今しばらくの平穏 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「うぅ…、また遊びに来ていいんだぞ」
飼い主一家の風邪も治ったそうで、預かっていた親子ネコ4匹は家に帰る為にペット用のキャリーバッグに入っていく。
それを見ながらアンナマリーが名残惜しそうに手を振っている。
「冬の家族旅行も考えていると聞く。小娘がそこまで言うのであれば、その時にまた預かるぞと言っておこうではないか」
フィーネはネコたちの所有物を片づけていく。
「家で飼ったことはないけど、ネコちゃんだし、その頃には結構大きくなってそうね」
「うぇ、そんなもんか?」
「まあその時は我慢せい。一ヶ月程度ではそこまで大きくはなるまい」
「ちょっと大きくなっても性格は子ネコちゃんのままだと思うわよ」
子猫は結構成長が早いし、次に遊びに来る時にはどの程度大きくなっているのだろうかはわからない。
もし次に来る時にそれなりに大きくなっていたとしたら、ひょっとしてアンナマリーはネコへの恐怖を克服できるのではないのかと誰もが思った。
子供の頃に屋敷に迷い込んできたネコに引っかかれて以来のネコ嫌いというのに、子猫と遊んでいる時にはずみで引っかかれても「む、だめじゃないか」と笑って許していた。
みーみーとキュートな鳴き声がする賑やかなキャリーバッグは、フィーネに運ばれてやどりぎ館から去って行った。
* * *
やどりぎ館でそんなやり取りがあった事は別の話として、伽里奈と霞沙羅と吉祥院は道警に呼ばれて、札幌の本部ビルにいた。
魔獣課という、魔術や幻想獣に関わる事件を担当する課のエリアに入っていく。
「公的なビルとはいえ、もう少し高く作って欲しいでござる」
天井に頭がぶつかる事は無いけれど、正面玄関の自動ドアも、エレベーターのドアも、どこもかしこも吉祥院の顔面を素直に通してくれるようには出来ていない。
「何かボクは場違いみたいな感じ」
またもや女子っぽい普段着でやって来た伽里奈は。制服や背広組が闊歩する警察オフィスで肩身が狭そうにしている。
霞沙羅と吉祥院は軍も警察も慣れているけれど、伽里奈はこの3年ちょっとの間、警察にお世話になった事は無い。
小樽の警察署はおろか、交番にだって入った事は無い。道を聞くとか落とし物を届ける機会も無かった。
「駐屯地やら基地は遠慮ないじゃないか」
「警察ってなんか独特の雰囲気があるんですよねー」
「アウトロー生活をしていた癖でありんすか?」
「冒険者ですからまあアウトローでしたよ。大きな町には一応警察的な仕事をしている人達はいますけどね」
そういえばアンナマリーの今の仕事は騎士団とは名乗っているけれど、半分くらい警察的な仕事をしているような気がする。
そんな職場にちょくちょく顔を出していても気にならないのは、その騎士団のトップが友人だからだろう。
そしてそのトップの手伝いをする事になるとは思ってもみなかった。
こちらでは、案内された会議室で待っていると、数名の警察官がやって来た。
吉祥院様に来ていただいているので、彼女の席はどこかの応接室から持ってきた横長のソファーが用意されている。そうじゃないと座れない。
「お呼び立てをして申し訳ありません」
「実際の目的はこいつだろ?」
「ここのところ伽里奈君が活躍しているでござるから」
「そうですね。端的に言うと、伽里奈=アーシア君を道警に貸していただきたい。新城大佐の下で隊員達の教育をしていると聞いています」
さすが警察だけあって、ちゃんと調べている。
「ああそうだよ、私の下で、私の部下の教育係をしている。このところははたまにだがな。こいつは最近忙しくなっているからな」
「ホールストンのお嬢様の件ですか?」
「あのお嬢を無事に返すのが今こいつが抱えているミッションだ。だがこいつは下宿の運営もしているから、ハッキリ言うと暇が無い」
