今しばらくの平穏 -1-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「久々に良い休日になった。また来る」
「次は焼酎メインでよいか?」
「芋焼酎にしよう」
「この後はもうどっぷりと冬じゃ。また鍋でもつついて雪見酒でもしようぞ」
2泊3日の短期宿泊としてやって来た30歳前後くらいの男性は、フィーネと挨拶を交わすと、「ではまた来る」と言って裏の扉から自分の世界に帰っていった。
「最近来るようになったわね」
あれが誰なのかはエリアスも解っている。
「小娘が元に戻りつつあるからであろう。責任を感じてこれまでは他の館に行っておったようじゃ。小僧にも思う所もあったであろうしな」
「マスターの料理も美味しそうに食べてますからね。満足しているようですね」
「ふむ、ここはよい所であるぞ」
「しかし、あいつにオルガンを弾けとか言われたぞ。私はあの世界の住民じゃないんだがな」
「オリエンスから評価されているから。ギャバン教は近々大きなイベントがあるのよ。そこで弾いて欲しいんでしょ」
「あいつは話しを通す為に教皇に神託でもする気か?」
今帰ったのはアシルステラのギャバン神その人。勿論アンナマリーとシャーロットがいるので、偽名での利用だったけれど。
アリシア達が来てからは3回目の利用になるけれど、フィーネがここに入居を始めてからは、大体毎年1回は来ている常連だ。
「霞沙羅も有名になっていくわね」
「いやー、アシルステラは私にとっては楽しい世界だぜ。ただ限度ってものがな」
信心深くない霞沙羅でも、その世界の人間の信仰を邪魔することはしたくない。
セネルムントの神官達は自分の演奏を喜んでくれているけれど、他もそうなるとは限らないので、慎重に動きたいところだ。
「であれば刷り込めばよいだけじゃ」
「神らしい台詞だな。そうならないことを祈るぜ」
* * *
場所は変わって、ここは王立魔法学院モートレル分校。
王都ラスタルにある本校と違い、ヒルダのパスカール家が請願して作った、魔法学院の分校である。
魔術の心得のあるヒルダの祖父が、地方でも魔術師の育成を、として設立され、国立である本校の予算を一部とパスカール家からの運営費でまかなわれている。
規模は小さく、本校のように魔導士や賢者といった上級魔術師は教師として所属していないし、施設も地方にある大きめの神殿程度の大きさしかないけれど、パスカール領周辺の領地から、魔術師を目指して入学する人間も少なくない。
成績優秀であれば、パスカール家や周辺の領主が、騎士団の枠で雇ってくれるし、冒険者として旅立っていく人間もいる。案外と。それなりに需要のある学校だ。
ルビィに言わせれば「こんなところ」らしいけれど。
やどりぎ館から近い、という理由でここに部屋を貰う事になったアリシアは、今のところ分校で授業を受け持つ気は無いけれど、教育関係でのコンサルティングは行う予定だ。
そんなアリシアの部屋も、少しずつ書類が棚を埋めていっている。持ってきているのは、日本で纏めた、霞沙羅や吉祥院にアシルステラの魔術を教えた時に使った魔法書をプリントアウトしたもの。
章ごとにバインダーに纏めては、先日から棚に納めていっている。
でも、それとは別の目的も進めていて
「ふふーん、この国の環境で成功すれば料理のレパートリーも増えるぞー」
今日はアシルステラの食材で作った味噌と豆板醤の入った瓶を持ってきた。
先日、鍛冶屋に頼んだ箱と宝箱が出来上がったけれど、これはこれで別の箱に収納して寝かせる事にした。
普通の味噌は使い所が限定されるけれど、豆板醤が上手く行けば料理の幅も広がるというもの。
魔法学院らしからぬ実験だけれど、このフラム王国の食を良くしたいというアリシアの一途な思いによるモノだ。自費でやってるんだし、大目に見て欲しい。
「じゃあそろそろこっちの外装も組み立てないとね」
本命はこちら。冷蔵用の箱だ。
今回は最初の実験用として、鞄というかキャリケースのような姿にしてある。そこまで大きく作らないのは、色々な所にもって行く為だ。 小さな車輪もつけるから、ゴロゴロと引きずって
いく事も出来る。
「よーし、やるぞ」
