新刊の行方 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
真っ二つになった練習用のハルバードは霞沙羅が家に持ち帰って直すことにして、魔剣の方のハルバードを今見せて貰う事になった。
「炎の力だな。これも中々」
霞沙羅がハルバードを見ている間に、アリシアはハルキスに練気の事を教えている。
さっきの一撃で、疑心暗鬼だったハルキスも習得する気が一気に満々になった。あれが魔法だったらそんなにやる気は出ない。鍛錬により人間の身一つで出来るとなれば、自分の性格に合っている。
あのアリシアでも出来るし、これは絶対に身につけて損は無い。
「多分ハルキスも毎日鍛錬してるだろうから、その時についでにやってね」
「ヒルダもやっているのか?」
「私はもう毎日。イリーナにも伝わってるわよ」
「オレはちょっと出遅れか」
「基本的には無意識で皆出来てるから、焦らないでね。霞沙羅先生があんなに派手にやっちゃって羨ましいかもだけど、基本が重要だから」
「ライアはどうかしらね。やるかしら」
「一応話はするけどね。でも毎日剣は振ってるみたいだね」
「演劇も体を使うらしいからな。よし、家に帰ったら早速始めるか」
新しい技術を見せられて、ハルキスは久しぶりに気持ちがたぎっている。また新たな体術を習得することが出来る。これはまだまだ上を目指している剣士にとって願ってもないことだ。
「良いハルバードだな。ヒルダの剣ほどのパワーは無いが、ピーキーでなくて持ち手次第で調整が効く」
ヒルダのロックバスターほどのパワーは無くても、それなり以上の腕前がなければ振り回されるようなパワーはある。
「これといって注文が無ければ、整備くらいするぜ」
「アリシアの魔剣はどうなったんだ?」
「こんな感じに」
基本の黒い魔力の刃を発生させてから、すぐに鞭の状態に変化させる。
「リーチが欲しかったから」
魔力の鞭をブンブンと振ったり、旗のついていたポールに巻き付けたりとして見せた。
「こんなに変わるのか?」
「このハルバードは炎が出るようだが、あいつの魔力の刃のように固定させることも出来るぜ。見た目が地味になるが、その分無駄が無くなって威力は上がるぜ」
「業炎のハルキス」の二つ名の由来でもあるこのハルバード。激しい炎を纏っているという見た目の派手さが相手に心理的な恐怖を与えるのも特徴だ。
ちなみに、持っている人間は熱くない。
「炎が出なくなるワケじゃなくて、純粋な力への切り替えだからな」
「か、考えておく」
アリシアの魔剣のあの変貌を見せられたら、じゃあそのままで、とは言えなくなった。
それはイリーナも同じだ。
「焦らなくてもいいぜ」
「すげえんだな、この先生は」
「軍人の立場としては、お前らのリーダーの有用性を思い知っている最中だぜ」
「私も領主になってアーちゃんの恐ろしさに気が付いたわね」
「どういう事だ?」
「冒険者だっていうのに外で美味いメシ食いやがって。そりゃあお前らだけ強くもなるぜ」
「ははは、それは、納得だな。それはともかく先生、またやろうぜ。それともう一人も連れてきてくれよ」
「ああ、話はしている」
今日の所は満足したハルキスが帰る事になり、プリンを持ったシスティーがやって来た。
「わりい、甘蕪畑にする土地を見て欲しい」
あのシスティーになんて間抜けなお願いをしているんだ、と苦笑いしながらも、これも平和になった証拠だ。
「開墾のやり方も調べておきますよ」
「私も今度お願いね」
そしてシスティーはハルキスを連れてエルドリートの町に転移していった。
* * *
「この柔らかい揚げ物がいイ」
今日はカニクリームコロッケとエビフライ。
綺麗に丸い形に揚がっているのに、ナイフで切ると中から柔らかくクリーミーな中身が出てくる。
しかもカニの身もしっかり入っていて、じつに美味しい。
「この前作ってくれなかったナ」
「パエリアに時間を取られたからね」
でもエビとカニは買って来れたわけだから、いずれラスタルでもこれが作れるようになるはずだ。材料さえあれば自宅で無理な料理では無い。
ルビィはラスタルでカニクリームコロッケが食べられる日を想像しながら、たっぷりと味わった。
「この小僧の冒険譚とやらが出回り始めるのはいつ頃になるのじゃ?」
「それは私も気になる所です」
「文章はもう出来上がったから、明日これを入稿して、本が出来上がり始めるのは二週間先くらいダ」
今日修正したのは最終章で、それまでの分はもう印刷が始まっている。この分を印刷して製本をすればいい。
「ほほう、この小僧がどのような事をしておったのか楽しみじゃな」
「アンナから見せて貰ったけど、伽里奈って色々やってたのね。なんとかって、ウチの国原作小説の映画があったけど、それみたい」
「冒険は二年だけだけどねー」
折角カンヅメをしにこの館に来たルビィだけど、案外作業が順調に進んで、予定していた事は終わってしまった。
だからといって家に帰るのはなんか勿体ない。なので予定通り一泊することにした。
「どうじゃ、異郷の魔術師よ。先日言った酒でも飲まぬか? 雪まみれの外を見ながら飲むのも一興ぞ」
今日はかなり本格的に雪が降っている。日に日に冬という季節が深まっていっている。
「では、お誘いに乗ろうじゃ無いカ」
「それなら先にお風呂に入った方がいいかなー」
「初めての日本酒じゃ。それが良いかもしれぬな」
「ゆっくり飲ませろよ」
前回来た時にフィーネが日本酒を飲もうと言ったので、今日は冷酒と熱燗を、雪を見ながら飲むことになったルビィは、食事が終わると温泉に入りにいった。