忙しいと言われてしまうとこれ以上話が進まなくなってしまう。
だが霞沙羅もこれいじょう伽里奈に色々と抱えさせたくは無い。それに軍の人間からすると、これ以上警察に人員を貸し出したくはない。こっちだって強化中なのだ。
「んー、榊も貸してやってるでござるよ。道警からも数名参加していると聞いているっちゃ」
「実際どうするよ、お前は」
「まあ、今は無理っていうか」
ここでは言えないけれど、フラム王国の件もあって、警察に手を貸すほどの時間はない。それに伽里奈にとっては警察に手を貸さなければならない理由がない。
しかしまあここで何らかの協力をして貸しを作るのもいいし、実際の所、警察には日常生活を守って貰わないといけない。折角、組織としての力不足を認識して動き出そうとしているのだから。
「上に聞かなきゃならないが、こいつが作った教育用テキストを流用するのでどうだ?」
「彼が作ったテキストですか、そんなものが?」
「私も監修して軍のライブラリーに登録されたテキストだぜ。火水風土の基本四系統で、まあ中級程度まで対応だな。来年度から全国で使われる事が内定しているぜ」
「ワタシも見たけれど、使用例も書かれていてかなり実用的な内容になっているでげす」
「吉祥院様までもがそう仰られますか」
伽里奈の手を借りる事は出来無いけれど、日本屈指の高位の魔術師である英雄2人が推してくるし、軍でも採用される予定になっているのであれば、それはかなりの出来だろう。
「参考までに見せていただければと思うのですが」
「吉祥院、ちょっと口添えを頼めるか?」
「いいでござるよ」
伽里奈を借りる事は出来ないけれど、その替わりになる物は引き出せそうだと、担当者達はちょっと胸をなで下ろした。
さすがに直近で2回にわたって、軍関係者にいい所を持って行かれていては、道警の立つ瀬が無い。
世界中で指名手配されていた傭兵団を捕まえたのだって、この霞沙羅と伽里奈が素直に警察に引き渡してくれたからだ。
「ではお願いしたい」
「まあちょっと待っててくれ。結果が出たら連絡する」
* * *
「休暇に来たはずなのに、色々と持ち帰りのお土産が出来てしまったでありんす」
その言葉に反して、これはしばらく忙しくなるぞ、と吉祥院の表情は楽しそうに笑っている。魔術的な研究案件が多いから、やりがいだらけだ。
すすきので邪魔をして来た2人は警察案件とはいえ、軍にこれまで2回も損害を出しているのだから、軍としても動かなければならない。
相手は強敵だ。久しぶりの強敵だ。
「楽しそうだな」
「災厄戦が終わって、久しぶりに謎多き事態になっているでござるよ。それに新たな知り合いも出来たっちゃ」
ルビィにはまだ一度だけしか会っていないけれど、向こうも英雄と呼ばれるだけあって、中々の素質がある。伽里奈以上の魔術師で、研究好きという、自分とは能力も性格も相性がいい。
年もまあまあ近いし、これから色々と語り合いたい。
「お前、あっちの世界に行く気はあるか?」
「まだわからんでござるな。入り口くらいまでは行ってもいいでありんす」
「私は向こうの国王なり大賢者なりに呼ばれてるんだがな」
「管理人に女神様がいるとはいえ、まだ早いでがんす。まあ研究の息抜きくらいには行ってもいいでありんすが」
研究大好きな吉祥院であっても、作業が詰まる事もままあるし、頭の中に新しい風を取り入れることでそれが突破できることもある。
異世界人が多いやどりぎ館に来るのは、非日常の空気を味わうという期待があるからで、その先にある世界を見るというのはあまり考えてはいない。
「ファンタジーはいいぜ」
「ワタシにそういう趣味は無いでありんすよ」
まずは今回の件を本部と協会に報告して、という所だなということで、吉祥院は横浜に帰っていった。
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