのない黒い服を着た女性だ。座っているけれど、やけに背が高いと解る。
「私、聖職者をやっておりますから、人生のお悩みでも話してみませんか?」
その男はそっと、魔術士の席に、指輪をつけた手を置いた。
「どういう事だ?」
その指輪は信仰の証なので、通常は人に見せてはいけない物。
「魔術師はどこへ行っても研究の虫ですからね。詰まることも悩むこともあるでしょう」
女性も口を開いた。
「私はこれでも魔術を嗜んでおりますの。名をあげる気はしませんが、いつか自分の考えをまとめ上げて、それを大々的に世に知らしめるのを目標として旅をしていますわ」
「それがなんだというのだ?」
「あなた、今の自分に無い物を正確に把握していらっしゃいます? 私はあるんですよ。実験結果というやつで、仮説はあるのですが、それを実証する為に各地でデータを集めている状況ですの」
無い物…、無い物は確かにある。
「魔術師をやっているというのであれば、お前は先日モートレルで起きた占領事件は知っているか?」
「ワグナール帝国の残党が、亡き帝国を復興しようと画策した事件ですわね。知っていますわよ。何せほら、彼」
女性は、前に座る神官を指さした。
「でしょ?」
ワグナール帝国は反逆神レラを奉る国だった。そして男の指輪はレラ信仰者の証が刻まれている。
「残党か?」
「いえ、皇帝の忘れ形見に力を貸した、帝国とは無関係の人間ですわ。かの英雄達が奪ったという王者の錫杖が再び姿を現すような、大きな騒動だったようですわね。全員に魔装具を渡して、しかも一発逆転のために渡した、神降ろしの杖まで使って失敗したとか」
「何者だ?」
魔術師は震えそうになる指を必死に抑えつつ、手にしていたワイングラスをテーブルに置いた。
恐怖ではなく、興味。偽物の可能性もあるが、このまま会話を進める。
「んふふー、私はカナタと申します、今はしがない鍛冶として魔工具や魔装具を作っていますの。今己の手の中に無いモノを解ってらっしゃいますか?」
「あらー、夜の町を妙な生き物が歩いてるわねー」
こちらも白いコートと妙な服を着た、前髪パッツンな水色の長髪の女が合流してきた。
窓から見える町では、人々が逃げ惑っている。
そして口から炎を吐く、足の長い巨大なワニのような生命体が闊歩している。あんな魔物は見たことも聞いたことも無い。
突然の魔物の襲来に、この店を初めとした周囲の食堂から冒険者と思われる人達が外に出てきた。
魔術師は手元の杖を手に取り、席を立とうとするが、カナタと名乗った女性が手で静止する。
「あれは幻想獣、地球と呼ばれる世界から私が持って来た、こっちで言う魔獣ですわ」
「大丈夫、私らといれば襲われないから」
「た、他の世界だと?」
「今のところ他の世界だわねー」
「貴方に足りないものはありますか? 我々が話に乗りますよ」
でもそのワニは急に動きを止めて、灰のように崩れていった。
「あら、折角持ってきたのに、力の源から隔離すると保ちませんねえ。という感じで私も研究中なのです。ただ、滞在している世界で何かしらのテーマが欲しいのですね。でないと、あんな感じに失敗しても、じゃあ工夫しようという気持ちになれないですわ」
「お金はちょっと貰うけど、私達の研究費用くらいかなー」
「同じ研究者として、自分で解決しようというのであればそれを尊重して、ここでおさらばですの。コンサルタントが必要であれば相談に乗りましょう。何かが欲しいというのであれば、この私の
鍛冶の力で解決しましょう」
「カナタ殿、急にこの場で選択をせよというのはなかなか難しいでしょう」
レラの神官の男性が女性の言葉を制止させた。
確かにそれには一理ある。Web上で、何かが足りないという人間にのみ、お店の紹介をしているのも、一度冷静に考えろという意味を持たせている。
それにこの魔術師はまだ話しを聞いていいかも、という一線の手前に留まっている。
「そうですわね。今宵はこの辺りにしておきますの。もし話しを聞こうという気になったのなら、そう心で念じて下さいな。話だけでもいいですの、それで不要なら今度こそおさらばですわね」
外では灰になって崩れた幻想獣とかいう魔物の塊に、冒険者や町の兵隊が集まってきている。
あれは何だったのか、その検証が始まる。
「ではね」
食事の料金を支払って、3人は食堂から出て行った。
店に残った魔術師はというと、席から立ち上がり、食事の支払いを済ませると外に出る。
兵隊の一人が近頃森に済んでいる魔術師であると解ると声をかけてきた。この謎の魔獣を見てくれないか、と。
魔術師は先日発生したコボルトの襲来にも駆けつけてくれて、撃退に協力してくれた。無口な男ではあるけれど、今のところ不審な所はない。
兵隊に頼まれて、魔術師は何食わぬ顔でその依頼を受けることにした。
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