ここから先は階位11位の魔導士としての立派な、魔術的な実験の時間だ。
これがやりたくてこんな部屋を貰ったのだから。そして次も準備中だ。
* * *
先日すすきので起きた事件について、幻想獣については、その外見と、終盤に現れたあの正体不明の2人とのやり取りで、何らかの技術によって関東から札幌に運ばれたモノであると推測され、今後も他の場所でも起こりえると、各地の警察や軍に連絡がされた。
残念ながら証拠を全て燃やされてしまったので、どのような技術を使って運ばれたのかは不明だ。
そしてもう一つ。幻想獣を鎮圧後に起きた、今林セキュリティーの息子3人が起こした事件については、当然無視できるものではない。
意識を取り戻してから数日後に取り調べが開始され、あの杖はネット検索で表示されたお店から購入したモノだという事が解った。
ただ、札幌にあるというそのお店がどこにあるのか、店名も販売をした2人の店員の姿もロクに記憶が無いという。
店員は間違いなく、あの仮面を被った2人だろうと推測されるけれど、あれ以上の情報はわからない。
お店との最初のやり取りは専用のSNS経由だったらしいけれど、全てのデータが初めから無かったように消えてしまい、復元すら出来なくなっている。
吉祥院による、狐の仮面を被った二人の人物像以外の証拠も痕跡もなくなり、全てが謎になってしまった。
「消失してしまったあの杖は、霞沙羅が対処した2本の妖刀とほぼ同じ性質のモノであると見ていいでげしょう」
「状況的にはな」
「それで妖刀の方はどうなったんです?」
「いやー、これもなー。当然あの少尉に加工技術があるわけもないし、工房の方も業界では名もあるし、ずっと信用商売してるからな。ちょっと調べれば誰が作ったか解る所を、わざわざあんな加工するかって」
当然、ちゃんと発注に沿った、ごく普通の能力をつけた魔剣を作成して、出荷前にも工房内で何人かが素振りなどをして出来の確認もしている。
そして別世界の術式など知っているわけもない。
「サーベルも本部の装置で確認したんだが、どうも上書きした形跡があったな。出荷後にどこかで追加で加工したんだろうぜ」
当然宅配便ではなく、工房の人間から直接手渡しされる形で納品されているので、納品後に接触したのだろう。何者かの接触があったのか、その辺りは函館の駐屯地で調査して貰うしか無い。
「伽里奈で勝負がつかないとか、吉祥院が解呪出来ないとか、油断は出来ねえな。とりあえずリーダーはこっちの大きい方だろうな」
この2人は警察の方で追うという。
「伽里奈君的には今林の3人はどう思っているでありんすか?」
「ボクは特に、被害があったわけでもないですし、実家の対応も早かったですしね。変な感情は持ってないです」
「甘いねー」
「霞沙羅でも殴り飛ばして、はい終わり、ではござらぬか?」
「捜査には協力的だし、反省もしているし、2週間の停学をつかって、家で精神的な研修もするというし、3人ともしばらくは現場には出さないというし」
「もういいんじゃないですか?」
「あとは警察との間の問題だな。伽里奈の考えは、私から警察の知り合いに伝えておくよ」
警察官には幻想獣の討伐業務とは無関係な被害が出ているから、何らかの事件として処理されるだろう。それのフォローは、吉祥院といえども一切する気は無い。騙されたわけではなく、完全に身勝手な考えで引き起こされた、自業自得な案件だ。
「人間から妬みはなくならんでござるな」
「下手にガキの頃からフライングしてる奴らは特にな。私が横浜でどんだけ苦労したと思ってるんだよ」
「入学直後にたった一週間でシメた件でござるか? 横浜校始まって以来の珍事として、代々生徒に語り継がれているでありんす」
先日のアリーナでの決闘のように、楽しんで勉強をして欲しいと、しみじみ思う。
その3人、というか高校生2人は多分あの時同じ場所にいたと思うのだけれど、伽里奈とは見ているものが違っているのだろう。
ライバルなりなんなり、成長の参考として視線を向けられる分にはいいのだけれど、自分のやっていることにプライドを持って欲しいものだ。
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