飛行船がやって来た -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
飛行船の飛行試験について、間抜けな話ではあるけれど、ラスタルの魔物探知装置用の発生器を運ぶという事と、冷蔵箱を丸一日使って運搬したらどうなるのかの確認も含めて、ラスタルからモートレルまで飛んでくることになった。
移動速度は速くはないけれど、ラスタルをお昼過ぎに出発して、一晩飛び続けて、翌日の午前中に着く予定で飛行船は飛んでくる。
それでメンテナンスなどで一日休ませてから、また一晩かけてラスタルへ帰るという行程だ。
学院所属の職員である乗務員達は、客人としてヒルダがお迎えして、屋敷の敷地内に飛行船は停泊することになる。
停泊場所については魔女戦争前にも時々飛んできているので、現在も変わらずに確保してある。
「転移すればいいじゃねえかと思うが、そんな事が出来るのは一握りだしな」
「主旨は飛行船の検証ですからね。帆船ほどじゃないですけど、積載量は結構ありますから、バラスト的に旅客用のベッドなんかの家具も積んでくるそうですよ。王家用の船は内装も豪華だったりしますので、その予行としての意味もあります」
「こっちの飛行船とは違って、ファンタジー的にのんびりと空を飛ぶ船なんだろうな。途中でドラゴンに襲われたりして」
霞沙羅の心はまた空想の世界を飛び始めた。
とりあえず、乗員の中にはルビィと旦那さんが乗ってくる。一晩飛び続けるわけで、乗務員も交代で寝たりするので、寝具は必要で、小さな部屋もある。
「ルビィのヤツはまた館に泊まるのか?」
「探知装置の修理と動作確認があるからヒルダの屋敷に泊まるって言ってます」
設備を稼働させるので、その状態を確認しないとダメだ。だからモートレルにいなければならない。
「魚介類があるので料理を作りには行きますけどねー」
「よし、吉祥院を呼ぶとするか」
「吉祥院さんですか?」
「飛行船は見たいと言ってたからな」
「あの者があの土地に行って大丈夫であろうな? 我が大地に来てもちと騒ぎになるぞ」
「まあしょうがねえだろ、こいつの学校からもお呼びがかかってるんだしな」
「難儀な体をしておるのう」
* * *
またアリシアが港町ブルックスで魚介を仕入れてきて、冷蔵の箱に収納した。
このところ何度もアリシアが来るので、漁港や市場周辺でも「魔法学院が何かやってる」とちょっと噂になって、期待間が高まっている。
「じゃあよろしくね」
今のところ、カード一枚で丸一日術式が動くようになっているけれど、ひょっとするとモートレルに着く前に止まる可能性もあるので、予備でもう一枚渡した。
「カードは取り外したら魔力の充填が始まるからねー」
大体半日ほどで満タンになる。今のところはゆっくりと充填するように設定してあるけれど、じきに早くしていく予定だ。
「ここで別れて明日にはモートレルで会うのカ。なんか間抜けだナ」
それなりの人数を乗せて、一日でモートレルまで行けるのはかなりすごいが、アリシアは一瞬で行ってしまえる。
一般的な感覚で言えば飛行船は速いのだが、転移が使える魔術師の感覚というのは恐ろしい。
「それが出来るのはボクらみたいなのだけだから」
「そうだナ」
「こう考えると、逆に温める箱っていうのも作りたいなー」
「そういえばアーちゃんの魔法にもあったナ」
お昼ご飯はみんな済ませてからの出発で、夕飯は積み込まれているお弁当を食べる事になる。朝食はとりあえずパンと果物でしのぎ、到着時にヒルダの方で用意してくれるという。
「アーちゃんが乗ってくれれば、何かやってくれそうな気がする」
「それはまだ、無理かなー」
その為に暖める箱が欲しい、電子レンジ的な。
「アリシア君、それでは明日会おう」
ルビィの旦那さんは発生装置の積み込みを最終確認して乗り込む所だ。
二つ年上だし、学院では専攻が違うので、今日初めて会った知らない人だ。
「じゃあモートレルで待ってます」
ルビィ達が乗り込み、搭乗用のドアが閉じて、地面と繋いでいた綱が外された。そしてゆっくりと飛行船は空に上がっていった。
* * *
そして翌日の午前中、概ね予定通りの時間に飛行船がやって来た。
久しぶりにやって来る飛行船の姿に、モートレルの人達も手を振ってお出迎えをしている。
魔女戦争で失われてしまった飛行船の姿は、ある意味復興の意味も持っている。最近はアリシアも帰ってきたし、明るい話題が多い。
ゆっくりと空を進んできた飛行船は、多くの人に見守られながら、無事にヒルダの屋敷にたどり着いた。
* * *
久しぶりに飛行船がやって来た事への歓喜に沸くモートレルの町を、見る人全てを絶句させていく3人組が歩いて行く。
2人は最近見かけるようになったけれど、追加になった1人が明らかに普通じゃない。
「予想以上に目立つな…」
「エリアスですら殆どの人がちょっと見上げるくらいですからね」
「その服もダメなんじゃないのか」
「ワタシに合う服はなかなか無いでありんすよ」
「吉祥院家はウチの呉服部門の上客だからな」
猫背気味で歩いても二メートルを下回ることはないし、こちらの世界には存在しない紅白の袴姿はとても目立つ。
いつも通り顔も真っ白の化粧をしている。
持っている杖も槍のように長い。
スケール感が狂う背の高さに、子供が怖がって親にしがみついている。でもその親も怖がっている。
通りに並ぶ屋台のおじさん達も硬直して絶句している。
「あのー、巨人族じゃないですからねー」
静かに騒ぎを起こしつつ、3人が屋敷の前まで来ると当然のように門番が悲鳴を上げる。
「あのー、霞沙羅さんの仲間の人なんですけど」
飛行船が来る頃にアリシアが来るという話は聞いていたし、最近顔を出す霞沙羅も居るので、吉祥院の姿に恐れおののきながらも、門番は何とか通してくれた。
「やっと入れた…」
「これは王都は無理だな」
「魔法学院とやらに直接入り込むしかないでござるな。しかしあんな木の塊が飛ぶのでありんすな」
「あの上にある薄めのタンクに魔力が入ってますからねー」
「上が平べったい船が飛んでる感じだよな」
「帆はついてないけれど、船体をつり上げて空に浮かべているようだね」
また吉祥院の態度が変わった。飛行船を見て研究意欲が湧いてきたらしい。
「もっと近寄ろうじゃないか」
「そ、そうですね」
いいのかなー、と思いながら近づいていくと、さすがのヒルダもギョッとした目で吉祥院を見上げた。
「アーちゃん、それ誰?」
「霞沙羅さんのルーちゃん的な立ち位置の人だよー」
「うあー、キッショウインさん、とうとうこっちに来たカ」
もう飛行船から降りていたルビィが来てくれた。
「船が見たくなってね。見せてくれないかな」
ルビィに案内されて霞沙羅と吉祥院は飛行船に近寄っていくが、やっぱり向こうの方で騒ぎになっている。
「ルビィとは知り合いなの?」
「ウチに泊まりに来た時に。あのー、背が高いだけの人だからね。巨人じゃないから」
「そ、そう?」
「じゃあボクは箱を取りに行かないと」
ほぼ丸一日経った箱の中の状況を確認しないといけない。アリシアは搭乗口から下ろされてきた荷物を取りにいった。
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