フィーネが買っておいた根室の有名な日本酒を準備して、他におつまみも作っておく。ウィンナーとか天ぷらとか刺身とか。刺身のいくつかはルビィでも食べられるように火で炙ることにした。
「た、たこ焼き」
霞沙羅がリクエストをするのでたこ焼きを作っているとシャーロットが厨房にやって来た。
「知っているのかシャロ」
アンナマリーには何回か作ってあげた事があるけれど、シャーロットが来てからは初めてだ。
「た、食べたい」
「じゃあ何個か食べる?」
「3個」
「私も」
アンナマリーも申し出てきた。
「はいはい」
先に焼き上がったのを、2人それぞれに3個ずつお皿に載せて渡したら、食卓に座って食べ始めた。
中身が熱いので口に入れつつハフハフと冷ましながら、シャーロットは念願のたこ焼きを味わった。
その間に、案外髪が長いルビィが温泉からあがってきたのを見つけて、エリアスが髪をいじり始めた。
最近はスタイリングも気にしているから、ぎこちない手つきながらも、ルビィの灰色の髪を後頭部でグルグルに巻いている。
「ねえシスティー、ハルキスの所の開墾はどうなったの?」
「今度の休みにでも行ってこようかと思ってます。ついでに何か料理を作ってくれとか言われましたよ。何か作れるモノはありますかね?」
「シチューでホワイトソースは教えたから、ポテトグラタンとか、芋も採れるからポテトコロッケとか」
「スープカレーは出来ないですかね?」
「そうだねー、あの町だから野菜とか肉はあるけど、スパイスが手に入るかどうかだねー」
「行く時に代用品のメモを下さい」
「いいよー」
期間は短かったけれど、システィーだって冒険仲間だ。確かにアリシアの持ち物のような状態になっているけれど、かつての仲間の為に動こうというのなら、自由にやらせてやりたい。
スープカレーを皆に振る舞いたいとも言っていたので、どこかで7人だけの食事会をやりたいと思う。
「うーむ、今日は中々降るのう」
庭はもう真っ白だ。降り始めてから誰も外に出ていないから一面雪原みたいになっている。これだと明日の朝は門まで雪かきをしないといけないかもしれない。
「そういえば霞沙羅さんはどうするんです?」
「かえ…、れないことはないが」
「ネコちゃんは私が預かるわよ」
シャーロットが手をあげる。このところアマツと一緒に寝る事が多くて、かなり懐かれている。
「まあ、どっかの部屋で寝るか。ここでもいいし、男の宿泊部屋でいいぜ」
後の事はともかく、テラスを眺める掃き出し窓の横でささやかな飲み会が始まった。
「こんな小さな入れ物で飲むのカ」
お猪口なんて始めて使うルビィは、ちょっとだけ継がれた日本酒をくっと飲んだ。
「くー、なかなかくル」
ワインと違って水みたいな外見。果実酒でも無く、エールでも無く、蒸留酒でも無い。でも中々の芳醇な味わい。
「あんまり悪酔いしないでよー」
水の入ったボトルも置いておいた。
といっても、徳利も4つ、お冷やの小さなボトルも2つしかないので、そんなに長く飲む気は無い。
「しかし、すごい景色ダ」
庭だけしか見えていないけれど、ここは町中だ。町全体でこれだけ雪が積もっているとなると、とんでもない事だ。外は歩けるのか心配になる。
「ラスタルじゃ、これはあり得ないしねー」
伽里奈はまだ仕事があるのでお茶を飲んでいる。
「この丸いのが美味しい」
「たこ焼きは、向こうの世界で作れるかなー」
青のりとか鰹節とか、それに代わるモノは見つかっていない。ただ、魚粉はあったような気がする。
「マヨネーズは作ったけどこのソースが」
「お前、元祖のたこ焼きは何もかけないんだぜ」
「え、そうなんですか?」
「その替わりに生地にダシがきいてるんだよ。大阪に昔ながらの店が残ってるぜ。調べてみろよ」
「それなら何とかなりそう。でもソースがかかってる方がいいですねー」
「小僧よ、たこ焼き用のソースは無いが、我が土地なら鰹節に似たものと青のりは揃っておるぞ。今度作りに来ると良い。庶民向けの食べ物も不可欠じゃ」
「アーちゃんは忙しいナ。ウチにも来て欲しい」
「そうだねー、ルーちゃんの家を見てみたいし」
将来的に屋敷を建てることになっているから、同じくらいの広さの土地にどういう建物が建てられるのかは見ておきたい。
「そう、忘れていた。噴火が完全に終わったから、正式に国王様から御礼の授与が行われる事が決まっタ」
「しかし、そっちの世界から礼を貰っても、あんまり意味が無い気がするぜ」
「でも先生、ヒーちゃんとルーちゃんの魔装具の修正していません? ハルキスも何か言ってきそうだから、何か貰ってもいいのでは」
「何くれるんだよ。金も土地も使えねえぞ」
「王もその辺を悩んでいたんだが、宝石類はどうだと言っていタ」
「そうだな。魔装具や魔工具の研究用にはいいかもしれないな。こっちで使えるかもしれないしな。まあアドバイスした程度だからちょっとでいいぜ」
「じゃあ宝石類で伝えておこウ」
「ほれ、魔術師の娘よ、次なるは冷や酒じゃ」
話が終わったからフィーネが小さなグラスを持ってきて、冷えた日本酒を注いだ。
今度は千歳市のお酒だ。
「くう、またなんか味わいが違ウ」
「そうであろう」
ルビィは生の刺身は避けたけれど、火で炙った方は食べた。
肉もレアで食べる事もあるので、向こうでも生魚であっても、一度炙れば何とかなるかもしれない。
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